十七、出会いの前日―Caution―
短い春休みがもうすぐ終わります。
私は和室に置かれている大きな箱を開きます。
その中に薄いビニールに包まれて丁寧に梱包されているのは、まだ一度も袖を通したことが無い女子用の制服。
この春、私はかねてより念願だった兄さんと同じ東武学園に合格することが出来ました。
そこには以前に会ったことのある橘先輩も通っているらしいです。
ようやく兄さんと同じ学園へ通う事が出来るようになります。
毎朝違う方向へ登校するこの一年はすっごく長かった気がします。
ああ見えて兄さんは勉強はできるほうで、私も気を抜いてしまっていたら危なかったかもしれません。
勉強は出来ても、少しだらしなくってデリカシーにかけるのが玉に瑕ですけど。
あと、ちょっとだけエッチです。
兄さんは私が居ないとすぐ不精してしまうので、妹として責任を持って面倒を見てあげなければなりません。
お友達の皆さんは、兄妹の仲がよい方はあまりいらっしゃらない様子です。でもそんなことは関係ありません。
兄さんは、私の兄さんなのですから。
お父さんとお母さんには悪いと思いますが、初めての制服姿は兄さんに見てもらいと前から思っていました。
なので、今日はそのチャンスなのです。
兄さんの靴があるのは既に確認済みです。
どうしましょう。なんだか緊張してきてしまいました……。
そ、そうだ。初めてであるならば、体を綺麗にしたほうが良いのでしょうか。
私は急いで着替えのブラとショーツを取りに部屋へと戻ります。
そこには、つい先週まで使っていた制服があります。
この服を初めて着た時に兄さんは、ぶっきらぼうに「可愛い」と言ってくれました。
もう着ることないのかもしれませんが、なんとなく仕舞えずにいます。
ブラウスだけならば普段着ても問題なさそうな気がします。
でも小さくなってしまった物もあるので、そういうものは扱いに困ってしまいます。
私は衣装棚から下着を選びます。
「これと……、これ。…………やっぱりこっち」
なぜでしょう。
新しいショーツを選んでしまいました。
別にみせるわけでもないのに……。
何を考えているのでしょうか、私は。
と、とにかく、最初なのですから体を清めなくてはいけません。
火照った顔を隠すように足早にお風呂場へ向かいます。
(「各隊員戦闘配置に付け。これより作戦行動を開始する!」「さー! いえす! さー!」〈ズビシッ!(敬礼)〉)
脱いだセーターをたたんで洗濯籠の中へ。
(「敵軍の第一防衛ライン、突破したであります!」「油断するな。引き続き攻撃の手を緩めず、敵の懐へ突き進むのだ!」)
スカートをパサリと落として、ブラウスのボタンを上から順に外す。
(「おそるるに足らないであります! まだまだイクでありますよ~!」)
首筋から露になっていく乙女の園は、肩から流れる細い鎖骨をたどり、女性を象徴する柔らかさに溺れそうな谷へ。
(「気をつけろ! この*クレバスに落ちたら生きては戻れないぞ!」「あまりのフカフカした感触に、天国まで落ちてしまいそうであります!」) *氷河などに形成された深い割れ目
最後のボタンを外し終えると、細く丸みを帯びた腰とキュートなおヘソ。
(「すごいであります! まるで現代のモーゼのように敵の装甲を分断してイクであります!」)
数々の色を好んだ英雄が彷徨ったとされる二つの丘。その秘密が今解き明かされる!
(「隊長! 上部はすべてご開帳であります!」〈ズビシッ!(敬礼)〉「うむ、よくやった。残すは敵本陣。我らを階段やエスカレーターで幾たびも挑発し、かと思えば風でヒラリと舞うスカートの中から不意に見せるその素顔。その奥には今まで決して手の届かなかったユートピアが在るのだ! 今こそ乙女のすごい秘密を隠す布切れに、目に物見せてくれるのだ!」)
そして、やわらかで、大事なところを。つ、つまりパンツに、い、いま! 手を掛けて……、
「は、恥ずかしいので止めてください!」
(「敵が突如勢いを増して反転。これ以上の追撃は不可能であります!」「ぐぬぬ……。ここまで、なのか……」「敵本体、鉄壁の要塞に立てこもりました。鍵も掛けられ、もう我々の戦力ではどうすることも出来ないであります」「隊長! 我々はこれから一体どうしたら……」「……お前達、『カミカゼ』という言葉を知っているか? たとえ無理だと判っていても、男には行かねばならぬ時もあるのだ!」「た、隊長!(涙) 我々もお供するであります!〈ズビシッ!(敬礼)〉「私に続くのだ! とぉーつげきぃぃぃいいい!」)
…………。
兄さんの部屋の前までやってきました。
東武学園の新一年生である私が、そこには居ます。
普段はつけないリップまでつけて準備は万全。
うぅ~、緊張してきました。
〈コンコン〉
「兄さん、少しお時間よろしいでしょうか」
……おかしいです。
いつまで経っても返事がありません。
そおっと扉を開けて中の様子を伺ってみます。
