食事のお誘い
テーブルの角を挟んで座り、菓子を摘みながら、ロズニスが土産を開けていくのを見守る。
「あ、これ、トーニャ!」
乾燥した葉を光に翳して見る彼女に、笑って教える。
「擂り潰して瓶詰めにして常備しておけば、俺の分まで欲しがらなくても、いつでも好きなだけ振りかけられるだろ。それ用の薬研と瓶も買ってきたぞ。どれだったっけな……」
手を伸ばし、袋の中を探る。壊れ物は一つ一つ蔓細工の籠に入れてある。重さと大きさ、隙間から見える色であたりをつけた。
「これこれ。擂り潰すのは、自分でしろよ」
白い綺麗な石でできた薬妍は小ぶりだが、この程度ならこれでじゅうぶんだろう。包みを開き、それと花を象った赤い瓶を手にして、ロズニスが、わあ、と喜びの声をあげた。
「どっちも綺麗!! かわいー!! ありがとーございますー!!」
ためつすがめつ眺めている。喜んでくれれば単純に嬉しい。それに何より、ほっとした。
女のものを選ぶというだけでも難しいのに、相手はロズニスだ。果たして彼女の感性がどれほど女性らしさを保持しているのか、皆目見当もつかなかった。
俺ですら選ばないような奇怪なデザインを好むと言われても、彼女の場合、疑わない。むしろ、やっぱりなとしか思えない。
だから、どれもこれも実用的で常識的なものばかりにした。趣味に合わなくても、とりあえず使えるものならば、それほど邪魔にはならないだろうと考えたのだ。
「他のも開けてみてくれ」
「あ、はいー」
そっと机上に戻し、次の包みを手に取る。中から出てきたのは髪留めだった。
赤銅色の金属板に、繊細な蔓草の意匠が透かし彫りにされている。その赤みがかった色が、小麦色の髪を、もっとあたたかく見せるような気がしたのだ。
「素敵ですー。でもー、これー、本当に、私にー?」
なぜ不安そうに聞く?
「おまえにだ。ほら、髪の色ともよく合う」
背中で揺れてる三つ編みの先っぽを掴まえて持ち上げて、隣に並べてみせた。
「本当です。……うれしーです」
おお!? はにかんでるのか、もしかして!?
照れくさそうに肩をすくめて、ほんにゃりと微笑んでいる。
思ったより、意外と真っ当に『女の子』だったらしいと気付いて、途端に俺も、なんだか緊張してどきどきしてきた。
てっきり、人外の幼体を相手にしているような気分だったから気安く接していたが、女性となれば気構えがいる。……女は恐ろしいからな。
「着けてみてもー、いーですかー?」
「お? おう。着けてやる。ほら、後ろ向いて」
え? と戸惑う肩を押し、椅子の上で上半身を捻らせて、頭の高い位置に今着けているものの金具をはずした。それを机に置き、そっちを寄こせと掌を上に向ける。すぐにのせられた髪留めを、さっきはずしたせいで少し乱れた箇所を隠すようにして取り付けた。
「ん。いい感じだ」
俺は満足して呟いた。
「兄さん」
どきぃっとして心臓が止まる。
今ここで聞こえるはずのない呼び声が聞こえた!?
体が瞬時に硬直したせいで、無様に飛び上がることこそなかったが、完全に毛穴という毛穴が開いて、冷たい汗が滲み出ていた。
俺は首を軋ませながら、扉へと顔を向けた。
そこには紛うことなき、光り輝く笑顔の弟が。
な、なんでそんなに、ご機嫌なのかな?
冷や汗はいっきに脂汗に変わった。
「そちらの女性は誰?」
ルシアンが、場違いに神々しい微笑みを浮かべた。うわあっ、ぞくぞくするっ。なぜか恐怖が背筋を這いのぼる!
俺は自分の唇が、引き攣って釣りあがったのを感じた。どうかただの笑みに見えててくれと願いながら、質問に質問を返す。
恐ろしくてどうしてもロズニスの名前を口にすることができなかったのだ。
「どうしてこんなところに?」
「リュスノー閣下は、陛下と食事するんだって。ブラッドも一人なら、こっちで一緒に食べないかって誘いにきたんだ」
にこにこーっと邪気がなくて目がつぶれそうな特上スマイルをお見舞いされる。
「う」
駄目だ。見惚れる。魂抜かれる。このまま何か聞かれたら、べらべらしゃっべてしまいそうな気がする。
その時、かたん、と椅子が小さな音をたてた。それに、はっとして正気に返った。
隣にロズニスが立ち上がっていた。小さな頭が、楚々と下げられる。
「申し遅れまして申し訳ございません。リュスノー閣下に師事しております、ロズニスと申します」
「ふうん」
ルシアンは特上スマイルのまま、首を傾げた。そのまま二人は睨み……いや、見つめ……、ていうより威嚇か……? いやいやいや、どうしてそうなる。
二人はお互いの顔を満足するまで眺めまくってから、同時にニコリと微笑んだ。
「もしかして、二人で食べる予定だったかな?」
「はい。そろそろそうするところでした。こちらで食事は用意されているので」
「だったら、二人とも来ればいい。ね、ブラッド、一緒に食べよ?」
「おう」
あ。しまった。
あのロズニスがはきはきと話す速い展開の会話についていけず、ぼんやりと見守っていたら、最後のところでルシアンが急に俺に目を合わせてきた。
それだけでもくらくらする破壊力満点の笑顔なのに、そこにほんのちょっぴり甘えをのせられて、俺は操り人形のように一も二もなく反射的に頷いていた。
「よかった。楽しい食事になりそうだね。配膳室はどこ? 俺も運ぶの手伝うよ」
いや、しまったじゃない。これで断ったら、そっちの方がこじれそうな気がする。
だいたい、やましいことなんかこれっぽっちもないんだから、何も焦ることなんかないじゃないか。平常心。平常心だ。
俺はもはやバクバクして苦しい心臓を押さえて、必死に自分に言い聞かせた。




