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しかたなく英雄的最後を迎えた魔法使いの受難  作者: 伊簑木サイ


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     売られた喧嘩の行方

 そんなわけで、部屋に戻った俺は、至極冷静になっていた。

 床に座り込んで、ありったけの魔法陣と少しの銀貨を上着と旅行用のマントに取り付け、金貨をブーツに仕込みながら、問題の整理をする。

 どうやら、ルシアンは婚約の了承をしたらしい。それでアルニム王国へ婚約の挨拶に行くという。

 それは、いい。問題はない。だが、どうしてわざわざ、あの武王がいるぺリウィンクルの鼻先を通っていかなければならない。他に道はいくらでもあるのに、だ。

 この婚姻が整えば、アルニムとネニャフルの同盟関係は強くなる。その間に国土を挟まれているぺリウィンクルにとって、それは大きな脅威だ。黙って見過ごすわけがない。

 しかもやって来るのは、この間一師団を燃やし尽くした双子王子の片割れだ。復讐がてら、刺客がよこされるに違いない。そんなの、権謀術数に疎い俺にさえわかるのに。

 大きな溜息が出た。

 エンディミオンはいつもこうだ。黙って人を渦中に放り込む。

 俺は自然と前世での胸糞の悪い出来事が思い起こされて、顔をしかめた。他の事はどんなに腹がたってもやり過ごせたが、あれだけは別だった、痛恨の出来事を。

 まあ、ありていに言えば、不穏分子を炙りだす囮にされたのだ。……俺の、愚にもつかないプライドを餌にして。

「くそっ」

 何年たっても、生まれ変わっても忘れられない悔恨に、俺は未だ悪態をつくしかできないでいる。それが更に忌々しく、情けなく、堪えられない感情のうねりに、俺は莫迦みたいに床を殴りつけた。


 姫との結婚後しばらくして、王は人前で俺と親しげなのを演出しだした。気を許したふうを装い、自分を『エン』という愛称で呼べと鉄壁の笑顔で強制した。

 何かというと俺を呼び出して連れまわし、時に意見を求めたりもした。だが当然、政治のことなどわからない俺に、ろくな返答ができるわけもない。なにより奴が胡散臭すぎて、にこりと笑いかけられる度に怖気をふるわずにはいられなかった。

 俺が貴族や大商人の子息だったなら、また違っていたはずだった。彼らは幼い頃から、王族に対する気構えや礼儀といったものを躾けられる。もちろん、親しく接してもらえれば光栄に思うのは当たり前だっただろう。

 しかし、農民階級の俺にはそんな常識すらなかった。王だの貴族だのは遠い存在でしかなかった。村で一番偉いのは村長、時々それより偉そうな役人が来るにしても、実際に怖いのは親父で、うるさいのは母親だった。そして本当に敬い畏れるのは、恵をもたらし、時に荒れ狂う自然だったのだ。

 俺にとって、王はしょせん人でしかなかった。自然より偉大なものとは思えなかったのだ。

 そんなだから、俺には国王に対して滲み出るべき敬う態度が欠落していた。

 もちろん、ジジイに口うるさく言われたとおり、いつでも黙って俯いて腰を折り、臣従の姿勢をとってはいた。が、しかたないから従ってやっている、そんな俺の心情は駄々漏れだったのだろう。

 それをうまく王に利用されたのだ。

 権力を求める貴族たちにとって、王に近しい、あるいは王位に近い(・・・・・)ボンクラは、目の前にぶら下げられた肉みたいなものだった。そのボンクラが、王に翻意を抱いているとなればよけいに。

 結果的に、王の暗殺未遂が起きた。……その後釜に、俺を据えるために。身分的に申し分なく、正統を称して推せるボンクラは、傀儡にするにはちょうどよかったらしい。

 皮肉なことに、王を救ったのは、気まぐれに呼び出されてたまたま居合わせた俺だった。

 いや、偶然でもなんでもなかったのだろう。そのために(・・・・・)、俺はしょっちゅう王の傍に置かれていたのだろうから。いざまさかの時に、俺の力で事なきを得るように。そして、俺の身の潔白を証明するために。

