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しかたなく英雄的最後を迎えた魔法使いの受難  作者: 伊簑木サイ


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    閑話 保護者会議

 王は私用に使うこぢんまりとした謁見室に入り、妹アナローズ姫とその夫ジョシュア・コルネード、それに『真理の塔』最高責任者リュスノー・ローゼンバーグが来るのを待った。

 初めにジョシュアとリュスノーが、二人一緒に少々くたびれた格好で入ってきた。今朝方情報の入った、『劫火の魔人』を名乗る盗賊集団の討伐に、急きょ駆り出されていたからだった。


 十数年前に王都を恐怖に陥れた『劫火の魔人』は、表の世界での『守護魔法使いブラッド』と同じく、裏の世界での英雄となっている。そしてやっかいなことに、これまた同じく死体は見つかっていない。


 魔法の才のある者にしてみれば、あの状況に巻き込まれて人が生きていられるとは考えられず、その意見を入れた王は、『守護魔法使い』も『劫火の魔人』も死亡したと発表した。

 しかし、目に見える確実な証拠を、納得する形で衆人に示すことはできなかった。故に、『劫火の魔人』は生き延びて、密かに復讐の時を待っているとも、今も異空にて守護魔法使いと戦いを繰り広げているとも、人々の間でまことしやかに囁かれているのだった。


 噂だけならいいのだが、困ったことに、事件後数年たった頃から、『劫火の魔人』を(かた)る、流れの魔法使いや盗賊集団が多く現れるようになった。なにしろ、名だけで相手を(ひる)ませられるのだ。犯罪者としては、これを使わない手はない。

 だが、国としては、その名を名乗る者を絶対に放っておくわけにはいかない。――あまりに度々討伐が行われるために、付いた通称が『魔人狩り』という。


「『魔人狩り』の報告をせよ」

「すべて捕らえて尋問しましたが、『劫火の魔人』との繋がりはありませんでした。……魔法使いも三流以下でした」


 リュスノーが答える。当然といえば当然の話だったが、彼らの間に共通した心情がただよい、自然と沈黙することになった。

 もしも『劫火の魔人』が戻るのならば、『英雄ブラッド』も戻らないわけがない。なぜなら、あの『ブラッド』が、目的も果たさず負けるなど、考えられないのだから。『魔人狩り』の度に、そんな馬鹿馬鹿しい夢想を繰り返してしまう。

 ただし、思いを分かち合って傷を舐めあう趣味は彼らにはなかったから、けっして顔にも口に出したりはしなかったが。

 そんなふうに男三人が、むさくるしく黙り込んでいたところへ、靴音高くアナローズ姫が入室した。


「兄上、ブラッドにお会いになったとか。面会謝絶と申し上げたはずですが」


 姫はたいそう腹をたてている様子だった。けっして、王に押し付けられた接待で、某国大使のイヤらしい目つき手つきに気持ちがささくれだっていたからではない。

 ジョシュアもリュスノーも姫も、まんまと王の策謀にはめられたのを、悟ってのことだった。


 王はカナポリ村での一件以来、今までにもまして、双子王子を守護魔法使いにと望んでいた。

 しかしそれに反対する姫たちは、連携して、王が双子王子に会うのを阻止していたのだ。

 それを王は、他国の使者と『劫火の魔人』を騙る盗賊集団の情報を操ることによって、王子の傍から一時的に全員を引き離し、とうとうブラッド王子に、守護魔法使いにならないかと持ちかけてしまったのだった。


 姫は華やかな美貌に険もあらわに、きつい口調で王をなじった。


「あの子は病み上がりなのですよ。突然の面会で命じるなど、非常識ですわ」

「かわいい甥を見舞っただけぞ。報告とは違って、ずいぶんと元気であった」

「王を前に元気に見えるようにふるまったのです。かわいそうに、今頃、寝込んでいるはずでしてよ」

「アナローズ、いいかげんにいたせ」


 いつも機嫌よく軽佻浮薄ぎみに振舞うはずの王が、滅多に見せない怒りを瞳に浮かべて、場にいる全員を睥睨した。

 姫は気圧されて、口をつぐんだ。


「今までおまえたちの我儘を受け入れ、黙っておったが、これ以上はできぬ。

 だいたい、おまえたちはそろいもそろって、今までいったい何をしてきたのだ。ブラッドはあれでは使いものにならぬ。それともおまえたちは、あれがいつか死ぬまで、ただ閉じ込めて、飼い殺しにしておくつもりなのか」

「陛下、ブラッドにはまだ療養が必要です。都から離れ、静かな場所で、しばらく体を養わせたいと思っています」


 短い間に心理的体勢を立て直したアナローズ姫は、一歩も引かぬ態度で言い返した。


「隠したところで、居場所は必ず漏れるものだ。ただ殺されるだけならいいが、おまえかルシアンが人質にとられれば、あれはおとなしく従うに違いない。……今回、あれが守護魔法使いを引き受けたようにな。

 余はそれを許すわけにはいかぬ。それくらいならば、余があれを始末する。余にそうさせたいのか、おまえは」


 王は話にならぬと息を一つつき、リュスノーに目を向けた。


「ブラッドは、あのままでは父親の二の舞となる。それは、おまえが一番よくわかっているはずだ。あれをおまえに任せる。教育しなおせ」

「陛下、ブラッドを渡すことはできません! まだ心身共に健康とは程遠いのです。あの子は守護魔法使いの任に耐えられません!」


 それでもアナローズ姫は食い下がって、強い口調で抗議した。


「耐えられぬのは、おまえであろう、アナローズ。

 ブラッドは、大魔法使いの才を持っておる。それは唯人(ただひと)の余にもわかる。おまえにもわかるであろう? おまえの夫がそうであったように、あれも唯人にはなれぬのだ。良くも悪くも、人々の間から飛びぬけてしまう。

 それを閉じ込めておくことなどできぬ。それとも、おまえはあれを、暗い部屋の中に人形のように飾っておくつもりなのか? それが本当にあれのためと言えるのか?」


 とうとう姫は顔を強張らせて、王を見返すばかりとなった。


「これは王命ぞ。ブラッドを次代の守護魔法使いたるよう育てあげよ」


 王は有無を言わさぬ威厳をもって命じ、無造作に手を振って、三人の退出をうながしたのだった。

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