兄の姿は何処にもありません。
トイレでしょうか? 居ませんね。
リビングにもキッチンにも、和室も探しました。
もしかすると、と思って下駄箱をよく見てみます。
どうやら兄さんのサンダルが無いようです。
なんということでしょうか。
よく確認しなかったのが悪いのですが、
これではまるで私がバカみたいです。
一人で浮かれて、勝手に落ち込んで……。
頭が冷えた私は私服に着替えなおします。
よく考えてみると、体を綺麗にする必要など無かったのではないでしょうか。
もう、なんだか切ないです……。兄さん……。
「ただいまー」
今日は意外な大収穫だったぜ。
まさか俺達の同士である恭介のヤツが、みんなに内緒であんなものを一人で楽しんでいたなんて。
あの日誓い合ったではないか。
俺達は決して裏切らない。抜け駆けしない。卒業しない。
言っていて悲しくなってくるが、あの時はそういうノリだったのでしょうがない。
というわけで裏切り者は泣いていたが、掟に従い全員で均等に山分けした。もちろんページ単位で。
見つからないうちにさっさといつもの場所へ隠してしまおう。
もちろんベットの下や辞書のケースの中なってベタな所じゃないぜ。
部屋の中央に一箇所だけ開くようにした天井板の裏。
机の引き出しを引き抜いた奥にある空間。
意外なところではクローゼットの中折れ扉の裏だ。
クローゼットの中に入って扉を閉めないと絶対に判らないこの場所は、機密性と機能性を満たすパーフェクトな、まさに玉座とも言うべき場所だ。
今日のこいつは王位を継承するにふさわしい逸材だろう。
舞い上がる俺が自室の扉を開けたとき、王の墓は暴かれた後だった。
すべてのコレクションが机の上で平積みにされていた。
親は出かけているから美弥の仕業か?
しかもよく見るとお気に入り順になってるんですけど……。
どういうことなのでしょうか。
法会議ものですよ? 軍曹さん!
(「すまない。われわれも応戦を試みたのだが、残存兵力では太刀打ちできなかったのだ。いや、そうでなくても彼女の戦闘能力は異常だ。もしかすると我々は眠れる獅子を起こしてしまったのかもしれない」)
よく出来た妹というのは、兄の性癖鑑定まで出来ちゃうものなのか?
もしかしたら定期的にチェックされていたのかも……。
とりあえず肝心なところで役に立たない軍曹さん達は営倉行きだな。
いつ出すかは未定だ。
めんどくさいので多分もう出てこないだろう。
晩飯は俺だけ焦げた目玉焼きだった。
美弥はいつもどおりに振舞っているように見えるが、あれは怒っている顔だな。
ツンとした表情と艶やかな口元に、少しだけ大人びた印象を受けた。
親父とお袋が「お前、何をやらかしたんだ?」といった顔で俺を見てくる。
どうしてなんだ?
アレが見つかったのが悪かったのか?
使用頻度まで把握しておいて今更怒ってるのか?
謎だ……。
〈ジリリリッ〉
久しぶりの活躍だからだろうか、やかましく鳴る目覚まし時計。
それを達人が放つ無拍子のごとき動きをもって「三鳴り」で上部のスイッチを叩く。
沈黙した朝の守護神。
その鮮やかな動きに自分自身に酔ってしまいそうだ。
毎朝鍛錬してきた事は体が覚えているのである。
あまりにも自然な動作になりすぎて、いつの間にか目覚ましが止まっていて遅刻……、なんてことには妹が居るからなりはしない。
安心して一撃の下に沈むがよい。
今日から新学期か。
授業は午前までだが、美弥に校舎を案内する約束をしている。
そういえばまだ美弥の制服姿を見せてもらっていないな。
よく出来た妹となれば、兄の意識下の願いを叶えることもやぶさかではないらしい。
丁度ノックと共に美弥が扉越しに話しかけてくる。
「兄さん、起きていますか?」
「あぁ。おはよう、美弥」
「ちゃ、ちゃんと起きたか確認します。入ってもいいですか?」
すぐさま飛び起きた俺は布団を三つ折にたたみ、よれていた寝巻きを正し、その場に正座してから返事をする。
「ど、どうぞ」
照れくさそうに下を向いている妹が手をもじもじさせながら入ってくる。
東武学園の制服に身を包んでいた。
見慣れているはずの制服であるが、妹とのコラボレーションを果たしたその姿に、全俺が目を奪われてしまった。
「か、可愛いよ……。うん、すっごく……」
美弥が顔を赤くしてからそっぽを向いて言う。
「まったく兄さんは可愛いしか言えないのですか? ……でも、ありがとうございます」
そう言い残して、スリッパをパタパタ鳴らして足早に部屋から出ていった。
今朝の朝食は俺だけ豪華に盛り付けられたおかずと、山になっている白米。
親父とお袋が「お前、また何かやったんだろう」といった顔で俺を見てくる。
そんな顔で見られても俺には解らない。
ご機嫌な美弥の鼻歌を聞きながら、結構な量の朝食をがんばって食べた。
そして、約一年ぶりとなる妹との登校。
「さぁ兄さん、学園へ参りましょうか」
この日の午後、信弥は魔王と邂逅する事となる。