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     盗賊狩り

 一日目は、ルシアンたちの馬車が出立するのを見計らって、他の旅行者に混じり、少し離れて後をついていった。馬が牽いているとはいえ、ゆっくりだ。じゅうぶん徒歩でついていける。

 ただし、案の定と言うべきか、その夜は筋肉痛と疲労でぐったりしてしまった。覚悟の上だったが、さすがに辛かった。

 ここ二十日ばかり、まともに体を動かしていなかったというのもあるが、そもそも前世に比べればまったく体を鍛えてこなかったのだ。

 王族として護身術やら剣の扱いやらは一応叩き込まれたが、それより魔法の方がとっさに出るから、それほど熱心にはやらなかった。そのツケが、ここでいっきにきたというわけだ。

 気を失うようにして眠った翌朝、さらに増した筋肉痛に、うめきながら起き上がった。

 いったいこれ、いつまで続くんだろうと思いながらも、俺は魔法に頼らず、毎日歩いた。

 このあたりでしっかり体を作っておかないと、後で体力不足で負けたとかいうことになる。王族の負けは、すなわち人生の終わりだ。怠惰のせいで守るものも守れず死ぬ破目に陥ったら、死ぬに死ねない。

 でも、ありがたいことに、四日目には嘘のように筋肉痛がなくなり、五日目には余裕すらでてきた。思ったより慣れるのが早かったのは、たぶん、記憶に残る二十七歳よりもだいぶ若いからだろう。

 おかげで、ぎりぎり間に合った。

 駄目だったら、最悪魔法陣使いまくりでしのごうと覚悟していたが、なんとかなりそうだ。

 なんの話かって?

 もちろん、盗賊狩りの話だよ。


 ここまでくると、辺境とか国境とまではいかないが、それなりに田舎で寂れた場所になってくる。

 国内に敷かれた公道には、途中の主要都市や重要箇所に兵が配属されてはいるんだが、広い国内を網羅して警備することはできない。

 そういう手薄な所に盗賊が出るのだ。

 ネニャフル王国は、もう何年も小競り合い程度で戦争というほどのものはしていないし、政局も世情も安定している。

 それでも、国政の枠からはみ出てしまう者はどうしてもいるし、そうなれば物乞いか盗賊くらいしかなりようがない。

 故郷のカナポリ村だって、ぺリウィンクルに占領されたままだったら、村まるごと流民になって、女は体を売り、子供は物乞いかかっぱらいを覚え、男は盗賊になったことだろう。

 それに、なまじ安定してそれなりに栄えているおかげで、荒れた他国から犯罪者が流入しているというのもある。

 エンも頑張ってはいるんだけどなあ。

 私腹を肥やすのがステータスだと思っている貴族だとか、儲けりゃなんでもいいと思っている悪徳商人とか、わざわざ犯罪を奨励してうちの国に放り込んでる隣国だとか、いろいろいて成果ははかばかしくないのだ。

 王族の端くれなのに、何もしてこなかった俺に偉そうなことを言う資格はない。申し訳ないとも思っている。なにしろ税金で養ってもらってるんだからな。国のために働くのが、本来の王族の姿だろう。

 だから、ルシアンが盗賊狩りに協力するのは、義務だとは思う。

 思うけどな。

 どこの馬鹿が婚約者連れて相手の実家に挨拶にいくのに、わざわざ遠回りまでして盗賊出没ポイントを通らなきゃならないんだよ。おかしいだろ。非常識だろ。

 あの地図、初めて見た時から、なんか妙だと思ってたんだよ。赤で描かれたルートが、不自然にくねくねしてて。

 それで、休憩時に何が気になるのかとつくづく見てたら、渇水期に国中まわって、ここが危険箇所ですと教えられた場所と、ものの見事に重なってやがった。

 まったく。どうせついでだとエンが考えたのか、示威行為にちょうどいいとルシアンが考えたのか知らないが、放っておけるか。

 地図で示されている通りならば、今日の旅程で危ない場所を横切る。

 だから、今日はとりあえず、朝早くから出て先回りした。

 今は、盗賊のねぐらを探しているところだ。それが見つからなくても、仕事に向かう途中の奴らを捕まえて、無力化するのが狙いだ。

 空の上から地面を眺めおろし、地形を確かめる。

 襲いやすく、逃げやすく、そこから遠くも近くもない隠れ家があるはずだ。

 しかし、茂った木々が邪魔で、その下までは見通せない。

 こんな時こそ便利な魔法があればと思うが、魔法は万能じゃない。よく知りもしない場所で、いるのかもわからない相手を探すことなどできない。やっぱり、人間、最後は自分の足で歩いて目で探すしかないのだ。

