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しかたなく英雄的最後を迎えた魔法使いの受難  作者: 伊簑木サイ


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第2話  英雄の称号

 夜半、ぎゃあああっ、という断末魔の声に、俺は目を覚ました。目を開ければ、暗闇の中で炎をまとった人影が踊り狂っている。まさに死の舞というやつだ。

 一瞬で消し炭にしてやったほうが、やっぱり親切ってもんだろうと溜息をつく。

 消し炭では、どこの誰なのか調べることもできません、証拠は残してくださいって言うから、魔法陣の炎の威力を落としたのに、これじゃあ残忍なだけだろう。

 怨嗟をまき散らす喚き声と肉の焼ける匂いに我慢ができず、俺は開いた掌を軽く握り、その感覚で踊る侵入者を高温の炎で包んで消し炭にかえた。

 ついでに指を弾き、窓の留め金を風で打ち抜き、開いて夜気を入れる。消し炭が吹かれてちらかった。

 それを見て思いつき、それらを全部風にのせて外に放りだす。

 それだけで何も無くなった。

 人一人の存在がまるごと。

 俺は背を向け、ごそごそと布団の中にもぐりこみなおした。

 面倒くさい。何もかも面倒くさい。

 扉が乱暴に叩かれ、兄さん、と呼ぶルシアンの声がしているが、今はあいつに付き合うだけの気力が保てない。

「俺の眠りを邪魔するな」

 苛立ちそのままに、囁きを風にのせ、増幅して扉に叩きつけてやると、部屋がしんと静まりかえった。

 耳の痛くなるような静寂が落ちてくる。それを求めて得たはずなのに、いざそうなってみると、静かすぎて神経にさわる。

 俺はそのまままんじりともせず、白々と夜が明けるのを待つこととなった。


 ことの起こりはなんのことはない、国境近くの農村の水利権争いだった。

 今年は雨が少なく、俺たち兄弟も、あっちこっちの大穀倉地帯に派遣された。

 劫火の魔人の襲撃から王都を守って命を落とした守護魔法使いブラッドの遺児である俺たちは、非常に類稀な能力を持っている。

 二人で手をつなげば、魔法陣も詠唱も使わず、無造作な手振りだけで巨大魔法をぶっ放すことができる。

 主に、()()()系統は弟のルシアン(・・・・)が、()()系統は()が。

 今回の場合はそうやって、ルシアンが散々水を撒き散らし、萎えた農作物に活力を注ぎ込んだ。

 俺たちが本来の適性と違う系統の魔法を使うのには、ちょっとしたからくりがある。だいたい普通の魔法使いでは、これほどの魔法を行使できない。魔力が枯渇するからだ。これは俺たち兄弟の魂が交じり合ってしまっているからこそできる荒業だった。

 ここだけの話だが、俺たちは16年前に死んだ、守護魔法使いと劫火の魔人の生まれ変わりなのだ。

 生まれ変わった今も、適性のある属性は、それぞれ前世と変わりなく、ルシアンが火、風で、俺が土、水、木だ。ただ、死んだ時に魂が交じり合ってしまっており、その部分で本来操れなかった属性にも適性があるようになった。つまり、得意ではないが、使えるようになっているのだ。

 魔法とは、『(ことわり)』を『ここ』に現出させる技だ。普通は魔法陣や詠唱で現出させたい『理』を描き出し、魔力を注いで起動させる。

 しかし俺たちは、死の際に『世界の理』の中へ魂を放り出されたために、また、魂にかけられている『永久不変』の魔法のために、『理』や自分の前世の記憶、それだけでなく、相手の記憶さえ持ったまま生まれ変わることになった。おかげで今世では、魔法陣も詠唱も必要なく『理』を世界に描きだせるのだ。

 俺たちが大穀倉地帯に着いて目にしたのは、一面にひび割れた大地だった。植物は倒れ伏し、あるいは葉が落ちて丸裸だった。

 そんなものを回復させるほどの魔力は、さすがに俺たちでもない。そこで、水、木、土に適性のある俺が、『世界』からその系統の魔力をかき集め、それをルシアンに流して行使することにした。

