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     新しい二つ名

 意識が浮上する。空気が妙に揺らいでいる気がして、ぼんやりと目を開けると、ルシアンが視界に現れた。

 昨夜は一緒に寝たっけ、と考える。それとも俺が寝坊して、朝食を待たせてしまったか。

「おはよ……」

 欠伸しながら、ベッドの上に起きあがる。滲んできた涙を拭いて顔を上げて、目に入ってきた光景に硬直した。

 ベッドの周囲を、ぐるりと男に囲まれている。良く見れば、全員が魔法使いだ。

 なんだ、これ?

「おはようございます」

 その中で一番存在感のあるジジイ、あ、いや、もとい、先々代の守護魔法使い、現『真理の塔』最高責任者、リュスノー閣下が慇懃に礼をした。微笑を浮かべてはいるが、目は笑っていない。

 俺はその表情に覚えがあって、とっさに逃走経路を探した。これはあれだ、説教&お仕置きコースだ。

 前世で実験場を三度ふっとばした時も、真理の塔を半壊させた時も、こんな顔をしていた。あげくに一人であの保護障壁の魔法陣を作らされたのだ。

 あの時は一月も研究室に閉じ込められて、完成するまで一歩も外へ出してもらえなかった。用足しは簡易トイレで部屋の隅だったし、風呂は許されなくて差し入れのぬるい湯で体を拭うだけだった。何より朝から晩まで一辺十歩の散らかった狭い部屋で研究って、気が狂いそうだった。

「さて、寝惚けているところすみませんが、お名前をうかがってもよろしいかな?」

 な、なまえ?

「ブラッド・アウレリエ?」

 自分で自分の名前を口にして、あ、そういえば俺、今、王子様だっけ、こいつより位が上だったと思い出す。

「なぜ疑問形ですか。ご自分の名前でしょう」

「そっちこそ、人の部屋におしかけておいて、なぜ名前を聞く」

 どうやら逃げ場はなく、ジジイに押されているだけではいかんと思い立ち、身分を笠に反論を試みる。素晴らしきかな身分制度、頑張れ俺、である。

「ほう。御身はブラッド王子だと仰るか」

「そうだが」

「では、十日前のことを覚えていらっしゃるか」

 十日?

 俺は首を傾げてルシアンを見た。ルシアンの目の下には黒々と隈ができ、頬が痩せこけていた。その美貌にいつもの冴えがない。いや、これはこれで何かアヤシイ魅力があるのは確かだったが。

「実は、ブラッド様にそっくりな不審者に、実験場を荒らされましてな。その賊は、なんでも、お父上ブラッド様と同じ詠唱をしていたそうでして」

 なんだか覚えのある話に、背筋がすうっと冷めた。

「賊は、その後、お母上アナローズ様のお屋敷も荒らしまして。騒ぎが収まった後に倒れておられたのが、あなた様でいらっしゃったのだが、何か覚えていらっしゃるか」

 冷や汗と脂汗がダブルで噴出してくる。

「あー。おぼえて、ない?」

「なぜ疑問形ですか」

 さっきと同じ質問をされる。あ。しまった。

「オボエテネーヨ」

 心にもないことを言ったために、俺はつい目をそらして棒読みしてしまった。あああ、さらにしまった!! 不審だ。不審すぎる、俺!!

 前世、子供の頃は嘘のつけない性格を褒められたものだが、大人になって嘘のスキルがないと、いろいろ不便で不利だ。嘘つきは円満解決の道しるべだと思う。

 部屋が不気味な沈黙に満たされた。三十人からの人間がいるのに、俺以外の全員が臨戦態勢で俺に注目しているのだ。

 リュスノーは手こずりそうだが、それ以外は雑魚だ。蹴散らかして逃げてもいいが、そうすると、一生おたずね者になりかねない。ルシアンに、今生もそんな人生おくらせるわけにはいかないもんなあ。

 俺は溜息をついた。あー。今度こそ危険人物指定で監禁コースかもなあ。

 ぐーきゅるるるる、と腹まで鳴りだす。俺は腹を押さえた。

 なんかもう、切ない。

 俺は全然元気が出てこず、しょんぼりとうなだれた。

「さようですか」

 リュスノーがそう言う。

 さようです。どうでもいいから、メシくれ。

 そう言ってやりたかったが、言う相手が見つからず、俺は黙って目をつぶった。判決はどうでもいい。説教なら聞かない。では、空腹の時はどうするか。寝るだけだ。

 前世でこのジジイの説教をやりすごすために身につけた、起きあがったまま眠る技を使う日がまたくるとは思わなかった。

「では、ルシアン様の仰るとおり、ブラッド様は悪霊にとりつかれ、それをルシアン様が追い払ったと、それでよろしいですな」

 俺は目を開けた。このジジイ、何奇想天外なこと言ってやがる。とうとうボケたか、ざまあみろ、と思ったからだった。

 だが、あたりに漂うのはなんとも沈鬱な雰囲気で、俺は首を傾げた。

 ジジイは呆れたような目で俺を見ている。俺はどきりとした。どうもこのジジイには、俺とルシアンのことはバレている気がする。というより、たぶん、バレてて、黙って見守ってくれている。

