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     お土産

「ブラッド様、どうなさいました? どこかおかげんが悪いのですか?」

 気遣わしげにランジエに声をかけられ、しかし顔を上げる気になれず、床の木目を見つめながら答える。

「いや、少し疲れただけだ。……邪魔をした」

 そして、深い深い深い溜息をつき、立ち上がった。ここでこうしていてもしかたない。

「お部屋までお送りします」

 真摯に言ってくれるが、俺は苦笑した。これ以上の噂はごめんだ。

「必要ない。世話になったな」

 そうしてロズニスの置いていった魔法陣を引き取り、俺はスタスタと、心理的にはトボトボと、ランジエの研究室を出たのだった。


 もう一度ジジイの研究室に寄って、魔法陣の入った箱を研究机の上に置いた。その横に、一山を築いている土産物が嫌でも目に入り、またもや溜息がこぼれるのが止められない。

 帰ってくれば、ロズニスが喜んでくれるとばかり思っていた。

 あの傍若無人なマイペースぶりで常識が侵食されている、だがその分裏も表もない、馬鹿か変人の境界をうろうろしているような無邪気な顔で笑ってくれると。

 そればかり思い浮かべているうちに、ついついこんな大荷物になってしまったのだ。

 まあ、お茶の時間にジジイも含めて三人で食おうなんて考えて、食物類は三倍になってはいるのだが。

 それが、あれだ。身に覚えのないこととはいえ、すっかり嫌われてしまったようだ。となると、これも迷惑の山でしかないかもしれない。

 誤解を解けば、とも考えたが、俺に女の考えを翻させるほどの言語能力がないことは、自分が一番よく知っている。たいてい説明の途中で興奮した女に主張をひっくり返され、それが更に自分の首を絞める事態に陥るのだ。

 そうなったらと思うと、ぞっとする。噂だけならまだしも、自分で認めるような言質を取られたら、目も当てられない。

 ロズニスが男だったらよかったのに、と思わずにはいられなかった。そしたら一発殴って、無責任な噂を信じるな、俺の言うことを聞け、で済ませられたのに。

「どうすっかなー」

 とりあえず、食い物以外は部屋に引き上げた方が無難か。もらってもらえそうにないもんな。

 俺は土産をより分け始めた。これらがなくても、食い物だけでも結構な量だ。たくさん買ってきた、は嘘にならないだろう。

 さて、こんなものかと、いらない分を袋に詰めなおし、ひょいと肩に引っ掛けた。そして扉に振り返って、足を止める。

 ロズニスが扉を入った横の壁際に、ひっそりと立っていたのだ。

 何を言えばいいのかわからない。だが、外に出るには、ロズニスの横を通っていかなければならない。それとも、いっそ黙って出ていけばいいのか。でも、ロズニスは泣きそうな顔をしている。それを無視しては行けなかった。

 ぐるぐる考えて、考えすぎて頭が真っ白になってるところに、ロズニスの方から口を開いてくれた。

「さっきはー、ごめんなさいー」

 涙声だ。

「ああ。怒ってないから、泣くな」

 泣かれると、困るんだよ。ものすごく焦るんだよ。

 だいたい、さっきの今で、なんで謝ってるのかもわかんねーし。なんで泣きそうなのかは、もっとわかんねーし。勝手に誤解して勝手に怒ってたのは、そっちじゃねーのかよ。

 なんとも気まずい雰囲気のまま、しかし、目をそらせなかった。そらしてしまったら、最後のところで辛うじて繋がっているものが、ぶつりと切れてしまう気がした。

 だが、それも時間の問題だろう。この緊張がいつまでも持つわけがない。

 これが最後のチャンスだ。……だったら、一か八か。

 俺は思い切って、真実を伝えた。

「あの噂は、事実無根だからな」

 よし、言った! これで納得するならよし、信じてくれなくても、やるだけはやった!

 ロズニスは、くしゃくしゃに目をつぶって、溜まっていた涙をぼとぼと落としたかと思うと、こくんと一つ頷いた。そして、うえ~、と大っぴらに泣き出す。

「ぎょめんなはい~~~」

 はいはい。ごめんなさい、だな。

 俺はロズニスに近付いた。左手でぐしゃぐしゃの顔を拭いながら、右手をやみくもに伸ばしてくる。それに好きに上着を掴ませながら、俺は俺で、背中をぽすぽすと叩いてやった。

 ついでに、涙と鼻水を手だけで拭いきれなくなっているのを見て、上着の裾を引っ張り上げて貸してやった。さっき着てきたばかりだから、きれいなはずだ。

 しかし、お約束どおり遠慮なくブビーと鼻をかまれて、苦言を呈したくなる。

「簡単に噂なんて信じるからだ」

「らって~~」

「なにが『だって』だ」

「わらし、をおいて~、るひあんさ、ま、おいっっっかっけった~くしぇにぃ~~っ」

 私を置いて、ルシアン様を追いかけたくせに、か?

 俺は呆れて感心した。

 女子供って、不思議だよな。どうしてどこにでもついてきたがるんだろうな。

 妹や弟もよく、遊びに行く俺についてきたがってたっけ。足手まといだから置いていくと、泣いて怒って母に言いつけたものだった。おかげでどれくらい母にどつかれたことか。

 男友達もそうだった。ノリと勢いでその場にいた奴だけで出かけると、後で必ず、一緒でなかった奴が拗ねるんだよな。

「あー。連れてかなくて、悪かったよ。でも、おまえのことは、忘れたことなかったぞ。ほら、これが証拠だ。行った町ごとにいろいろ買ったんだ。もちろん、美味いものもあるぞ。それはあっちだけどな」

 後ろの机の上を指差すが、たぶんロズニスは見ていない。泣きっぱなしで、それどころではないようだ。

「もう泣きやめって。茶を淹れてやるから。どれか食べてみようぜ。ほら、選べよ。どれにする?」

 俺はロズニスをひきずって、研究机の前に連れていった。山積みの包みをいくつか開いて、中が見えるようにしてやる。

 特に甘かったのはどれだっけ。女は甘い物を口にすると、気分が落ち着くようだからな。

 よく炒った胡桃を砂糖菓子と練り上げたものを選び、しゃくりあげている口に押し込んでやる。

 ロズニスはびっくりして目を見開いて俺を見上げた。それににんまりと笑いかけ、うまいだろ? と尋ねる。

 むぐむぐしながら、素直に頷く。よしよし。いい子だ。

「こっちも開けて、見てろ。俺は茶を淹れてくるから」

 肩に担いでいた袋をロズニスの胸元に押し付け、俺は明るい気分で茶器のセットを取りに行った。

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