 俺はいくつかあたりをつけ、そのうちの一つへと、木々の中に降りていった。


 この辺だと思うんだが。

 俺はきょろきょろしながら、山中をうろうろしていた。間違ってないよな、と、木々を見透かして、もう見えなくなった公道のある方を、再度見下ろした。

 襲うならあそこが絶対にいい。狭くて隊列が縦に伸びる。厚い守りを突破しないで、獲物だけを狙いにいける。

 それに、あっちの崖の突端から石を落として、勢力を分断することもできる。だとしたら、盗賊はここを下る。たぶん、斥候はあっちから駆け上ってくるはずだから、待機するなら、ええと……。

 俺は、盗賊の気持ちになって襲撃計画を練り、道順を逆に辿っていた。

 結局ねぐらを見つけられなかった俺は、ルシアンたちが通りかかる時間が近付いているのもあって、しかたなく襲撃直前の盗賊を捕まえることにしたのだ。

 それでも見つからない。もしかして反対側だったかと、焦りと共に考え始めた矢先だった。

 木陰から出たら、二メートルほど上の斜面にいる小汚い二人組みと目が合った。向こうもびっくりしているが、俺も驚いた。たぶん、斥候だ。

 奴らは一言二言言葉を交わして、どうやら先に俺を始末する気になったらしい。迷子のガキが一人なら、()った方が早いもんな。さっそく剣を抜いて、斜面を飛び降りてきた。

 あっちも無言だが、こっちも無言だ。集中を高めるために、よけいな口を利いてる暇はない。よく見て間合いをはかり、俺は斬りかかってくる剣へと手を伸ばした。

 触れる刹那、魔法を放つ。極度の集中に、無意識に俺は呟いていた。

「塵に還れ」

 その瞬間、砂鉄となって剣が零れ落ちた。

 いきなり手の中の重みがなくなった賊は、極限まで目をむいて、転びそうになる。その顎にすかさず拳を一発叩きこんで、()してやった。

 もう一人はそれを見て背をひるがえした。

 俺はとりあえず蔓を呼び、倒れた賊に巻きつかせて動けないようにしておいて、大慌てで逃げていく奴を追いかけた。

 追いかけっこは百メートルも続かなかっただろう。俺は望みどおり、盗賊集団の中に躍り出た。

「魔法使いだ、気をつけろ!」

 先に紹介してもらったおかげで、全員が剣を抜いている。人数は二十二。どいつも目をぎらぎらさせて殺気立た奴らにすっかり囲まれた。

「国王の犬か」

 それほど体は大きくないが、目配せして人の配置を指示してる男が、敵意をむき出しにして吐き捨てるように言った。

 犬? じゃないよな。そうなるつもりだったんだが、なりゆきで今はどっちかというと逃亡中だ。

「そんなこたあ、どーでもいいだろ」

 俺はフードを跳ね上げて留め金をはずし、その勢いで、マントを喋った(かしら)らしき男に投げつけた。

 銀貨から魔法陣からじゃらじゃらに吊るしてあるからな。ちょっとした重さだし、凶器にもなる。

 やみくもに突き出された剣は、そのじゃらじゃらに阻まれて布地を通ってはこなかった。俺は思いきり相手を蹴り倒し、遠慮なく踏み潰して、呼び出して掌から生じさせた剣状のものを、やっとマントの下から顔を出した男の首に突きつけた。

「こいつを殺されたくなかったら、剣を捨てろ!!」

「ブラッド!? ブラッドだろ、おまえ、どうして!?」

 まわりの男たちを威嚇するために発した俺の怒声を凌駕する、驚愕の叫びが足元からあがった。

 なんだと?

 俺は胡乱な目で、俺を呼ぶ盗賊を見下ろした。

「おまえ、死んだんじゃなかったのかっ」

 男の顔が薄汚すぎて、誰だかちっともわからない。髭ももみあげも髪も白髪交じりでぼうぼうで、鼻の頭から左頬にかけて切り傷がある。こんな奴、知らない。

「俺だ! カルディだ! ナヤトレイの!」

 ナヤトレイだと? あの村はなくなってしまったはずだ。ぺリウィンクルに攻められて、村人も殺されて。拳仲間だったカルディも、俺が仲を取り持ってやって奴に嫁いだフォンティナも死んでしまった。

 だから俺は、魔法使いになろうと決心したんだ。自分の村が、そんな目に遭わないように。

 ああ、でも、どんなに姿形がかわっても、茶から緑への微妙なグラデーションをみせるこの目の色は、確かに覚えがある。さんざん間近で殴りあった。忘れられない。

「カルディ」

 俺は後先考えず、こみあげる感情のままに、奴の名を呼んでしまった。 

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