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     連絡玉

 『連絡玉』は手下たちが言い出した名称で、まだ試作段階のものだ。

 起動すると、物理的に破壊されない限り、設定した場所に飛んでくるという単純な動作をするものだ。ただ、飛ばす、方向を選択する、魔力の使えない者が起動させる、等のハードルが……てな専門的な話はどうでもいいな。

 直系3cmの金属製の球の中には物が入れられるようになっていて、助けが必要等、緊急事態に手紙を入れて飛ばせば、設定場所、つまり、この宿のこの部屋のこのテーブルの上に辿り着くようにしてある。

 到着場所を建物内にしたのは迂闊だった。まさか、無理矢理屋根をぶち抜いて落ちてくるとは思わなかった。じゃあ、どうなる予想だったって、ああ、そうだよ、ぜんぜん考えてなかったんだよ。考えなしの謗りは甘んじて受けようじゃないか。

 俺は連絡玉を手に取り、観察してから自分のシャツの袖で拭った。赤黒いシミがつく。血だ。

 球に刻んだ魔法陣の向きを見て、左右の手で、きゅっと捻る。合わせは螺子式にしてある。二つに分かれたこれを合わせると、起動する仕組みだ。

 簡単に左右に分かれた中から、血塗れの地図が出てきた。それを破れないように開く。

 ぺリウィンクルの王都に近い場所が、鋭い刃物で×印に切り裂かれていた。

 それをカルディに渡し、球の内側を確かめれば、8と刻印してある。試作一号から順番に振ってある数字だ。自分で作ったものだ、一つ一つに思い入れがあり、当然それに付随する情報もよく覚えている。渡した相手は、

「ジスカール」

 四番目に配下に入れた盗賊の首領だった男だ。まだ若いが腕の立つ奴で、ぺリウィンクルの王都まで行く商隊を任せた。

 貧しさから口減らしにあって盗賊に拾われたらしく、学がないために字がまったく読めなかった。だから、地図を持たせたのだ。

 旅程と場所、玉の飛ぶ速度、それらを考えると、襲われたのは昨夜かもっと前。一晩以上たっているのは間違いなかった。

 間に合うわけがない。事は終わった後だ。それでも、行かなければならなかった。

 これを飛ばせば、必ず助けに行くと、約束したのだから。

「出てくる」

 カルディに玉の残骸を押しつけ、地図を取り上げる。

「わかった。こっちは適当にやっておく」

「任せた」

 次いでルシアンに協力を頼んだ。

「手伝ってくれるか」

「もちろん」

 ルシアンは優雅に立ち上がって楽しそうに笑った。

 俺は上を見上げて、天井に穴を開けた。窓は道に面していて、そんなところから飛べば目立ちすぎるからだ。

「オヤジさんには、後で弁償するって、言っといてくれ」

 カルディに言い置いて、すぐさま屋根に上がった。続いてルシアンも出てくる。

 地図を見せ、太陽の位置と遠くに見える山並みから、二人で方向を確かめる。目指すは南南東だ。

「高度を上げておいて、一直線にいこう。手加減はいらない。とにかく急ぎたいんだ」

「いいよ。ブラッドがそうしたいのなら」

 左手をつなぐ。ルシアンは右手だ。巨大な力が流れ込んでくる。体に馴染むのを待ち、魔法へと練り上げる。

 そして、展開。初めから大出力で飛び立つ。

 そのせいで足元の屋根が広範囲にわたって崩れ落ちたのだが、強大な魔法の中心にいた俺たちには感知できなかった。

 少しだけ配慮すれば免れたのに、緊急連絡に気をとられていた俺は、思いつきもしなかったのだ。

 こうしてロカンでの俺の評判は、『大食漢の破壊魔』で落ち着くようになったのだった。


 己が持ち得ないような魔力を供給されて消費しながら、俺は自分の限界を超えないように気をつけて魔法を扱った。着いたとたんに倒れたんじゃ、話にならない。問題はそこからだからだ。

 それでも、盗賊のメッカ、国境であるクラジャニーニャ山脈をあっという間に越えた。

 そのハイリスクハイリターンなクラジャニーニャ越えを望む商隊に手を貸して、俺たちは名を売り、商人たちの信用を掴んだのだ。

 ルシアンたちがそこを通るから、その前に、ある程度牽制をしておきたかった。

 そして、できたら、ぺリウィンクル国内のことも、もっと知りたかった。武王に、ルシアンたちに手を出させないようにするには、どうしたらいいのか探りたかったのだ。

 それらを全部、手下たちにさせた。王子の肩書きを持つ俺が、他国内で暴れるわけにはいかなかったから。

 危険だとわかっていた。とにかくぺリウィンクル内は治安が悪い。武王自らが盗賊を推奨していると言われているくらいに。

 こうなることも、予想のうちだった。いつかこんなことになると、覚悟していた。

 もしも、ジスカールたちが死んでいたら、それは俺の責任だ。俺が望んだことのツケだ。

 強大な魔力による快楽になんて酔えなかった。罪悪感がぎりぎりと心をしめつけ、魔力の余波は、苦しさにしか感じられなかった。

 眼下には、行けども行けども白茶けた土地が続く。得ていた情報より酷い有様に、息苦しさが増した。

 ぺリウィンクルの特産品は純度の高い鉄だ。それを得るために掘り返された山は地肌をさらしていた。森林は鉄を鋳るために切り倒され、そうして保水力のなくなった水源地から流れ出る川は急峻で細くなり、水は栄養価をほとんど含まなくなっていた。その水が潤す土地もまた、同様に。

 人の住まなくなった家が、すぐに傷んでいくように、生き物の少なくなった土地は、自浄作用をなくして、加速度的に荒れていく。

 負の連鎖にはまり込んでしまった世界が広がっている。

 どこまでもどこまでもどこまでも。

 荒れた地を、街道が貫いていた。王都へと続く道だ。見晴らしのいいその上を、俺たちは飛んだ。

 助けを求める商隊はいないかと。

 いや、違う。血を流した者が、ジスカールたちが、倒れてはいないかと。

 俺は、俺の犯した罪を探して、目を凝らし続けたのだった。

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