説教三昧
「ん? ねえ、ブラッド、なんか身体つきが違う」
ジジイから視線をそらせずに固まっている俺の体を、ルシアンが抱きついたまま、もぞもぞとさすった。人の肩だの背中だの胸だの腹だのに手を滑らせては、マントに吊るされたいろんなものの間から摘もうとするのだ。
「重いっ。くすぐったいっ。やめろってっ」
俺は抱きかかえていた手を離して、ルシアンを押し退けた。
ルシアンはおとなしく下りたと思ったら、いきなり人のマントを捲り上げて、その中に手を突っ込んでくる。そして、わき腹を掴んだ。
「わっ。やめっ、やめっ、くすぐったいっ!」
俺は半ば笑いながら身をよじった。ぜんぜんおかしくないんだけど、くすぐられると笑顔になってしまうのだから、しかたない。
そうしているうちにも、ルシアンはしゃがんで、今度は人の太ももを両手で掴む。そうして、さすさす、もみもみと、
「揉むな!!」
俺は、腹の下で揺れている黄色い頭を鷲掴んで、ぐいーっと押しやった。穏便に、ぺしぺしと手を叩き払う。ルシアンじゃなければ、蹴り飛ばしているところだ。
「だって。筋肉ついた?」
「おう。ずいぶん歩いたからな」
「肩とか腕とか腹とか背中もぜんぜん違うよ?」
「ああ。それは、かなり殴りあいしたから」
「え。手は大丈夫?」
ルシアンが心配そうに俺の手を取りながら立ち上がって、光の方へと甲をかざした。
「ちゃんと、鉄甲をはめてるだろ」
でないと、自分の力で指の骨が折れるんだよ。前世でやって、かなり痛い目にあった。あの時は、さすがの俺も、泣きながら一本一本骨を接いだもんなあ。同じ轍は踏まない。
「へええ。魔法じゃなくて、これで盗賊をぶちのめしたの」
「一応、武器は魔法で取り上げておいたけどな。腕っ節で生きてる奴を従えるには、こっちじゃないと駄目だから」
奴らが使えない魔法で圧倒的に勝ってみせたって、心まで屈服させることはできない。けれど、同じスタンスで徹底的に降してみせれば、体でも心でも納得するしかなくなる。
どっちが本当に強いのかを。
「へえええええ。ずいぶん、無茶したんだね、ブラッド」
ルシアンの甘ーい声が耳に届いた。……腰砕けになりそうなほどの。
そのとたん、俺は、ぶるっと震えた。急転直下、どうしてだか、雰囲気が非常にまずいことになっている。今の今まで和やかだったのに、なんでだ!?
とにかく背筋がぞくぞくする。ルシアンの表情は暗くてはっきり見えないけれど、たぶん、例の綺麗な微笑を浮かべているに違いない。いつもは見惚れるはずのそれが、なぜか今は、ものすごく怖い。
取られた手はぎゅうううううっと握リ潰され、そうしているのとは違う手が、頬を撫でてから、首の後ろへとまわってくる。そうして、まさしく首根っこを掴まれた。
寒気が酷くなった。ルシアンの顔が近付いてきて、
「今まで何をしてきたのか、もちろん隠さず余さず詳しく教えてくれるよね、ブラッド?」
耳元に息を吹きかけられながら妙に色っぽい声で囁かれた。
それ、お願いじゃないよな? なんで俺、ルシアンに脅されてんの?
「ここじゃなんだから、中に入ろうか」
俺は、俺たちの親密なじゃれあいを見ていいものかどうか視線のやり場に護衛たちが困っているのにも気付かずに(それどころじゃなかった)、有無を言わさない態度のルシアンに手と首を掴まれたまま、おとなしく宿の中へと連行されるしかなかったのだった。
正面にジジイ、同じソファの左にルシアン。扉と窓の外と中に騎士が立ち、四方の壁際には、魔法陣を手に持って発動準備状態の魔法使いまで幾人も控えている。なんだこの厳戒態勢。
事情聴取というより尋問に近い中で、俺はどうにも落ち着かない尻を、無理矢理ソファに押しつけていた。気をつけていないと、つい逃走経路を探して、目がうろうろしてしまう。
「ブラッド様、ご無事でようございました」
異常に高まった緊張感の中、ジジイが口火を切った。言葉も表情も柔らかい。が、目が笑ってない。
ずおん、と場の圧迫感が増す。うわー、やだやだやだ、逃げ出してーなー、もう。
怒ると、何度も同じ小言が繰り返されるんだよなあ。ジジイのくせに無駄に体力あるから、立ったまま手振り身振りを交えて半日くらい平気で説教するし。
俺はそっと目をそらし、小さく溜息をついた。
「お顔の色もよろしいですし、清潔にもしてらっしゃったようですね。箱入りの王子が出奔して、どうしているかと皆で心配しておりましたが、悪霊に悪知恵を指南されましたか。それとも、悪霊本人ですかな?」
ああ、なるほど、悪霊対策なのか。前科あるもんな。そりゃあ警戒もするか。
……ということは、だ。前世の俺=悪霊に、家出の責任をなすりつけるってのもありか?
