十二、勇者として!
妹の事となると人が変わるらしい
美弥が作ってくれたお弁当はおいしい。
でも咲耶はそれどころではなかった。
信弥たちと三人きりでも、あの弾けるように元気な姿を見せてはくれなかった。
美弥は「あ~~ん」して咲耶に食べさせてはいたが、昨晩のように嬉々として飛びついては来ない。
口に運ばれてきた物を機械的に喉の奥へ。
もぐもぐ……。もぐもぐ……。
「も、もう、帰り、たいのじゃ……。学園とは、かくもおそろしい所なのじゃ……」
「転校初日ですからね。仕方ないのかもしれません」
「そうだなぁ。今日、明日の辛抱さ。そのうち落ち着いてくるから」
「…………」
そんな彼の意見にしゅんとしてしまった。
可愛い転校生を見て興奮するのは分るが、元気の無い咲耶の気持ちにも気づいてあげてほしかった。
それと、よかったら俺の性癖とかもついでに……。
信弥もいろいろと引きずっていた。
「咲耶さん、もうお弁当はよいのですか?」
「今は食事が喉を通らぬのじゃ。こんなに旨い弁当を……。すまんの、美弥」
手で硬く握り締められていたスカートの裾。
その場所には下ろしたての制服であるにも関わらず、くっきりとした皺が作られていた。
なんだか少しかわいそうになってきた。
「兄さん。ここは兄さんの出番じゃないでしょうか。期待していますよ」
そう妹に言われるまでも無く、どうにかしなくてはいけないと信弥は思っていた。
人が少なくなるように、時間ぎりぎりまで桜の広場の奥にいた。
信弥は咲耶の手を引いて教室へともどる。
彼女は終始黙り込んで俯いたままだった。
幼女を拉致して時間一杯連れまわしてから教室へ戻った彼を、クラスメイトは怪訝な表情でもって迎える。
――うっ……。
石のような顔を大量に向けられた信弥は、一瞬だがたじろいでしまう。
彼は右手につないでいた小さな手が強く握り返されるのを感じとり、先ほどの決意を新たにする。
そして、凄みを利かせてから切り出した。
「みんな、聞いてくれ!」
すでに教室中の関心が集まっていた。
「転校生である咲耶と仲良くしてくれることは、素直にうれしいと思う。だけど、咲耶は人付き合いがあまり得意ではないんだ。だから、咲耶がこの学園に慣れるまでそってしておいてもらえないだろうか。たのむっ!」
信弥は気づいたら頭を下げていた。
右手からは熱い感触が伝わってきていた。
不器用だったかもしれないが、彼は今の気持ちを正直にぶつけたつもりだった。
突然の事態に静まり返る教室。
そんな困惑気味の教室において、一人が生徒の群れの中からおどりでた。
秦宮詩織が、またもや助けになってくれたのだ。
「確かに私達も玖珂さんのことを考えずに詰め寄ったりして困らせてしまっていたわ。その点においては悪かったかもしれない。」
クラスメイトを説き伏せるように話しを続ける。
「そこで、こういうのはどうでしょう。玖珂さん、実はまだ自己紹介を済ませてはいないの。下の名前を知らない子も多いわ。幸い授業前で全員居るみたいだし……、この場で自己紹介をしていただいて、私達からの質問はいったんお終い。ということでどうでしょうか」
重い空気の中、この提案に異を唱える者は居なかった。
彼の手から離れた咲耶は、自ら一歩、前に進み出た。
「天のしら……。……く、くが。くがさくや。く、玖珂咲耶、で、です……」
咲耶は下を向きながらだったが、教室全体に十分聞こえる声で自己紹介をした。
「咲耶、もうひとつ言うことがあるだろ」
そんな彼の言葉に振り返りはせず、やけくそ気味に言った。というか怒鳴った。
「よ、よろぢぐおねがいします!」
元から下げていた頭をさらに下げて、声を張り上げたのだった。
突然の大声にど肝を抜かれるクラスメイト達。
――パチパチパチ。
秦宮詩織が咲耶の不恰好な自己紹介に対して拍手を送る。
それに続くようにして教室中からも盛大な拍手が沸き起こった。
自己紹介を終えた咲耶は信弥の背中に隠れてしまう。
その刹那に見せた彼女の顔は、決して悲しい表情ではなかった。
こうして、咲耶は正式にこのクラスの一員として認められたのだった。
つかの間の平和が訪れた。
信弥は彼女に後でお礼を言わなくてはいけないと思っていた。
頭を下げた時の、あの微妙な空気は、彼一人ではどうすることもできなかったからだ。
極一部では、事実が露呈しないように牽制してきたとか、転校生を独り占めだとか、そういう意見もあるようだ。
だが全体的にみれば、信弥の評価もわずかながらよい方向に傾いた……、気もする。
放課後。
誰も居なくなった信弥たちの教室に美弥がやって来た。
「みぃーやーっ!」
ちょっとだけ明るさを取り戻した咲耶が、美弥に飛びついてでむかえた。
「よい子にしていましたか? 咲耶さん」
「うむ、わらわはいつでもよい子なのじゃ」
抱きかかえたままその場でくるくると回転している。
やはり咲耶には笑顔が似合っていた。
「それにしても兄さん、あの後に何を言ったのですか? あれだけあった噂が、どうやら――」
「――やめてくれよ。怖くて聞きたくない……」
「うふふ。恥ずかしがっちゃって……。やっぱり、兄さんは私の兄さんですね」
「うむ。あのときの信弥はかっこよかったのだ。わらわのために――」
「あーーあーーあーー!」
信弥はそういうのは柄じゃないので、あまり持てはやさないでほしかった。
逃げるようにして、彼は窓の外に目をやった。
最後の授業がおわってから結構な時間が経ったが、いまだ下校する生徒達がちらほら見受けられる。
「まだ下校する方がいらっしゃいますね」
「咲耶が慣れるまでは人が少なくなってから帰った方がいいからな。だけど今は部活の部員獲得競争が激化してるから、しばらくはこんな感じなんじゃないかな」
「そうですね。ここへ来る際に、私もたくさんの部活から勧誘されてしまい大変でした」
信弥の表情がちょっと険しくなった。
「どんな所から勧誘されたんだ?」
「メジャーな部活はだいたい。どうやらどの運動部もマネージャーさんが足りないみたいでした。頭まで下げられてお願いされたときはどうしようかと困ってしまいました」
「『まねーじゃー』とはどういうものなのだ?」
咲耶が美弥に体当たりをして聞いていた。
兄の資格を持っており、シスコン気味の信弥はいきどおる。
それは、妹がそんじょそこらの娘子とは一線を画す存在だからですよ。
マネージャーが足りないなどと見え透いた嘘で妹とお近づきになりたいのだ。
よく出来た妹をどこの馬の骨ともわからない奴になど渡せるか!
これからは兄として、妹のことをしっかりと注意して見ておかねばならないと、本格的にシスコンをこじらせてしまった。
「部活といえば、兄さん」
「なんだい妹よ。お兄ちゃんに何か用かな?」
どこぞのミュージカルばりに訴えかけるように腕を前へと広げ、まゆ毛をキリッとさせて妹に問いかけた信弥。
美弥は急に変な態度になった兄を苦笑いでごまかした。
そんな彼女はここに、世界征服の狼煙を上げた。
「ボランティア部、行ってみませんか?」