 俺を魔法使いにするために(そそのか)して村から連れ出したジジイに感謝なぞする気はないし、筋合いもない。そっちが知らぬふりをするなら、こっちもあえて明かすつもりはない。できるなら、今生はかかわりあいになりたくないくらいなのだ。

 二度と王国の盾にも剣にも犬にもなりたくない。……立場的に難しい話ではあるのだが。

 ジジイは俺から視線をはずし、ベッド周りの魔法使いたちを見回した。

「ブラッド様は正気に返っていらっしゃるご様子。ルシアン様も引き続き監視してくださる。控えの間の護衛を残して、我々は引きあげるとする」

 そして、再び俺を見る。

「申し訳ございませんが、ブラッド様、また悪霊にとりつかれるといけませんので、一月ほどは外出をお控えください。また、護衛も付けさせていただきます。よろしいですね?」

 よろしいもよろしくないもない、決定事項だろ、それ。

 俺は面倒くさくなって、適当に頷いた。

「好きにしろ」

「ありがとうございます。では、おだいじに。失礼致します」

 ほっとした空気が流れ、魔法使いたちがそそくさと出ていった。最後にジジイの姿が見えなくなって、俺はやっと清々した気分になった。


 ぐでぐでとベッドに逆戻りしながら、俺はルシアンに催促した。

「ルシアン、メシ~」

「ああ、うん。用意させてる。もうちょっと待って」

 ルシアンは何か言いたげな顔で、ベッドの脇に突っ立っている。

「座れば?」

「……うん」

 たぶん看病用の椅子だろう、おとなしくそこに座るが、顔色が冴えない。無理に突っついても口を割るような奴じゃないので、俺は別の話題をふった。

「被害は出たのか?」

「ううん」

「庭は」

「大丈夫。俺が割ったテーブルセットだけ」

「そうか。よかった。ありがとうな、ルシアン。あれを始末するの、大変だっただろう」

 被害もなく、俺も還元してないなんて。

「どうやったんだ?」

「別に。ブラッドを探しただけ」

 ああ、まあ、そうかもしれない。還元されなければ、ただの人間が一人と、ちょっと活性化した空間だけだ。

 それにしても、腹が減った。メシまだかな。ひもじいな。

「……あのさ、ブラッド」

「なに」

「あの女のこと、そんなに真剣なの」

「ああ?」

 まだ言ってやがる。

「あのな、あの人は母親だろ。それ以上でもそれ以下でもねーよ」

「だって、ジョシュアから奪おうとしたって聞いた」

「ちがうだろ。ジョシュアを焚きつけて、あの人を迎えに来させようとしたんだろ。それで俺がやっつけられれば、あの人だって、ジョシュアを見直すだろ。それでハッピーエンドじゃんか」

 ルシアンは、え、と声を漏らしたきり、動かなくなった。俺を穴があくほど見つめている。

「それ本気で言ってるの?」

「本気って、おまえ、なんだと思ってたんだよ。途中で邪魔するしさ。俺を手伝ってくれるつもりじゃなかったのかよ。それにだいたい、いくらなんでも、兄弟喧嘩としてもあれはやりすぎだろ。大惨事になるところだったじゃねーか」

 俺が十日も目が覚めなかったっていうのは、魔力が枯渇しかかって、戻るのにそれだけ時間がかかったってことだろう。下手すれば死んでるところだ。一人で小石かなんかに生まれ変わってたら、どうしてくれるつもりだ。

 ぶつぶつと文句を垂れ流していると、

「ブラッドってさあ」

 ルシアンが心底呆れたという声を出す。

「女心に物凄くうといよね」

 俺は絶句した。その通りだ。反論できない。だけど、どうして今そんなことを言われなきゃならない。

「なに言ってやがる」

「普通さ、女は好きな男を倒した男を恨んだり怒ったり嫌ったりはしても、好きになったりはしないと思うよ」

「ええ? 強い男のがいいだろ、普通(・・)

「だったら、滅ぼされた国の女は皆、滅ぼした国の男を好きになるわけ? 普通(・・)それって、悲劇に分類されるよね」

 う。言われてみれば。

 てことは、俺のしたこと、初めから終わりまで、見当違いの、骨折り損の、くたびれもうけ?

 うあああああ。

 俺はがっくりとシーツに顔を伏せた。

「ブラッドって、いつも軽々と俺の想像超えるよね」

 なぜかとても上機嫌にルシアンは笑った。

「さすがブラッド。兄さんはやっぱりすごいなあ」

 それって、全然褒めてねーだろっ。

「いいからはやく、メシ、持ってこーい!!」

 俺は自棄になって叫んだ。

 

 こうして俺は『悪霊憑き』の二つ名も手に入れた。

 その悪霊は魔法使いを狙っていて、鉄杭で刺し殺したあげく、凍らせ、地中に埋めて、花を手向けるそうだ。そして、どんな結界も破るので、狙われたら最後逃げることはかなわず、また、怒らせると口から火柱を吹くという。

 火柱なんて吹けねーよ!! どいつもこいつも怯えた視線で人の口元見やがって!! いっそ、やれるもんなら、やってみてーよ!!


 ネニャフル王国国王の甥、英雄の息子、類稀なる魔法の才能を持ったブラッド・アウレリエ。

 彼の受難は、まだまだ続く。

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