表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/52

第1話  ことの始まり

 さて、質問です。

 時間的にも空間的にも閉じられたある一定の『場』に、風火木水土の力を暴走レベルで突っこむと、どーなるでしょーか?


 俺は『その中』でくつくつと笑っていた。

 ああ、ぞくぞくする。笑いが止まらない。

「すっげーな、これ」

 白い闇。あるいは黒い光。善も悪もない、ただ純粋な力。始原の、そして終焉にももたらされるだろう、世界の真の姿。

 力ある魔法使いなら、ある意味、求めてやまない究極の大技。

 もっとも、これをやるなら命と引き替えだ。そうそうやる馬鹿はいない。事実、理論的には予言されてきたが、今までやった奴はいない。

 外からは知覚できず、中で知覚できた者は、時間も空間も閉じられている上に命を落とすから、誰かに伝える術もない。

 世界の真の姿を見られたとしても、得た知識で次なる研究に寄与できないのなら、それは術を行使した魔法使いの自己満足にしかならない。

 まあ、世界の真理を知れるのだ。魔法使いとしては、最高の死にざまでもあるのだが。

「どうだ、最高だろう?」

 俺は共に閉じこめてやったルシアンに、獰猛に笑いかけた。ルシアンは無表情にこちらを見ていた。

 子供の頃ならば、やめてよー、やめてよー、と弱々しく泣いて、しまいにはいろいろ漏らしてただろうに。

 ルシアンにあの頃の面影はない。運動音痴で気が弱くて臆病で、狭い村の仲間内では、使いっぱしりのいじめられっこ。

 その時分のお山の大将が俺で、気分爽快に豪快にいじめたのも俺。

 まさかあれから十年以上もたって、俺がやっと出世して、高嶺の花のアナローズ姫を射落としたところで、復讐にやってくるとは思ってもいなかった。

 しかも、『劫火の魔人』なんていう、とんでもない二つ名付きで。

 王都全体を囲む巨大な魔法陣が、空から一瞬で大地に焼きつけられた時に、覚悟を決めた。それだけでも被害は甚大だったが、発動させられたら、国ごと滅びる。

 自分の命は二の次だ。それが、この国の守護魔法使いとして、王族の女を手に入れた者の義務だ。

 実は、美姫を手に入れたはいいが、お育ちは違うし、綺麗なだけでなんだかつまんねーし、それより『劫火の魔人』とガチで勝負の方が断然面白い、と思ったことは、内緒だ。

 ところが、喜び勇んで王都の空中に浮かぶ魔人殿とご対面してみたら、なんと同村の幼馴染。しかも最下層の下僕扱いした相手。

「あー、なに、仕返し?」

「この恨み晴らさでおくべきか!!!」

 イッちゃった目で醜く歪んだ表情されたら、なんだか、すとんと納得した。俺、こいつにこんな顔させるようなこと、やっぱりやってたのかって。

 だって、おまえ、へらへら笑ってたじゃん。泣いたって、足蹴にされたって、毎日仲間に入れてくれって、ついてまわってたじゃん。

 俺なら耐えられないと思いながら、こいつにとってはそうでもないのかと思っていた。

 べつに、俺だってルシアンが嫌いだったわけじゃない。他の奴だってそうだっただろう。ただ、鈍臭くて、苛々しただけ。

 だから、俺のいないところでルシアンが苛められて怪我した時は、黙って応急処置してやった。傷をふさいで、骨を接いで。死ねばいいとも、傷つけばいいとも、思ってはいなかった。

 小さな村の中、子供は少なく、物心ついたときから、疑うこともなく仲間の一人だった。

 どこかの流れの魔法使いについて姿を消してしまった時も、心配こそすれ、せいせいしたなどとは思わなかった。

 本当だったら、すげー二つ名引っさげて、よくぞ帰還した、と褒めたたえてやりたかったよ。復讐に他人巻き込むなんてバカやらかさなきゃな。

 あの、一日中ひーひー泣いて、鼻水だか鼻血だかわかんないの始終垂らしていた奴が、『劫火の魔人』だもんな。よほどの覚悟で頑張ったんだろうよ。

 そして、その動機が俺だって言うんなら、受けて立たなきゃ、男がすたるだろう。

 そんなわけで、俺は王都中に仕込んでおいた己の魔法陣を駆使して、ルシアンの魔法陣を大地から引きはがし、そのまま丸めた。ルシアンの魔力が強固で、魔法陣を消せなかったせいだ。……それぞれの力と繋がった、ルシアンと俺を閉じこめて。

 ルシアンの魔力は二つ名通りに、風と火の属性であり、俺の魔力は、木、水、土に呼応する。おかげで、世界を構成する五つの要素全部が、限定された『場』で荒れ狂うことになった。

 俺はすぐに空間を完全に閉じた。この『場』が行き着くところまでいった時に、外の世界に、原初=終焉の力が放出されないように。

 体が分解していくのがわかる。世界は光。あるいは闇。すべては純粋な力に還元されていく。

 俺は混沌に還りながら、ルシアンの魂もむきだしになっていくのが感じられた。

 奴の魂に、『永久不変』の魔法陣が刻まれていることも。

「おまえ、ほんっとうに、バカだな」

 それは、現世の記憶を刻む術。魂は世界に還らず、何度でも同じ意識を保って生まれてくる。

 それほどまでに、復讐を成就させたかったのか。

 魂は人に生まれ変わるとは決まっていないのに。世界は振動する=力の粒子。何も無いように見える空さえ、粒子の一形態でしかない。人の意識を持ったまま、そんなものになってしまったら、いったいどうするつもりなのか。