 威力は絶大だった。半日もかからずに見渡す限りの農地に水が行き届き、作物は緑をとり戻したのだ。

 しかも、それほどの大魔法を行使したら、普通の魔法使いならば昏倒して、下手をすれば廃人になる。

 ところが俺たちはぴんしゃんとしていた。当たり前だ。自前の魔力など、ほとんど使わなかったのだから。消費された魔力は、ほぼ、『世界』に偏在しているものだった。

 そうして請われるままに、俺たちは日照りの続く国内を行脚し、連日、水の恵を与え続けた。

 俺たちの、いや、ルシアンの名声はうなぎのぼりにのぼった。水と緑の守護魔法使いとまで呼ばれるようになった。

 俺は嬉しかった。前世、風と火の適性しかなかったルシアンは、流れの魔法使いにだまされるようにして村から連れだされ、盗みや殺人を生業とする連中の中に放りこまれ、劫火の魔人と呼ばれるような生き方しかできなかった。

 その間の数々の悲惨な記憶は俺の中にも流れこんでしまっていて、時々、悪夢のように意識の上に浮かびあがってくる。

 蔑み、嘲る言葉、容赦のない暴力、死と苦痛、そして、恐怖と忌避に満ちた眼差し。悪意しかないあんな場所にいれば、どんな人間も正気ではいられないだろう。

 それをルシアンの中から払拭してやりたかった。あの狂気を塗りつぶす、まっとうな記憶を与えてやりたかった。

 なぜなら、俺たちは『永久不変』の魔法陣が魂に刻みついているせいで、この先も記憶を保持し、共有したまま生まれ変わり続けることになるのだから。

 ルシアンは人々から賞賛される度に、自分だけの力ではない、むしろ兄の力であると言い、さらに株をあげることになった。なんと兄思いな弟、というわけだ。

 違うのに! と地団駄踏む弟を、俺は生温い目で見ていた。それすらも美談に早変わりするこの状況を、楽しんでいた。

 水撒き行脚の旅は、穀倉地帯が終わり、しだいに辺境の痩せ地へと場所をかえていった。

 実は俺たちは数日後をとても楽しみにしていた。俺たちが前世に生まれ育った村へ寄れる予定だったからだ。

 もちろん、誰一人として俺たちが誰だったかを知っている者はいない。それでも、俺たちが死んだのはたったの16年前のことで、村には、親が、兄弟が、友人たちが、まだ生きて生活しているはずだった。

 名乗れなくてもよかった。彼らが無事であってくれれば、俺は救われる思いがするはずだった。

 俺は、というか、前世の俺は、王に仕える魔法使いに才能を見出され、家族や村の皆を守るためと脅されて村から連れ出され、帰るに帰れず、しかたなく猛勉強の末に、王国の守護魔法使いとなり、命を落としたからだ。

 まあ、絶世の美女、アナローズ姫を妻にできたのは、ちょっと役得だったかもしれないが。それも、育ちの違いが大きくて、なんだかんだと気づまりなことの多い結婚生活でもあった。

 前世の妻が現世の母というのも、なんというか複雑な心境なんだが、その母は再婚して一緒に暮らしてはいないし、他の男のものになったからといって、嫉妬するほど心囚われてもいなかった。

 むしろその程度のつながりで、死んだ男にいつまでも縛りつけられるなんてほうがよっぽど気が重いから、これでいいと思っている。

 話がずれた。元に戻そう。

 俺たちは数日後に故郷を訪ねる予定だった。だが、急報を受けて駆けつけた村は、変わり果てた姿になっていた。

 水利権争いの挙句に、敵国軍に焼きはらわれ、占領されていたのだ。

 幸い、いざこざが重なった末のことであったから、村人たちは逃げ出しており、死人は出なかった。けれど、土地を奪われた農民は流民となって、いずれは身を落とすところまで落とすしかなくなる。国はそんな補償まではしてくれないのだ。