 そうして俺は王の側の人間として、すべての審判に立ち会うことになった。一族郎党、女や子供まで処罰される者たちが、俺を卑怯者、裏切り者と罵る叫びを無視し続けながら。

 うっすらと、この世のものとも思えない美しい笑顔を浮かべて、まるで詩でも詠ずるように死刑を告げる王の隣で。

 自分の迂闊さがこの惨事を招いたのだと、歯毀れするほど噛み締めて。


 あいつに関われば、ろくなことにならない。身に沁みて知っている。けれど同時に、あいつが国を守るためなら、どれほどの泥を被るかも知っている。

 そして、それをどれほど厭っているのかも。

『ああ、くだらぬ、くだらぬ。つまらぬこの世に生きるには、酔狂に徹するしかないではないか』

 護衛の一人、侍従の一人もいない部屋で、二人きりで寛いで酒を酌み交わしながら。いや、俺を酒の肴にして笑いながら。

『それとも、おまえが終わらせてくれるか? ……くくく。気を付けよ、気をつけよ。余が気に入らぬと顔に書いてあるぞ?』

 暗く淀んだ瞳で。本気なのか冗談なのかわからないことを、何度も口にしていた。

「ああっ、もうっ、ほんと、面倒臭(めんどっくせ)え奴だよなっ」

 あいつはいつも遠まわしで、それでいて思わせぶりなのだ。肝心なことは何も言わないくせして、それで、おまえは? と何度も繰り返し問われている気がする。

 この状況で、どうする、と。

「どうしたらいいのかなんて、わかるかよ」

 何が最善かなんて、俺にはわからない。でも、

「どうしたいかなら、迷わねぇ」

 ルシアンを失いたくない。

 だから、

「今回は譲れねーんだ、エン」

 自分の呟きが耳に届いて、初めて自分の本音を知る。それに、両の口端が、くっと吊り上がったのを感じた。

 だったら、売られた喧嘩は買ったと、宣言しておかないとな。

 俺は窓へと向かい、開け放って、窓枠へよじ登った。塔の中を通って王宮へ赴き、いちいち検問を受けるなんてのは御免だった。たとえ顔パスだったとしても。

 俺は(そら)を渡って王を探すために、窓枠を蹴って、(くう)へと身を躍らせた。


 先に覗いた執務室は明かりが落ちていた。舞踏会だの宴会だのが開かれている気配もない。とすれば、この時間なら私室だろう。

 王宮上空は、魔法使いの侵入に対して無防備だ。空に魔法の網を常に張り巡らすほどの大魔法を維持することなどできない。その代わり、主要な部屋には対侵入者用の魔法陣が仕込まれている。特に王の居室ともなれば、最上級の備えをしてある。

 怒り心頭だったさっきまでは、急襲して全部力でねじ伏せるつもりだったが、要は内から中に招き入れられればいいのだ。奴のことだ、俺が訪ねていけば、大仰に喜んでみせて、中に入れてくれるだろう。

 昔、何度も呼びつけられて訪ねた部屋の明かりがついていた。俺は昔と同じく窓の外に降り立ち、鎧戸の閉められていないガラス窓を控えめに叩いた。

 王は私室内に侍従や護衛、女官が侍ることを嫌う。案の定、王が自ら窓の外を確認しにきた。

「おお。ブラッド。窓からとは行儀の悪い」

 その一言目ですら、昔と同じで。俺は思わず、呆れて軽口を叩いた。

「無用心だぞ、エン」

 王は一瞬動きを止めた。壁際のランプに照らされて、片眉が跳ね上がるのが見える。それから、なんとも楽しげで魅力的な笑みを浮かべた。

「やっと来てくれたか、ブラッド。待ちくたびれたぞ」

 王は窓を大きく開け放って体を引いた。俺は窓枠を汚さないように跨いで、部屋の中へと入ったのだった。

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