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     『借金王』

 翌朝、昨夜の女将から使いの者が来た。腰を低くして、ぜひともお出でいただきたいという。

 まだ難癖をつけるようなら釘を刺すまでだし、何かの罠なら倍にして返すだけだし、それ以外なら断る理由もない。

 カルディに今日中に身形を整えてこいと金を渡し、俺はちょっと出てくると伝えて、使いの後について外に出た。


 で。娼館のなにやらきらびやかな部屋に通されたわけなのだが。

 大きなソファの真ん中に座らせられ、俺の両横と、なぜか足元に一人、ばあさんたち、あ、いや、もとい、女将たち三人が座っている。

 彼女たちは妙な迫力はあるが、昼間にこうして近くで見ると、歳をとってはいても顔貌は整っていて、若かった頃はさぞかし美人だったのだろうと思わせるものがあった。

 その女将たちの手が、俺の肩や太腿にのっかっている。

 なんの真似なんだか。さあさあどうぞ、なんて言われたって、安心して、はいそうですかなんて乗れるか。

 だいたい、朝からガキに酒出すな。

「用件は」

 差し出された杯受け取って、右隣にいる昨日迷惑をかけた女将に聞いた。とりあえず、中身は水に変えておく。

「女がいい男を口説くのに、理由なんかございませんよ」

 ほほほと笑って、のらりと逃げられた。

 俺は杯に口をつけた。魔法で出した水っていうのは、それほどうまくない。まさに無味乾燥なのだ。でも、何が入っているかわからないものよりマシだ。

「私たち、貴方様の男気に惚れたんですよ。私はヨズレル。左隣がリリオペ。足元がオルランヌ。ここデスポイナの花街を治める私たちが、貴方様のお力になりましょう。貴方様の名を明かしてはもらえませんか」

 真摯に見える目の色に、それでも俺は沈黙で答えた。

 見返りのない協力などありえない。うっかり頷いたら、後で何を要求されるかわかったものではなかった。

 ヨズレルが杯を取り上げていった。くん、と匂いを嗅ぎ、中身を口に含む。

「お見事です。これほどの使い手の名を聞くのは愚かというものでしたね、ブラッド様」

 わかってんなら、問うな。もう、面倒くさい。

 俺はゆっくりと立ち上がった。ところが、彼女たちの手が俺の両手と膝を、やんわりと掴む。特に足は女性を蹴飛ばすわけにはいかないだけに、どうしたものかと立ち往生する。

「短気は損気でございますよ。まあ、お聞きくださいな。ぺリウィンクルを一撃で退けた英雄が、なぜこんなところに一人でいらっしゃるのか、その理由を詮索はいたしません。ですが、あのような輩をお使いになるより、私たちの方がよほどお力になれますよ。……そう、たとえば、他の盗賊とつなぎをとるとか」

 だから、わかってんなら、詮索しないとか言うな! 女の会話は、運びがちっともわからん!!

 俺はまたもや単刀直入に問うた。

「それで? おまえたちは何が欲しいんだ」

「あら、いやですよう、さっき申し上げたじゃありませんか。女が惚れた男に求めるものは、一つしかないじゃありませんか」

 惚れた? いつからそんな話になった。

 俺は思わず溜息をついた。ちっともわからん。

「すまんが、単刀直入に頼む」

 ヨズレルを見下ろして、正直に頼んだ。すると彼女はつと目を見開き、それから、ふふふふふ、と妖しく笑った。すすす、と腕を撫でられる。

「手を握って、目を覗きこんで、頼む、とお願いしてくださいな。そして、ありがとうと口付けをくだされば、女は惚れた男に、いくらでも貢いでしまうものなんですよ」

 本気なのやら、冗談なのやら、よくわからなかったが、俺が言うことをきくか、蹴散らして出て行くかの二択しかないように思えた。

 見下ろすヨズレルたちのまなざしに邪気はなく、目の輝きから見るに、楽しんでいるようだ。

 罪の無い悪戯、そんなふうに感じる。

 女の気まぐれや理屈のわからない主張に逆らうと、たいてい五倍返しで報復されるものだ。二度と会わない相手だとしても、つまらない恨みを買うこともない。

 俺はもう一度座ると、ヨズレルの顔を覗き込んだ。視線をしっかりと合わせ、頼む、と囁いてみる。すると彼女はなんとも婀娜っぽく笑って、お任せくださいな、とかすれた声で答えた。