 どうしても村を取り戻す必要があった。土地さえあれば、あとは魔法でどうにでもしてやれる。俺たちにはそれだけの力があった。

 だから。

 俺たちは、いや、俺は。火炎の魔法で敵軍を。

 追いはらおうとして。力の加減を間違えて。いや、それも嘘かもしれない。死んだっていいと心のどこかでは思っていた。故郷を焼きはらい、変わり果てた姿にした敵にかける情けなど、なかったのかもしれない。

 けれど、塵の一つなく。鎧の熔けた欠片一つなく。石の礫一つ残さず、村のあった土地全体を『蒸発』させるつもりなんて。

 なかった。

 なかったんだ。

 ……たぶん。きっと。


 そうして俺は、近隣諸国から、恐怖の象徴として見られることになった。

 ついでに言えば、最強最凶最狂人間兵器として、暗殺対象ともなった。

 国内での評価も、村一つを消滅させた話が大きく流れて、似たようなものだ。

 向けられるのは恐怖にまみれた忌避の眼差し。それはまさに、前世のルシアンが常にさらされていた視線だった。


 俺は一人静かに過ごしたくて、王宮の隅にある寂れた庭園に来ていた。

 ルシアンは本日も王家の名を高めるために、水と緑の守護魔法使いとして、宣伝活動に借りだされている。

 俺じゃなくてブラッド兄さんの力だろう、どうしてもっと言わないんだと、今日も朝からわめいていたが、俺は暗殺の危険があるから人前には出ない、と釘を刺すと、渋々一人で出ていった。

 本当に可愛い奴だ。前世あんなだったのに汚れていないところが。権力にまつわる陰謀とか駆け引きとか、全然わかっていない。

 まっすぐにしか物事にぶつかれない。だから前世は破滅した。けれど今生では守ってやりたい。不器用なあいつを。

 それにしても。

 うろうろと一時間以上も庭園をさまよっている気配が一つ。面倒なので避けてまわっていたのだが、いっこうに出ていく気配がない。

 しかたなく諦めて姿を見せてやることにする。

「ブラッド様」

 去年からルシアンに求婚して、追っかけまわして城に長期滞在している、隣国のリチェル姫が、ほっとしたように声をかけてきた。

 劫火の魔人の再来と囁かれている俺を見てほっとするなんて、よっぽどのことだろう。どれだけ方向音痴なんだ。というか、侍女や護衛はどこにおいてきた。

「城へご案内しましょうか?」

「いいえ、ブラッド様を探していたのです」

 最愛のルシアンでなく、俺を? どういうことかと首を傾げると、

「昨夜、賊に襲われたと聞きました。お怪我はございませんでしたか?」

「ええ。室内に侵入した瞬間に、消し炭にかえてやりましたから」

 俺はせいぜい不敵に見えるように、にっこりと笑ってみせた。なのになぜか、彼女は剣呑に目を釣りあがらせて、ぴしゃりと言った。

「ブラッド様、そのような物言い、おやめなさいませ」

 そして、偉そうに腰に手を当て、立てた人差し指を小生意気に振る。

「あなたはルシアン様の兄君なのですよ。ご自分の名を下げてあの方の名を上げるような、みみっちいことはなさらず、二人共に上げる努力をなさいませ」

 この姫、一見儚げな容貌と牛の(ちち)並みの巨乳にだまされるが、実は性格は非常にキツイ。ルシアンにケンモホロロに扱われているのに、歯牙にもかけず、他国の王宮に居座り、突撃を繰り返しているような女だ。

 姫君としては異色の人物で、これくらいでなければあのルシアンを口説くことはできないだろうと、俺は彼女を高く買っている。

 俺が彼女の言の正しさに辟易して黙っていると、さらに痛いところを突いてきた。

「それとも、わたくしのルシアン様が、それほど弱いと思っているのですか。それは非常な侮辱ですよ」

 俺は表情を変えず、内心で瞠目した。

 侮辱。侮辱になるのか。

 そうかもしれないと思った。立場を置き換えれば、俺はそうとらえるだろうと。

 では、ルシアンは?

