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しかたなく英雄的最後を迎えた魔法使いの受難  作者: 伊簑木サイ


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     盗賊と評判の悪い王子

 見知った目の色に親しげに呼びかけてしまったが、姿形どころか、まとう雰囲気さえも違うのに、やはり、にわかには彼だと信じ難かった。

 踏みつけにされ、喉元に剣を突きつけられ、なのに余裕を失わず、不敵というより野卑な目の色で俺を見上げる、……見知らぬ男。

 死んだはずの友人が生きていたという感慨は、やはり湧いてこなかった。

 だから、どんな人物か見極めたくて、話しかけた。

「その名は知らない。だが、ナヤトレイの悲劇は知っている。それがきっかけで、父が魔法使いを志したのだと聞いた」

「……ああ、これは失礼。噂の王子殿下でしたか。どうも若いような気がしました。本当にお父上にそっくりだ」

 数秒の間の後、彼はそう言って、突きつけた剣を無造作に横に押しやった。

 最初は本当に見間違えたのかもしれない。が、途中からは違う人間だと気付いて、半ば俺が誰だかわかった上で、時間稼ぎに騒いだのだろう。図太い神経だ。

 俺はそれをじゅうぶん承知しながら、彼の上から退き、体を起こすのを待った。とりあえず、こっちだって事を荒立てたいわけじゃない。元々、話し合うつもりで来たのだ。

 彼は俺のマントを拾って土埃を払いながら聞いてきた。

「それで、先代の守護魔法使いの落し種が、お一人でどうしてこんなところに?」

「おまえたちを止めにきた」

 彼の口元が髭と共に動き、ふっと肩を震わせる。おそらく笑った。嫌な感じだ。奥に熾火(おきび)のような敵愾心を感じる。

「それはまた、どんなお慈悲ですかね?」

「おまえたちが襲おうとしているのは囮だ。行けば殺される」

「はあ。なるほど。で、こんな危険を冒して、王子殿下にどんな得があると?」

「死なせたくないし、殺させたくもない」

 彼は肩を竦めた。

「それが本気だというのなら話は簡単だ」

 くつりと喉を鳴らして笑って、彼は俺にゆっくり近付いてきた。

「あんたが」

 そう話しかけてきたくせに、それ以上の言葉はなかった。俺のマントを振り回し、いきなり殴りつけてくる。

 同時に後ろからも足音が迫ってきているのが聞こえた。

 俺は土の盾を生じさせてマントを遮り、後方へと振り返って、自分の剣状の鉄棒で(刃は付けてない。そこまでとっさに造れないというのもあるが、当たって切れたら危ないだろ)相手のをはじき返した。手元がぶれたのを見て、深く踏み込んで柄を(尖った方でやると突き刺さっちまうからな)鳩尾に叩き込む。

 どさりと男の体が崩れ落ちた。

「怯むな! 双子王子は片割れがいなければたいした魔法は使えない。魔法陣はこっちにある。手持ちもすぐになくなるはずだ。詠唱が終わる前にかかれ!」

 一人がやられている間に安全な位置まで下がったカルディが、檄を飛ばした。

 なんだよ。タイマン張る気すらないのかよ。よってたかって袋叩きとは、ナヤトレイのカルディも落ちたもんだな。

「性根まで腐らせやがって、くそったれが」

 言ってわからないなら、体にいうことをきかせるしかない。

「てめえら、歯ぁ喰いしばっとけよ!」

 俺は開いた右手を軽く上げて、視線を視界にいる九人に固定した。照準を合わせて、掌を握りこみながら、すっと下ろす。その間、三秒。

 ずん、という地響きと共に、視界から人が消える。

 土属にはたらきかけて、即席で落とし穴を作ったのだ。

 次いですぐに、背後の奴らも見定めて、まとめて十三人同じ目にあわす。

 あと一秒遅かったら斬られていた。目の前数センチまで刃が迫っていて、ひやりとした。一回目と二回目の時間差が命取りになるところだったのだ。

 いっそ、空に上がって全員いっぺんに落とせばよかったのかもしれないが、それだと人数が多すぎて照準の精度が落ちる。だからといって、一つの巨大な落とし穴を作るのは、魔力を消費しすぎる。

