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どうやら、いじめられっ子の魔王が俺と世界征服したいそうです。new  作者: 水面
ロリっ子魔王咲耶、はじめての学園!
16/21

十六、魔王の御業

そして、歴史は繰り返す

 信弥は小さく手を振っている詩織と教室前で別れ、美弥たちが待つ桜の広場の奥へ。

 話しこんでしまったので、急がなければゆっくり弁当にありつけなかった。



「……あ。待っていましたよ、兄さん。用事はもう済みましたか?」

「いらしゃい」


 美弥がにっこりと、遥香が一瞥して彼を迎えてくれた。


 橘遥香たちばなはるかはレジャーシートの上に行儀よく正座して、可愛いお弁当を広げている。

 その横で足を崩した美弥と、その彼女に慰められている咲耶。


「おまたせ。咲耶を保護してくれて助かったよ」

「いえいえ、咲耶さんってば可愛いんですから。兄さんに捨てられたって言って、この通り泣いてばかりで」

「玖珂さんって、昨日会った印象とずいぶんと違うのね」


 美弥にべったりとぐずぐずやっている咲耶。


「しんやぁ~」


 今度は隣に座った信弥にのしかかった。


「わらわは信弥に捨てられてしまったのか? 良い子にしておるから……」

「この魔王はずいぶんとネガティブなのね。……食べちゃいたいくらい」

「――エッ?」

「ん?」


 信弥は、どうしたの? とでも言いたそうな顔を遥香に返された。


「しんやぁ~!」

「おいで、咲耶。よしよし」


 咲耶は頭を撫でられると、先ほどの涙が嘘のように笑顔を取り戻していった。


「兄さん、こちらが本日のお弁当です。どうぞ」


 信弥は残されていた一回り大きな弁当箱を渡されて、さっそく広げてみた。


「今日もありがとう美弥。いただきます」


 冷めても美味しい美弥のお弁当。

 一口サイズの色々なおかずが小分けされ入っている。

 彼にはうれしいミートボールや揚げ物。

 サラダや温野菜まで入って健康にもばっちりだ。


 眺めているだけでは腹は膨れないので、彼はさっそくいただいた。


 そしてその後、必然的にこういう流れになる。


 信弥が、

「はい、咲耶。あ~~ん」


 ――「あ~~んむ」


 咲耶は手を両頬に当てて、緩んだお顔でもぐもぐしてる。


 『第一回 チキチキもぐもぐレース』の始まりだ。


「あぁん、兄さんずるいです」


 その様子を見た美弥が、すかさず参戦を申し込む。


 ――「あ~~むぅ」


 箸から獲物をさらっていく小鳥。

 信弥も負けじと弁当からとっておきのおかずを差し出す。


「ほら咲耶、こっちも食べるんだ」


 ――「もぐもぐ……、もぐもぐ……」


 あっちへ行ったり、こっちへ来たり、迷走する咲耶。


 そろそろ口の中に物が溜まってきた頃だろう。

 咲耶の動きがだんだんと鈍くなり、鼻で息をするようになってきた。

 あごを上に向けて、もがもがと何かに抗っている。


 そんな慌てふためく咲耶が目を付けたのが、上品に口を動かしながらその様子を傍観していた遥香だ。


「もぐもぐ……、ごくっん。もぐもぐ……。遥香、わらわを、助ける、もぐもぐ、のじゃ」


 咲耶が遥香になびいた。それを必死に引き留めようとする美弥。


「あぁ……、ほ、ほら。咲耶さんの大好きな鳥のから揚げですよ? はい、あ~~ん」

「も、もう、もぐもぐ……。ごっくん。やめるのじゃ。わらわは自らの意思で遥香の軍門に下ったのだ。もうそなたらの「あ~~ん」に答えてやりなど、しないのじゃぁぁぁぁ! ……のぉ? 遥香っ」


 遥香の後ろに隠れて、背中から覗き込むようにして同意を求めている。

 咲耶は分っていないみたいだ。自分自身がどれだけ愛らしいのかを。

 そうして、遥香に止めを刺されるのであった。


「玖珂さん。はい、あ~~ん」



「――……っ!」



 咲耶の脳裏には走馬灯のように、あの悪夢が蘇っている。

 文字通り開いた口がふさがらず、咲耶はその場に愕然がくぜんと崩れ落ちたのであった。

 


 何が起こったのかと困惑する遥香が、目で信弥に説明を求めてきた。


「以前にもこういうことがあってな……。なに、心配いらないさ」


 コテンと転がった咲耶の短いスカートからは、純白の何かが「こんにちは」していた。

 彼は学習している。

 ここでさりげなく、ごくさりげなく取り繕ったとしても、よく出来た妹には何一つとして通じないことを。


 なので信弥は、泣く泣く顔を横にそむける次第であった。


「はい、兄さんはよく判っています。……咲耶さん、そろそろ起きてください」


 レジャーシートをがさがさする音だけが、彼の耳には聞こえている。


「――はっ! わらわは、先ほどまで、いったい何を……」 


 目と口を丸くして、咲耶が混乱している。


「咲耶さんは、私のお弁当のあまりの美味しさに気を失っていたんですよ」

「そ、そうなのか? たしかに、何かを食べていた記憶が……」

「ほら、咲耶さん。まだお腹が空いているでしょ? お弁当をいただきましょう」

「ん……、うむぅ……」


 どこか納得のいかない咲耶だったが、空腹が彼女を後押しした。

 尻餅をつき、ペタンと座り込んで食べかけのお弁当に箸をつける。


「そういえば、遥香。今日の放課後に入部希望者を連れて来てもいいか?」

「被害者をまた一人増やすのね。いいわよ」

「エッ?」

「それで、その奇特な方っていったい誰かしら?」

「あ、あぁ……。俺と一緒のクラスで委員長もやってる、秦宮詩織だ。顧問の秦宮先生の妹らしいぞ?」

「そう、判った。今日の放課後に連れてくるのね」

「そういうことで頼む」


 あっさりと承諾してくれた。彼としても、あの魔窟から一日でも早く抜け出したかった。


「先程の用事とは、そのことだったのですか?」

「まぁ、そんなところだ」

「そうだったのですか……。ところで咲耶さん。――ニンジンは、お嫌いですか?」


 咲耶はビクリッと震え上がった後、空々しい顔で錆びた機械のようにギコギコと首だけを美弥に向けた。


 彼女の小さな弁当箱の隅には、綺麗に寄せられた手付かずのニンジンがある。


 信弥は心の中で咲耶を応援した。

 美弥は優しく言った。

 まだ、優しく言っているのだ。

 今ならまだ間に合うはず。

 ここは勇気を振り絞るところなんだぞ、咲耶!


「わ、わらわは、にがいのは、に……、にがて、なのじゃ……」


 そ、そうじゃないだろ咲耶! ここは空気を読まないとダメなところだ。

 だが美弥の次の言葉は、彼の予想に反したものだった。


「そうなのですか……、それでは仕方ありませんよね」


 えぇええ?! いいのか? 俺はダメで咲耶はいいのか……。可愛いは正義なのか?! 

 信弥は理不尽を嘆いた。


「じゃ、じゃろぉ? 食べれぬものは……、た、食べれぬのじゃっ!」

「もう、咲耶さんったら」


 美弥はその言葉に、あの、いつもの微笑を浮かべて、


「――では、『あ~~ん』して食べさせてあげましょう」


 顔は菩薩であったが、その心には般若が宿っていた。


「ひえぇぇえぇぇ!」


 軍門に下った記憶がおぼろに残っているのだろうか、すかさず遥香のところへ駆け出した。

 しかし、よく出来た妹が一度補足した獲物を逃がすわけもなく、


「遥香先輩! お願いします!」

「わかった」


 そう短く答えた遥香。

 咲耶の淡い期待を見事に裏切り、遥香は咲耶を羽交い絞めにした。


「ま、待て! まつのじゃぁぁぁあ! お、落ち着いて話し合うのじゃ。ほ、ほれ。望みを言うてみよ。わらわが叶えてしんぜようぞ。だ、だから!」


 遥香が耳元で怪しく囁く。



「私が欲しいのは、あなたの、――悲鳴」



「ヒイィィィィィィッ!」


 美弥が箸の先に乗る禍々しいオレンジ色の物体を、容赦なく近づけていく。


 咲耶は必死に体を後ろに反らせて、唯一動く首をぶんぶん振って拒絶の意思表示をしていた。

 それが美弥にまったく聞き入れてもらえないことを知ると、目に涙を一杯に貯めて信弥に助けを求めようとする。

 彼もどうすることも出来ないので、ニンジンを箸でつまむ。


「「さぁ、さぁ!」」

「い、嫌なのじゃあぁぁぁぁ嗚呼っ!」


 じたばたと遥香の拘束を抜け出した咲耶は、


「み、みんな、居なくなってしまえばいいのじゃぁぁああー」

「あぁ、咲耶さん!」

「ふぇぇえん、わああぁぁぁん」


 泣きながら逃げだした。


 ちょっと悪ふざけが過ぎてしまった。校舎の方へと見えなくなる咲耶。


「どれ、仕方ないから俺が迎えに行くよ」

「あ、兄さん。分かっていますよね?」

「あぁ、ちゃんとフォローしとくよ。ここは任せた」


 信弥はそう言い残して、咲耶が走り去った方向へ向かった。


 咲耶は本当にしょうがないな。

 どんな言葉で慰めるべきか。

 彼はそんなことを考えながら、獣道にも似た林の中を足元に生い茂る草を払いながら進む。

 どうせ桜の大樹がある広場で観衆の目にさらされて固まっている頃だろう。


 しかし、何かが変だ。


 いつもは賑やかなあの広場から聞こえる生徒達の声がまったく聞こえてこない。

 何か嫌な感じがした彼は、急ぎ咲耶の後を追う。



 桜の大樹がある広場へと戻ってきた信弥は、その異様な光景を前に、ただ立ち尽くしていた。


 ――そこには、誰も居ない。


「えっ? なぜ?」


 隅っこでいちゃつくカップルも、弁当を広げる生徒の輪も、ボールやラケットを手に元気に動き回る生徒も。

 そこには誰一人として居なくなっていた。


 ただ、桜の花びらだけが、無人の広場を舞っていた。

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