 俺の思考がルシアンに向かった時だった。ごっと風が唸った。反射的にそちらへと目を向ける。そこに信じられないものを見た。

 巨大な炎が、進行方向にあるものをすべて焼きはらいながら、近付いてくる。

 俺はとっさに水の障壁を張り、リチェル姫の腰を抱いて支えながら、念のために足元の地面を人三人分ほど盛り上げ、高所へと逃げた。

 高みから見下ろせば、シュウシュウとあがる蒸気と焼きはらわれた道の向こう、王宮の建物の前に、ルシアンが仁王立ちしていた。

「リチェル姫、いい度胸だな、俺の兄さんを口説くとは!」

 怒鳴り声が届く。たぶん、風で拡声しているのだろう。その興奮しきった声に、俺も同じようにして返そうとした。

「誤解だ! 俺は姫を、……ん?」

 俺は途中で口ごもった。ルシアンは何と言っていたか。思い出して言い換える。

「俺は口説かれてないぞ! 姫がご執心なのは、おまえだけだ!」

「そんなのは、どうでもいい! それ以上、兄さんに、その気色の悪い肉の塊をこすりつけるな、この牛の乳女!!」

 おーほほほほ。高所から転げ落ちてはいけないと腰を支えてやっている女が、突然高笑いを始めて、俺はぎょっとした。

「ああら、ブラッド様、気持ちいいですわよねえ、これ」

 って、だから、ふにふにのばいんばいんを押しつけるな!

「悔しかったら、ルシアン様も胸を育ててみたらいかが?」

 再び高笑い。耳が痛い。同時に、離れていても届くルシアンの殺気が痛い。

「俺を巻きこんで、痴話喧嘩をしないでくれ」

 俺はぼそりと呟いた。誓って言う。呟いただけだ。拡声なんかしていない。なのにどうして。

「俺が痴話喧嘩をしたいのは、兄さんとだけだーっ」

 思わずよろめき、額を押さえた。なんてことを公言してくれるんだ。

「このっ、馬鹿がっ」

 おまえはさっさと大国の珍妙な姫と結婚して、後ろ盾確立して、ばいんばいんの乳でも愛でて、子供の五六人こさえていろよ!

 そしたら俺は、ひっそりこっそり静かに身を隠すから。

 ありがたいことに、俺たちは二人一組でなければ、巨大魔法は使えないと思われている。俺が逃げだしたら、ルシアンは水や木や土の魔法は小さなものしか使えなくなるから、そりゃあ、初めは役立たずだとか陰口をたたかれるようになるかもしれないが、この姫がついていれば、いくらでも庇ってもらえるだろう。

 むしろ、今より平穏な日々がおくれるに違いない。

 強大な力は難題な揉め事も運んでくる。そんなものとは、できるならば手を切ったほうがいいのだ。

 妻がいて子がいて変わらぬ日常が毎日続く。前世の俺たちは、そんなささやかな幸せを望んでいただろう?

 それともあれか、この姫とじゃ、どうしても駄目なのか。妙に気が合っているように見えたが、俺の気のせいか。人選ミスか。

 俺はギリリと奥歯を噛みしめた。

 最大の誤算は、俺が殺人を犯してしまったことだった。

 殺人は、本当は、人の世で最大の禁忌だ。もっと悪いことがあるように人々は言うけれど、それは殺人の重大性ををごまかす方便にすぎない。

 人は死んでしまったらおしまいだ。何かを成し遂げたとしても、成し遂げなかったとしても、何かを残したとしても、残さなかったとしても、そんなのは後で残った者が付与しただけのもので、亡くなった本人には関係ない。どの生も等しくかけがえのないもので、一度きり、今あるきりのものなのだ。