 発狂すらできないまま、業苦を味わい続けることになるに違いない。

 その魂と、自分の魂が、混沌の中で混じり合ってしまうのがわかる。

 そうして、奴の魂の一番底に刻まれた思いも、ありのままに感じられた。

『おいていかないで。なかまにいれて。いっしょにあそんで』

 奴の中で俺は輝いていて、憧れて、手を伸ばさずにはいられない存在で。

『おれをわすれないで』

 薄暗くなり始めた林の中、誰も探しにきてくれなかったかくれんぼう。

 寂しい寂しい痛い記憶。

 そんな記憶は自分にはなかった。悪意があってやったんじゃない。恐らく腹がへったとかで、途中で解散したんだろう。それだけのことだった。

 なのに、どうすんだ、この始末。

 体はもうなかったが、俺は溜息をついた。

 まあ、いい。すべては後の祭りだ。飽和した力は、最早制御などできない。どうなるのかわからなくても、流れゆくしかない。

 『場』の中のなにもかもが混じり合っていく。意識が膨張=収縮する。世界の真理に魂をさらす。

 そして。


「兄さーんっ」

 遠く背後から呼び声が聞こえるとともに、突然なにもない場所で、俺は見えない壁にぶちあたった。

 痛くはない。弟の心遣いだ。ぼよんと弾き返されてたたらを踏む。

 風を使っているのだろう。ありえない歩幅でやってきた双子の弟は、俺の両肩を、むんずと掴んだ。

「あの牛の(ちち)女。あれが好きなの。結婚するの。どうするの」

「あの女呼ばわりしない。国賓だから。な?」

「国王名代って名の見合いだろ! やだやだやだ、絶対反対、あんな女より俺のほうがいいだろう? そうだろう?」

 がくがくとゆさぶられ、やめてくれと弟の肩を叩く。

「あのな、政略結婚は王族の務めだから。それに、俺たち兄弟だから。しかも男同士だから」

「そんなの知ってる。俺たち血がつながってるもんね! 兄さんは俺の兄さんだもんね!」

 がばりと抱きつかれて、俺は疲れた表情になるのを止められなかった。

 前世、あの『場』の中で力に還元してしまった俺たちは、ありがたいことに、人へと転生した。

 アナローズ姫の産んだ双子の王子として。

 自分の子供が自分とか、自分の妻が母親とか、それもかなりアレだったが、最大の問題は弟、前世と同じにルシアンと名付けられた、元『劫火の魔人』だった。

 奴の前世の執着は、成長するほどに兄弟愛が混ざって、今ではかなり鬱陶しいものに成り果てている。

 城内では弟王子の兄好きぶりは周知の事実で、仲良きことはうつくしきかなと、生温く見守られていた。

「兄さん、政略結婚なんてしなくていいよ。俺がぜーんぶ燃やしてやるから。心配しないで。ね?」

 ルシアンの感情に触発されて、ぼぼぼぼ、と不吉な音をたてて、火の玉がまわりに浮かび始める。

 世界の真理に触れた俺らは、魔法陣やら詠唱やらの触媒がなくても、直接魔法を展開できるようになっていた。

「燃やすな、バカ。あの姫は友好国の国王名代だぞ。それを殺して、俺が命をかけて守った国を戦禍にさらしてみろ。おまえなんて、永遠に無視してやる」

「や、やだっ、やんないっ、やんないからっ、無視しないでっ」

 首を絞めんばかりに、ぎうぎうしがみつく弟の背中を、俺は、よしよしと叩いた。

「俺だっておまえを無視したくないよ。だから、頼む。何かする時は、まず俺に相談してくれ」

「うん。わかったよ。ブラッドに相談する」

 俺は溜息まじりの苦笑をこぼした。

「それに、姫の意中のお相手はおまえだ。あることないこと、おまえのいいところを吹き込んでおいたから、庭園をエスコートしてこい」

「えー、やだー」

「い・い・か・ら、し・て・こ・い」

 あくまで目は笑わず、唇の端だけ引き上げて、すごんでみせた。

「いいか、ネニャフル王国の王族として、くれぐれも失礼のないように。それから、『英雄ブラッド』の名も汚すなよ」

「じゃあ、今日は一緒に寝てもいい?」

 俺の頬は一瞬ひきつった。14にもなって、なぜ一緒のベッドで寝なければならない!?

 だが、ここであの姫に猛アタックしてもらって、この弟を落としてもらわない限り、自分のベッド生活が、下手すると一生涯猛烈に寂しいものになる。

 よくよくメリットとデメリットを考えた末、俺は頷いた。

「わかった。今日だけな」

「やった!」

 ルシアンは文字通り飛び上がって喜んだ。

「俺、どうせなら妹に生まれたかったな。姉でもよかったけど」

 恐ろしいことを言う弟を思わず突き放し、俺は弟の体をぐるりと向こうへ向けて、背中を押した。

「俺は弟で満足だよ。さあ、行ってこい!!」

 死んだら、また魂が交じり合って、お互いの記憶を共有するに違いない相手となんぞ、たとえ血がつながってなくても、願い下げだっっっ。

「しかたないなー。約束だからね」

 母似の見目麗しい弟の流し目に、身の危険をいよいよ抱きながら、俺は遠い目をして空を見あげた。

 俺、今生で女性とお付き合いとかできるんだろうか。女なしの人生なんて、冗談じゃない。寂しすぎる。


 元英雄の彼の未来には、思いを馳せるまでもなく、前世以上の困難しか転がっていないのは確実だった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