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しかたなく英雄的最後を迎えた魔法使いの受難  作者: 伊簑木サイ


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26/52

     悪人

 盗賊たちを連れてルシアンたちを追いかけるわけにもいかず、一晩を奴らと野宿で過ごした俺は、奴らの臭さと蚤と飯の少なさに辟易して、翌日、日が暮れる前に町に入った。

 まさか、人相も風体も雰囲気もまっとうでないこいつらが良い宿に泊まれるわけもなく、いったいどんなところなら入れるのか、カルディに案内させて、町の隅にある安宿の食堂に踏み入った。

 建物自体がそれほど大きくない。全員は泊まれないんじゃないかと尋ねると、ここは大部屋の床で雑魚寝なのだと、蔑む目で教えられた。

 風呂は、と聞くと、ねえよ、と答える。

 明日はまずそこからかとうんざりして、出された安い酒と粗末な飯を食った。

 どうせ奴らは飲んだくれるか、花街に行く。牛や羊じゃないから、宿に囲っておくわけにもいかない。そんなことしたら、よけいに鬱屈が溜まって、面倒なことになるだろう。

 俺は腹六分目で食事を終えると、『人様に迷惑かけんなよ。やったら殺すぞ』と、むっつりと言い置いて、二階の小汚い部屋に上がった。

 人が少ないうちに一寝入りして、夜中になったら、ルシアンたちの宿の様子でも覗きに行こうと思っていたのだ。


 廊下を歩く足音に目が覚めて、起き上がる。借りきりの部屋には、他にまだ誰もいない。

 部屋の前で足音が止まった。ノックもなく扉が静かに開く。いつでも攻撃できるように身構えて待っていると、入り口に一つきりのランプに照らされて入ってきたのは、カルディだった。

 こちらへと真っ直ぐに来ながら、いくぶん深刻そうな声で告げられた。

「面倒が起きた」

「なんだ。何が起きた」

 すぐに立ち上がった俺の横を通り、窓を少し開いて、見てくれ、と言う。

 下を覗けば、篝火を持った男たちが店の前を取り巻いていた。

 その中心に、見覚えのあるようなごろつきが三人、縛り上げられている。

「なんだあれは」

「ロマバークとユルケンとテュルクだ。花街で娼婦相手に暴力をはたらいたらしい。落とし前をつけろと女将たちが用心棒と町の自警団を連れてやってきた」

 馬鹿どもが。

 怒りとも悲しみともつかないものが胸中に去来する。ずん、と胃の腑も重くなった。

「わかった。話を聞こう」

 俺はカルディを従えて階下へと向かった。


 宿の親仁(おやじ)に食堂の一隅を借りたい旨を話し、そこへ女将たちを招いた。三人ともいい歳のばあさんだ。怒りを全面に出して居丈高を装っているが、抜け目なくこちらの出方をうかがっているのも感じられた。

 感情だけでわめき散らすタイプの女性ではないようだ。それだけは助かった。あれをやられると、男は耳を塞いでいるしかできなくなるからな。

「どうぞ。話を聞こう」

 俺は座ったまま椅子を勧めて、単刀直入に用件を切り出した。

 真ん中にいる女将は、ふん、と鼻を鳴らして椅子を無視すると、

「あんたんとこのろくでなしが、うちの()を殴った。歯と鼻が折れちまったよ。右手も指が粉々さ。あれじゃあ、一生不自由をするだろうよ。その上、あのクソどもを叩き出そうとしたら、店ん中で暴れて、滅茶苦茶になっちまったよ。どうしてくれるんだい」

 いっきにまくしたて、俺を睥睨した。どうやら、このばあさんが被害者で、あとは付添い人らしい。

「話はわかった。少し失礼する」

 俺は席を立って、店の外へ出た。戒められている三人の所へ行き、立ったまま、女将に聞いた話を伝え、いったい何をした、と尋ねる。

「お頭。俺たち、言うこときかない商売女をちょっと殴っただけだ。なのに、こいつら、よってたかって俺たちを袋叩きにしやがった。これはあんたの恥だ。こいつらみんな、やっちまってくれ!」

 これみよがしに、どうにも弁解のできないことを、ロマバークが叫んだ。

 あたりに完全な静寂が落ちた。誰もが俺たちに注目しているのを感じた。

 ……あんなに言ったのにな。こいつらには理解できなかったのだろうか。それとも、俺が甘く見られているのか。

 溜息すら出てこない。無言のままマントを外し、上着を脱ぐ。それらをぐしゃりとまとめて、後ろをついてきていたカルディに突き出した。

 殺すってのは、口先だけの脅しじゃなかったのにな。

 見つかったら即死刑の盗賊が、簡単に日の目を見られるわけがないだろう。俺の名で庇護してやることはできても、そこからはみ出たら、いくら俺でも庇ってやれない。

 それがわからない馬鹿は、切り捨てるしかない。他の者を巻き添えにしないためには。

 期待して見上げている奴らの愚かさに、やるせなさがつのる。

 名前なんか、覚えるんじゃなかった。顔も、見覚えるんじゃなかった。

 どうせ殺さなきゃならなくなるなら。

 手を一振りして、鋭い風で奴らを縛っていた縄を切る。せめてもの情けだ。反撃くらいは好きにするといい。

 奴らが自由になって、周囲が警戒して色めき立ったのがわかった。

「ありがてえ、お頭! さあ、頼みまさあ!」

 ロマバークたちが喜色満面で立ち上がる。俺はそこへゆっくりと二歩近付いた。

 そして、いきなり奴の顎を手加減なしで殴り飛ばした。続けて二人とも一発ずつでひっくり返す。

「人様に迷惑かけたら、殺すって言っただろう」

 自分でも驚くほど、地を這うような低い声が出た。激情にうねるそれは、息を呑んで成り行きを見守る周囲の人間たちの隙間にも響き渡り、さらに、しんと静まりかえらせた。

 どいつもこいつも、よく見ておけ。

 こいつらを縛る法が、どんなものであるのかを。

 俺が、何をするのかを。

 それから俺は、一発でほとんど立てなくなった奴らを、殴り、蹴り、奴らが虫の息になるまで制裁を加えた。

 終わった時、奴らの皮膚は裂け、骨は折れ、容貌も、生きているのかもわからない態で、自分たちの血と吐瀉物の中に転がっていた。

 よっぽどの幸運でもなけりゃ、朝までに事切れるだろう。

 俺は手を一振りして血を払うと、ぐるりと見回してカルディを見つけ、街道に捨ててこいと短く命じた。

 わかった、と応じた奴から上着とマントを取り戻し、俺は食堂に戻った。


 入り口で一部始終を見ていた女将に、迷惑をかけた、と言葉少なに謝罪した。さっきのテーブルに誘い、そこで賠償額はいくらになるかを尋ねた。

 金貨二枚との答えに、値切ろうとは思わなかった。そのかわり、

「その娘に、手厚い看護と保障をしてやってくれ」

 そう言い添えて、言い値を渡した。

 女将たちが去っていくのを、俺はその席から立たずに見送った。


 その夜、盗賊たちは誰一人として寝部屋に上がってくる者はいなかった。

 俺も、ルシアンのところへは行かなかった。

 一人でまんじりともせず、細く開けられたままの窓から、星がゆっくりと現れては消えていくのを見ていた。

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