一、プロローグ
魔王が封印されていたらしい
学校の怪談。
誰が考えたのか、どこも同じようなしっぱい話がいくつかある不思議なアレだ。
もちろん彼、東條信弥が通っている学園にもある。
トイレにいらっしゃるあの方。
自走する模型。
目を光らせたり、頼んでもいないのにピアノを弾く音楽室の偉人。
その内容には諸説あるが、毎年欠かさず登場しているらしい、とある変わった話がある。
校舎と裏山の間にそびえたつ大桜。
四~五人の手を繋いでようやく囲める樹幹。
遙かに見上げるその高さ。
舞う花びらは涼風に乗り、空と大地を桜色に染め上げる。
昼休みの桜の広場では、女の子たちがベンチや芝生の上で弁当を広げて、他人の恋だの愛だのにうつつを抜かし、嫌味ったらしい先生の悪口で盛り上がる。
その横で遊具を手にふざけてはしