十四、秦宮姉妹の姉
先生が優しく教えて、あ・げ・る♪
昨日に引き続き今日も、信弥は嫌がる魔王の手を引っ張って学園へと向かう。
巫女服の時よりは目立ってはいないが、相変わらずの有名人っぷりで、カチコチな咲耶の手を引いている信弥への注目もひとしおだ。
朝の教室においては、咲耶は質問攻めにされることは無かった。
昨日の一件でみんな理解してくれたらしい。
たまに女子が隣に居る信弥をガン無視して咲耶に一言挨拶をしてしていく。
テレながら上目使いで小さく「……おはよぅ」と言う咲耶に彼女達はメロメロだ。
しかしながら、廊下からこの教室を覗く顔が多いこと多いこと。
咲耶目当てなのだろうが、人が集まって異様な雰囲気だった。
そんな彼らもチャイムが鳴ると同時に、自分たちの教室へ帰っていく。
「今朝は先生がいらっしゃいません。なので、出席だけ私が取ります。連絡事項は昨日言われた通りで変更はありません。忘れないでください」
クラス委員長である秦宮詩織が先生の変わりに出席を取っていく。
さっそく、『委員長』という呪いが彼女を縛り付けている。
だが秦宮詩織の人望もたいしたもので、一日ですっかりクラスの中心人物となっていた彼女によってスムーズに出席が取られていく。
根は真面目なのか、与えられた仕事をしっかりとこなしている。
また、楽しんで仕事してるようなので仕切り屋タイプなのかもしれない。
そして四限の英語の時間がやってきた。
〈――コツッ、コツッ、コツッ――〉
誰も居ない廊下からヒールが響く音が近づき、この教室の前で止まった。
開け放ったドアを後ろ手で閉めて、堂々とした面持ちで前へ。
純白のYシャツに漆黒のベスト、真紅のタイトミニから生足を晒して、その淫魔はやってきた。
持っていた教材を教卓の上にバサリと放り投げる。
背を向けて、チョークを拾い上げ、黒板に押し当てた。
〈カッ!〉
筆記体で滑らかな文字を綴り終えると、持ったチョークを打ち捨てた。
生徒達に向きなおり、空いた手をわざわざ胸の下で組んで絶景の双丘を見せ付ける。
教壇の一段高い所から、品定めするかのように鋭い視線で全体を見渡してから、
「知っている生徒も多いと思うが……。二年学年副主任で、この学年の英語を担当している秦宮真理子だ。お前達、あんまり面倒事は起こすんじゃないよ。ちなみに、質問は受け付けない。じゃ授業を始めるからね」
横暴な自己紹介だった。
男子生徒は肉体も精神も唯我独尊な彼女に惚けたように一挙手一投足を観察している。
女子生徒はデキる大人の女性に憧れのまなざしを向けている。
教科書を読みながら、今夜の獲物を物色するかのように教室を徘徊する淫魔。
いや、違った。
教科書を読みながら、次に指名する生徒を選ぶように教室を歩き回る先生。
スラリと引き締まった生足を交互に動かし、机の間を行ったり来たり。
信弥は近寄ってきた先生に思わず目が行ってしまう。
服の上からでもハッキリと想像できる括れた腰と天に向かって突き出された胸のラインは、オトコならば誰でも誘惑されてしまい、否が応でもその存在を強く意識してしまう。
男を魅了してやまない彼女の通り過ぎた道には、本能を惑わせるエレガントなオトナの香りに誘われた男子の視線が、その後を追うかのように泳いでいた。
フェロモンを撒き散らして、リビドーあふれる年頃の男子生徒を誘惑しているようだ。
こ、この先生は学園に男でも漁りに来ているのだろうか……。
こうまでされたら、信弥は秦宮真理子先生が実は魔物だという可能性も再検討しなくてはいけなかった。
秦宮詩織は何か我慢できない感じで頭を抱えている。
やはり、二人は何かしら関係があるようだ。
「All right. Ms Kuga. Repeart after me.」
信弥が誘惑されていた間に、咲耶が指名されてしまった。
彼の不安をよそに、おどおどした様子で立ち上がった彼女は教科書を掲げて読みはじめた。
「……ぃ、It is normal to make errors in speaking a foreign language, one learns to speak better by having one's mistakes pointed out and corrected.」
淀みなく読まれた完璧な発音に、教室中の視線が咲耶に集中する。
さすがの事態に信弥も、通り過ぎた生足ではなく隣の魔王を見てしまっていた。
そんな視線を受けてか、咲耶は椅子の上で小さく縮こまり、立てた教科書を盾にしながら机に伏せて顔を隠している。
「That's Excellent!! あんた達も私の足ばかり見てないで、Ms Kugaを見習って教科書をしっかり見てなさい」
先生の言葉はごもっともな意見ではあるが、これみよがしに生足を目の前で動かす先生も悪い。
というより、信弥は咲耶が英語ぺらぺらだとは思ってもみなかった。
誘蛾灯のような先生は再度教室を練り歩きながら、英文を流暢に読み始める。
当てられた生徒はなぜだか話を聞いていない者が多く、そのたびに同じ質問を先生にさせていた。
呆れたように髪をかきあげる先生。
強調されるムネとワキの造形美。
高く掲げられた細い腕から流れる形が、重力と理性に反逆する胸部を際立たせる。
振り下ろされた腕から伝わる振動に震える母性と劣情。
その様子をガン見していた信弥は顔を教科書へと戻した。
これ以上はあらぬ誤解を受けそうなので自粛したのだった。
こんな感じで、授業は進んでいった。
〈キーン、コーン、カーン、コーン!〉
「おっと、今日の授業はこれで終わりだね。昼休みになるけど、次の時間のことも考えてあまりハメを外しすぎるんじゃないよ」
そう釘を刺して、淫魔は自らの巣に帰っていった。
英語が毎回こんな調子だといろいろと我慢出来なくなってしまうんじゃないだろうか。
信弥はもんもんとした気持ちを抱えたまま、昼食の時間になる。
美弥が昨日と同じ場所で、お弁当を用意して待ってくれているはずだ。
昨日連絡した橘遥香も来るらしい。
「ねぇロリコン。話があるから、ちょっと来なさいよ」
さっきまで居心地悪そうにしていた秦宮詩織が、いつのまにか信弥の目の前まで来ていて、座っている彼を見下ろしながら言った。
信弥は言葉を失う。まさかこんなにはやく面と向かって言われることになるとは……。
教室はその「ロリコン」という言葉に静まり返り、彼らの行く末を見守っている。
信弥は詩織にはお礼を言わないとないと思っていたが、やっぱり止めておくことにした。