叩きのめす
俺は上着の内側をあさって、いくつかの魔法陣をはずした。それをルシアンにジャラリと渡す。
「水と木な。一応、防御系。効果はドバーとかドーンって感じで立ち塞がるやつ。詳しくは陣を読み解いてくれ」
魔法は一時にいくつも扱えない。詠唱が必要ない俺たちでも、それは変わらない。注意を向け、魔力を注いでいる魔法しか作動させられないからだ。
その欠点を補えるのが魔法陣だ。魔力を集めつつ収斂させるタイプ(たとえば多人数で行使する大魔法)は別だが、必要な魔力も閉じ込めてあるものは、起動してやるだけで発動する。
俺たちは、それぞれ自分の得意な系統とは反対のもので名を売っている。俺は火だし、ルシアンは水と木だ。
防御はルシアンの自前の魔法でやってもらうことになるだろうが、魔法陣を隠れ蓑にすれば、俺たちの能力を明かさずにすむ。
俺も火系の魔法陣を拳にはめた鉄甲に仕込んだ。これで炎をまとわせて目くらまし代わりだ。他にも、風系をベルトのあたりに移動させておく。
「用意はいいか?」
「いつでもどうぞ」
緊張感の欠片もないやりとりの末に、俺たちは可及的すみやかに大地に降り立った。
地面に足が着く。と同時に、足元から光が立ちのぼった。砂の下に魔法陣が刻まれていたのだろう。それが発動したのだ。
即座に、俺のまわりを優しい風が包み込んだ。これはルシアンの守りの魔法だろう。
俺は何の心配もせずに、ジスカールの傍らに膝をついた。手を伸ばし、喉元に触れる。まだ、あたたかい。肌の張りも、死人のそれとは違う。それにもしやと思い、念入りにさぐると、弱々しいが脈が感じられた。
切り裂かれた服をめくってみれば、下には包帯が巻いてあった。もちろんこれは、奴らの温情なんかじゃない。死ぬ一歩手前の状態を保たせてあるだけだ。
囮が死んでいなければ、それも動かせない状態ならばよけいに、それは抱え込んだ者の足手まといになるからだ。
「生きてたの?」
「ああ。助かるかわからないけどな」
俺は立ち上がって、光の帯を見ながら聞いた。
「ところで、これは何をしてるんだ?」
「空気を抜いてるようだね。つまり、息ができなくなる予定だったみたい」
「くそったれが」
俺は思わず吐き捨てた。ふつり、と頭の中で何かが切れる音がする。一瞬、目の前が真っ白になり、連絡玉が届いた時から、腹の中でぐるぐるととぐろを巻いていたものが、とうとう解けて噴出してきた。
強烈な怒り。それが、体のすみずみまでいき渡る。
やっぱり、奴らにジスカールたちを生かすつもりなんてなかったのだ。そんなことをされれば、弱りきった体が耐えられるわけがないのだから。
ふざけやがって。俺を殺したいなら、直接やりにくればいいだろう。まわりくどいことして、人のもんに手ぇ出しやがって。
こんな、人を人とも思わねえような、罠仕掛けやがってっ。
奴ら全員、絶対這い蹲らせる。
俺は鉄甲の中の魔法陣を発動させた。両手に炎をまとわせ、魔法陣の外に出る。
なにやら詠唱が響き、狙われているみたいだが、俺はそれに、いっさい注意を払わなかった。防御はルシアンに任せてある。攻撃だけに集中すればいい。
俺は手を前に突き出し、炎の出力を上げた。火炎が勢いよく一直線に伸びた。前方を焼き払う。
というのは虚仮脅しで、これにそれほどの温度はない。まあ、触れたら火傷はするだろうが、その程度だ。
それに重ね合わせて、俺は土の魔法を放っていた。炎の触れた一帯の岩を、すべて砕くために。
ドドドドドドと地鳴りと共に連続音が響き、次々に岩が破裂していく。少し岩の温度を上げておくことも忘れない。熱で弾けた設定だ。
岩の中から、男たちが転げ出てきた。顔を覆ってのた打ち回っているのもいる。岩の礫に打たれたのだろう。
俺が魔法陣のまわりを一周したころには、あたり一面もうもうと砂埃が舞い、負傷した男たちが呻いて転がっていた。
どいつもぺリウィンクルの甲冑を身に着けている。正規軍が商隊襲って、護衛を拉致か。武王め、舐めたマネをしてくれたな。
しばらく動けそうにない奴らを料理する前に、俺は、やっと姿を現した魔法使いの一団に視線を定めた。ざっと数えて十人いる。
今の攻撃も魔法で凌いだのだろう。未だたいした怪我もしていないようだ。
直径一メートルほどの一つの魔法陣を皆で掲げ、懲りずに俺に向けていた。魔力を注ぎ、攻撃準備をしているところだ。
のんびり発動を待つまでもない。俺はひとまず拳の炎を消してひとっ飛びし、その魔法陣を蹴り倒した。魔法使いたちが、わっと倒れ、助けてくれと叫びながら、這って逃げ出す。