 母の壮絶さに比べたら、いっそ微笑ましい。可愛らしささえ感じる。だから、妹やロズニスにするような気安さで額に口付け、ありがとう、と付け加えた。

「これでいいか?」

 最後に尋ねると、意味ありげに微笑んで俺を見つめていたヨズレルが、笑みを深めた。

「罪なお人ですこと」

 と、なぜか俺の腕をつねる。けっこう痛い。何か気に触ったらしい。

「まあ、よろしゅうございます。私がお役に立てたら、またしてくださいませね」

 また?

「いずれは、唇にも、ね」

 ばちんとウィンクされる。

 思っていたのと違う話の運びに、戸惑う。これで解放されるんじゃなかったのか。

「ヨズレルばかりはずるいですわ。次は私にも」

「私もお役に立ちましてよ?」

 左と足元からも催促される。細い指が腕や足に食い込んでくる。

「……わかった! わかったから、ちょっと待て!」

 なんでどうしてこうなった!?

 こうして俺は、花街の女将たちの協力を得ることになったのだった。


 女将たちから、店に来る盗賊と思しき男たちやら、盗品を専門に売りさばく奴やら、まっとうな商人やらを紹介された。

 それを手がかりに、まずカルディたちに、ルート上の盗賊たちに接触をはかるように指示した。

 カルディに説得されて子分になるならよし、渋るなら俺が出ていってぶっとばす。だいたいそれでおとなしくなる。

 従わなかった者、子分になったふりで寝首を掻こうとした者、一般人といざこざを起こした者は、前と同様に半殺しにして縛り上げ、街道に転がしておいた。そこで野垂れ死ぬか、兵団に拾われるか、誰かに助けられるかは運任せだ。

 そうして、盗賊としては、人間として真っ当な部類の者だけが残った。

 犯罪者を取り込み、密偵として使うなどは、王都を警備する騎士団では普通にやっている。奴らに利用価値があると示せれば、黙認に持ち込めるだろうと思われた。

 駄目な時は、奴らを連れて隣国へでも逃げこむしかないが、まあ、あまり心配はしていなかった。

 俺はある意味高名だ。そんな俺を、この国が生かして手放せるわけがない。俺を生かすつもりなら、俺の主張を呑むだろうし、殺すつもりなら、その時はその時だ。

 そうして俺は、配下に収めた奴らを、ルシアンの旅程の安全確保のためや、さらに盗賊を配下に収めるために使ったのだった。

 たとえば、刺客を警戒して腕の立つのを先まわりして宿に配置したり、花街や酒場や市場で情報収集にあたらせたり、だ。

 そのどれもに、女将たちから紹介された人脈が役に立って、非常に助かった。人脈が人脈を呼び、それがそのまま信用に繋がったからだ。

 ただ、どうにもならないものが、一つだけあった。

 金だ。あれだけは、ただでは転がり込んでこない。

 盗賊どもに、また盗賊稼業をしろなどと言えるわけもなく、奴らを養うために、持ってきた金貨銀貨はすぐになくなった。

 それでどうしたかって?

 しかたないから、借りたよ、金貸しに。なぜか盗賊たちの口利きで。

 なんか、騙されて金毟られてるんじゃないかという気がしないでもないが、毒を食らわば皿までだ。

 『最凶王子』ブラッドの名で口外無用は念を押しておいたが、『借金王』の二つ名が囁かれるようになるのも、時間の問題だろう。

 その前に、『盗賊王子』とか言われるんだろうか。

 まあ、いーけどな。ここまできたら、もう十や二十、二つ名が増えたって。

 だけど、おかしいよな。俺は人の道にはずれて生きてるつもりはないのに、なんでこう不名誉なのばっか増えるんだろうな。

 俺はやさぐれた気分になった。

 そして、身に覚えがないのに、『花街の貴公子』だの『娼婦の情人(いろ)(そもそも娼婦と会ってねえよ。夜はルシアンの所に行ってるんだから)』だのという、名誉なんだか不名誉なんだかわからない二つ名が増えるなどとは、この時、考え及びもしなかったのだった。

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