俺はソファの模様を眺めながら、何食わぬ顔で計算をはじめた。
しかし、どこまで押し付ける? 今も悪霊憑きってなるとまずいし、盗賊を子分にしたのも俺ってことにしとかないと、悪霊共々成敗しとけってことになりそうだし、そうすると、ええと……、なんだよ、結局、家出分しか押し付けられねーじゃんかよ。
でも、そこは悪霊のせいにしとかないと、エンといろいろ話もしちゃったしなあ。
うーん。なんて言えば、説教時間が短くなるだろう。
俺は無意識に、わずかに首を捻った。
「ブラッド」
不意にジジイに呼ばれて、顔を上げる。すると、ジジイが目を細め、笑みを深くした。
「おまえ、なのか?」
俺はきょとんとジジイを見た。おまえって、俺はブラッドだけど。それが何か?
ジジイが突然、フフフフフ、と笑いながら、身を乗り出してくる。俺はソファの背に仰け反った。
だから、なんで笑ってるのに、悪鬼の表情なんだ、この老人! 怖いっての!
「とうとう会えたか。王から、『馬鹿が行く。好きにさせよ』と伝言をいただいた時には、まさかと思っておったのだが」
あっと気付き、俺は慌てて否定した。
「もう悪霊は憑いてない!」
「ほーう? それが嘘でないと、証明してもらわないと納得できんな」
証明? 証明って。
「ルシアン! 言ってやってくれ、ちゃんと俺だって!」
俺はとっさにルシアンに丸投げしてすがった。なのに、
「えー? 閣下は自分の目で確かめたことしか信じないと思うよー。大丈夫、初めからちゃんと、あったことを細かく丁寧に正直に話せば、納得してくれるから」
容赦なく背負い投げ状態で放り出される。
「そうですね。ありのままを、素直に、隠さず、ここ一月ほどのことを教えてもらえれば、私も納得できるかもしれませんね」
ジジイとルシアンは目と目を合わせ、頷きあった。
どうやら二人はこの旅の間に仲良くなったようだ。それは非常に喜ばしい。俺以外に興味がなかったルシアンに、まともに会話できる相手ができたなんて。
しかし、今の俺にとっては、非常に残念なことだった。
なぜなら、最強の二人に挟まれ、見据えられて微笑みかけられた俺には、どこにも逃げ道はないからだった。
その夜、俺は。
一から十まで微に入り細に入り根掘り葉掘り語らされ、その後、徹夜で二人がかりで耳にタコができるほど説教をかまされたのだった。
曰く、危ない、無謀、考えなし、いきあたりばったり、どうしてそんなに馬鹿なのか。
それらを、眠らせてもらえず、居眠りすると更に怒られながら、延々と何時間も聞かされてみろ、この世の終わりが早く来て欲しいと、本気で願うぞ。
「じゃあなんで、ロズニスに地図なんて持たせたんだよ」
あれを見たから、俺はここへ来ずにはいられなかったんだ。
夜が白む頃、ほとほと嫌になって、恨みつらみをこめて言い返したら、
「前途ある女性が、逆上した悪霊憑きにうっかり殺されたらかわいそうでしょう。あれを見れば、なにはともあれ、他には目もくれずルシアン様を追いかけてくるに決まってます。事実、そうだったじゃないですか」
「女子供に暴力振るうかよ!」
「実験場と人の研究室を景気よく破壊しておいて、よく言えますね」
「それは、」
言葉につまった。
研究室は俺がやったわけじゃない。でも、責任は俺にあるし、カナポリ村のことを出さないのは、ジジイなりの気遣いだ。それがわかるから、やっぱり言い返せなかった。
それにしたって、どこまで信用ないんだよ。
人としては、もういろいろアレだけど、一応、男としての矜持だけは捨てるつもりはないのに。
俺はふてくされて、テーブルにつっぷした。
「だいたいあなたは、……」
まだまだ頭の上でジジイの説教は続いていたが、俺は目をつぶって、今度こそ本気でその声を耳の中から締め出した。
とっくにルシアンは飽きて、隣りで居眠りしている。騎士や魔法使いたちの目もうつろだ。時々舟を漕いで、ふらふらしている奴までいる(主に魔法使い)。
そろそろ夜も明けるし、いいかげんジジイに付き合うのはやめて、俺も彼らに続くことにしたのだった。