それを後ろから捕まえては殴って蹴って昏倒させるのは簡単だった。そもそも戦う気力もなければ、体力もなかったらしい。
意識のない魔法使いたちに、こっそり植物を呼んで詠唱できないように猿轡をかまし、腕と足を縛め、次いで、衣装を焼き払って真っ裸にしてやった。魔法陣でも隠し持っていられると面倒だからだ。
鍛えた様子もないもやしのような裸体の男たちが、ごろごろと転がった。しかも煤まみれ。
自分でやっておきながら、思ってもみないほど、とんでもなくみっともない光景に、愉悦がわく。
ああ、そうだ。兵士たちも同じ目にあわせてやろう。真っ裸で王都まで帰って笑いものになればいいのだ。
それを見て、武王がどんな顔をすることか。
俺は楽しみになって、くつくつと笑った。笑いが止まらないまま振り返る。
兵士たちがよろよろと立ち上がり、中には剣を抜いている者もいた。その数、三十は下らないだろう。殺気を放って、ジリ、ジリ、と包囲を狭めてくる。
多勢に無勢。武器持ちと空手。兵士と魔法使い。上等じゃないか。
さあて。この鬱憤は、拳で払わせてもらおうか。
俺は再び拳に炎をまとわせて、ざくざくと無造作に兵士の群れに踏み込んだ。
剣は溶かして落とし、鎧は蒸発させるふりで塵に還した。その上で殴り倒し、最後にぺリウィンクルの紋の入った軍服を焼き払う。
丸腰の兵士ってのは、よっぽど熟練した者か天性の才能でもない限り、案外弱い。いつも武器を使った間合いに慣れているから、なくなったとたん攻めあぐねるのだ。
そうして要領の悪くなった奴を吹っ飛ばすのは簡単だ。造作もない。
俺は、殴って殴って殴って殴り飛ばした。もちろん足も使った。
さんざん暴れて気が付けば、眼前に立っている者はおらず、全員が地に倒れ伏していた。
あ、と我に返る。いけね。聞きたいことがあったんだった。
額に垂れた汗を拭き、まわりを見回した。どうせなら、ペラペラ喋ってくれる奴の方がいい。
俺は迷わず魔法使いたちのところへ行った。非力な奴らを脅すのが一番効率的だろう。
適当に端にいた奴を選び、強めに頬を叩いて起こす。やがて目を開けて、恐怖に引き攣った顔で俺を見たところで、猿轡をはずしてやった。
「正直に話せば、命までは取らない。嘘だとわかったら、必ずおまえを見つけ出して、王都ごと焼き尽くしてやる。わかったか?」
目を見開いて真っ青な顔で、がくがくと頷くのを確認して、質問に入った。
「商隊はどうなった」
「に、逃げた。あ、あの護衛たちが逃がしたっ。そう聞いたっ」
そうか。ジスカールたちは、ちゃんと己の役目を果たしたのか。
たった四人で、この人数をくい止めたのだ。
「馬鹿野郎どもが」
胸が熱くなって、無意識に悪態を吐いた。
それができたなら、自分たちだけ逃げることだってできただろうに。
俺の剣呑な低い呟きに、男はひっと声を上げて、ぶるぶると震えだした。別に、こいつに言ったわけじゃないのに、怯えすぎだ。
まったく。戦いに来てんだから、もうちょっと気概を持ったらどうなんだ。襲われた俺が悪いことしてるみたいじゃないか。
鬱陶しさに、正気を保つよう促すために手荒く首を揺すり上げて、不機嫌に次の質問をする。
「で、目的は? 俺の殺害か?」
「ち、ち、違う! 違う! 信じてくれ! 俺たちは、あんたを、いや、貴方を、拉致、いえ、おいでいただこうと」
「それにしては、荒っぽいな?」
なにしろ拉致だからな? 本音が先に出てたぞ。何が、おいでいただくなんだか。
馬鹿馬鹿しくなって、鼻で笑った。
「俺を王都で公開処刑でもして、民衆の目を不満からそらさせるつもりだったか」
荒れた土地がもたらす、負の連鎖から。
「そうではない! ネニャフルにお願いしたき議があると仰せで」
「筋が通らねえな」
俺は男を突き飛ばした。
「頼みごとがあるなら、それなりの方法ってもんがあるだろう。そういうのは脅迫って言うんだ。ふざけんな、ってど阿呆に伝えておけ」
俺は立ち上がって踵を返した。数歩ルシアンの方へ歩き出して、思い出して振り返る。
男は、びくっと震えて、体を強張らせた。
「ああ、それから、文句があるなら、正式に果たし状でも送りつけろって、言っておけ。俺は逃げも隠れもしねえ。いくらでも相手してやる。今度黙って人のものに手ぇ出しやがったら、容赦しねーからな。全員吊るし上げて、その粗末なもん切り取って犬に食わせてやるぞ」
股間に視線をくれてやったら、男は必死に身をよじってうつ伏せになった。
だから、敵に背中を見せてどうすんだっての。
俺は呆れて、もう何を言う気も起きず、背を向けた。腰抜けに付き合っている暇はない。
俺は今度こそルシアンの許へと、急ぎ足で向かったのだった。