 つまり、大人数(おおにんずう)向けじゃないな、これ。

 俺は溜息未満の息をついた。

 だいたい、前提が間違っているのだ。それはわかっている。たった一人で多勢を相手にするなんて、無理があると。せめて背中をあずけられる奴がいればいいんだが、それを拒否したのは俺だ。それを埋める手立てを考えるしかない。

 木陰なんかにも隠れているのがいないか確認してから、俺は手近な穴の中を覗き込んだ。

 賊は身長の倍ほどの深さの穴の底で多少痛そうにしているが、大きな怪我はなさそうだ。そこは合格だった。

 賊が見下ろしている俺の気配に気付いて、慌てて剣を上げようとして、壁に阻まれ四苦八苦しはじめる。やがて、穴の狭さを逆手にとって、剣を振り回してこちらを威嚇しつつ、手足を突っ張り登って来はじめた。

 ああ、そうか。狭すぎるのも駄目なのか。

 感心して振り返ってみれば、モグラのように穴の中から手先やら頭やらがいくつものぞいていた。

 次回は、手足の届かない大きさにしないと。やっぱり、実際にやってみなくちゃわかんないことは多い。

「なるほどな」

 俺は呟いて順番に空気の塊を蓋として押し込み、もう一度全員を穴の底に叩き落してやったのだった。


 さて。カルディはどこに落ちているんだろう。

 外側の穴をまわって、奴を探す。ああ、いたいた。

 俺は穴の縁にしゃがんだ。蓋を解除する。奴は嫌そうな顔をして俺を見上げた。

 盗賊には申し開きやら情状酌量なんてものは許されていない。捕まったその場で殺されるのが決まりだ。

 だが、奴に命乞いをする気配はなかった。そこまで情けなくはなっていなかったらしい。

「なんだ? マントが欲しいなら、ここまで降りてくればどうだ」

 と言って足元のそれを踏み躙る。普段ならむかっとするところだが、喧嘩中に挑発とわかっていて乗るほど単純じゃない。

 俺は冷静に見遣って、尋ねた。

「で、俺がなんだって?」

 奴は動きを止めて、不審気に眉をひそめた。

「さっき、簡単な話だって言ってただろう。で、俺がどうすればいいって、おまえは考えたんだ?」

「ははっ。そんなことか」

 奴は嫌味たっぷりに笑った。

「あんたが捕虜になればいいと思ったんだよ。別に死体でも悪かねーが、これからの季節、腐りやすいからな。できたら生きてた方が便利だ」

「ふうん。それで、俺をどうしたかったんだ?」

 奴は俺をあおるように、汚い歯をむいてにやりとした。

「ぺリウィンクルの武王に献上するのさ」

「あいつはおまえにとって仇じゃないのか?」

 妻や家族を殺した奴に、どうして喜ぶ品を渡したいのか、わからない。

「ああ。仇さ。この手で殺してやらなきゃ気がすまないほどのな!!」

 それまでのにやにやとした笑いが消えて、怒気が噴き出す。

「それはおまえも同じだ、国王の犬め!!」

 ダシン、とカルディがマントを蹴りつけた。ダン、ダンと続けて何度も。地団駄踏んでいるのかもしれなかった。

「おまえたちはいつもそうだ。持っているのに、できるのに、何もしないで、やるのは弱い者をさらに痛めつけて、切り捨てることだけだっ」

「何の話だ」

「自覚もないのか。それとも、心当たりがありすぎてどれだかわからないのか。まったく、いいご身分だ。腐れ外道どもめっ」

 捨て鉢な罵り言葉が、そのままいくつも続く。興奮して話にならない。

 俺は数秒考えて、奴の上に土を蹴り入れた。土をよけて口を閉じた奴を、せせら笑ってやる。

「言っていることがわからねーな。意味のない罵声なんか、痛くも痒くもない。死ぬ前に、一つくらいはまともなこと、言えるもんなら言ってみろよ」