 その生を無に帰す行為は、最も忌むべき行いだ。

 俺はそれを犯してしまった。それも大々的に。国を守った『英雄』として、世界中に知られるほどの派手さで。

 『英雄』なんて名は、殺人者の別名だ。もうどうしようもない。この烙印は、一生ついてまわるに違いない。

 それさえなければ、もっと能天気に、のらりくらりと俺たちはやっていけたのに。

 兄思いの弟と、自堕落な兄の、ほのぼの兄弟で。

 ルシアンが怒りの形相で風を蹴り、空を駆け上がってくる。俺は繁茂させた蔓植物にリチェル姫をあずけ、遠ざけた。

 彼女を包んだ植物の球に向かって火炎を放とうとするのを、大量の水をぶつけ、無効化する。

 奴は恐ろしいほどに本気だった。手加減がない。

「ルシアン、やめろ! 殺す気か」

 俺は次に備えて意識を引き絞った。けれどルシアンは急に悪戯に笑って、それにあっけにとられているうちに、どんどん近付いてきて、ぶつかるように俺に抱きついてきた。

「逃がさないよ、ブラッド」

 頬にルシアンの髪があたる。背中にがっつりと腕をまわされる。

 それで俺は、はっと正気に返った。

 しまった!!!

 見回せば、王宮から出てきた人々が、鈴生りになってこちらを見物している。その多さに、消えてなくなりたくなった。

 あれほど。あ・れ・ほ・ど、苦手ながら、俺は人前では、火と風の魔法しか使わないようにしていた。ルシアンにも、二人だけの時以外は、水、木、土の魔法しか使わないようにさせてきた。苦手を克服する練習だとか言い聞かせて。

 そうでもしなければ、父親(前世の俺)そっくりの容姿で名前まで受け継いだ俺は、そのまま次の守護魔法使いとしてまつりあげられただろうし、その父親と共に死んだ劫火の魔人と同じ能力を持つルシアンには、黒い噂がついてまわったことだろう。

 だから、努力に努力を重ねて、忍耐に忍耐も重ねて、やり過ごしてきたというのに。

 この惨状をどうしてくれよう。今までの苦労が、全部水の泡だ。

 俺たちが、それぞれ一人で使った魔法は、ケタ外れのものだった。庭園がほぼ半壊している。ごまかそうにも、ごまかしようがない。

「リチェル姫もグルか」

 俺は呻きながら尋ねた。

「違うよ。あの女が兄さんを探しているって聞いたから、追いかけてきただけ」

「ほー、そうか。おまえたち、阿吽の呼吸だな」

 イヤミったらしく言ってやると、ルシアンはちょっと離れて俺を見た。

「妬いてる?」

「まさか。呆れてんだよ」

 そして、腹立たしいんだよ!

 おまえも、あの姫も、なによりまぬけな、この俺のことが一番な!!

 俺は、いつまでたっても慣れぬ風の魔法を使って、どんっとルシアンを押しやった。

「おまえとは口も利きたくない」

「やだ、ブラッド!」

 目尻を下げて、情けない顔をする弟を睨みつける。

「おまえの力で、この庭園を元に戻せ。それができたら、言い訳ぐらいは聞いてやる」

「えっ、ええっ!?」

 大変だろうよ。なにしろ、適性低い魔法をてんこ盛りで使わなきゃならないしな。

「それまでは、声、かけんなよ」

 言い捨てて、背をひるがえした。それから、下から土を盛り上げて階段を作りだす。もちろん嫌がらせだ。

 いつもなら、ブラッドとか兄さんとか許してとかもうしないとか、わあわあ騒ぐのを聞き流すところだが、激怒状態で声をかけるなと言いわたしたので、ルシアンは言いつけを守って無言だった。

 あわあわしている気配は背後に感じたが、知るか。くそ、これからどうするんだよ。

 『英雄』なんて、これ以上、お断りなのに。

 憤ろしくてしかたなかった。だけど、その分、足が軽く感じて、俺は足元の土を蹴散らかして下りた。

 ちくしょー。仕切りなおしだ。

 俺はくるりと振り向いて、

「ルシアン! リチェル姫!」

 それぞれの名を呼びながら、一人一人に指をつきつけてやった。

「ただじゃすまさないからな! 覚悟しろよ!」

 ふん、と息を吐いて、足音荒く庭園を後にする。


 未来は再び不確実な混沌に戻ってしまった。

 それでも、昨日までよりはいくぶんましな明日を、探すことができる気がした。


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