「なんだと? この、クソガキが!! 税金巻きあげるだけ巻きあげといて、攻め込まれたら切り捨てやがって。要衝でもない、肥えた土地でもない場所は、盗られたって惜しくないか。十羽一からげの庶民なんざ、何人殺されようと、生き残ろうと、興味もないか!! 土地もなけなしの家財も失くして、どうやって生きていけっていうんだ。せっかく生き延びた奴が、それでどれほど死んでいったと思っている。金を生まない奴を、おまえたちは人間とすら見てねえ。狩るだけの獣と同じだと思ってやがる!! ふざけやがって!!」

 目からも口からも火を吹きそうに、カルディは怒鳴った。

 そのとおりだった。国は、いや、国をあずかる俺たちは、手の回らないものを、そうやって切り捨ててきた。それは、何もしてこなかった俺も同罪だ。

「だからって、俺を武王にさし出してどうする」

「面会の手土産だ。会って、この手で殺してやる!!」

 ぎりぎりと歯噛みして。目を怒らせて。気がふれたかと思うほどの形相で。

 そうだったのか。こいつは、二十年以上も、復讐を果たすために生きてきたのだ。盗賊に身を落としても。己の誇りを捨てても。ただ、それだけのために。

 そこに、やっと、かつての友の姿を見出す。 

「無謀だな」

「黙れ! てめえに言う資格はないっ」

「あるさ。俺だってあいつはぶっとばしたいんだよ」

 他国を侵略しては無益な殺生を繰り返す大阿呆に、いつか煮え湯を飲ませてやらなきゃ気がすまないと思っていた。

 あいつがナヤトレイを襲わなければ、俺は魔法使いになんかならなかった。そして、カナポリを襲わなければ、数百人も蒸発させて殺したりしないですんだのだ。

「なあ。俺におまえたちの身柄を預からせてもらえないか」

 カルディは、黙って怒りに滾る目で、俺を睨みつけていた。

「俺は次の守護魔法使いになる。でかい争い事が起これば、必ずかり出される身だ。いつとは約束できないが、必ずぺリウィンクルの武王とはやりあう。それを、俺の下で待たないか」

「盗賊を飼おうってのか。ろくな噂を聞かないあんたに、そんなことができるのか」

「できるかできないかじゃなくて、そうするだけ(・・・・・・)だ。まあ、もうちょっと紳士に見える格好はしてもらわなきゃならないが。ノミだらけのそれより着心地いいのを用意する」

「国王の犬になるのはごめんだ」

 カルディは唾を吐き捨てた。

「じゃあ、今ここで死ぬか?」

 俺たちは睨みあった。

「何もできないまま、無駄死にするか? 仲間も巻き込んで? 果たしたい目的があるんだろ? だったら、俺を利用しろ。俺もあんたをこき使うが、そこは持ちつ持たれつだ。そうだろ、ナヤトレイのカルディ?」

 しばらく俺の腹の中をさぐるように見た後、カルディは心底忌々しそうに鼻を鳴らした。

「あんたを王子だの殿下だのって、呼ぶのだけはしたくねえ」

「かまわない。呼び捨てにしろ。どうせあんたにそんな呼び方されたら、虫唾が走るに決まってる」

「かわいくねえガキだな」

 俺は笑った。昔、殴りあった後と同じこと言ってやがる。俺はこいつより二つ年下だったのだ。

「上がって来いよ、ほら」

 手を貸してやろうと、穴の中へ伸ばす。

「いらねえ。どいてろ」

 カルディは自力で力強く土の壁を登って、地上へと出てきた。

 じろりと俺を横目で見て、チッと舌打ちをもらし、さっさとしろよ、と言う。

「説得するから、あの妙な蓋、どけろ」

 俺はゆっくりと左から右へと腕を薙いで解除すると、カルディに顎をしゃくってみせた。

 カルディはあからさまに面白くないという顔をして、仲間たちを呼び集めに行ったのだった。

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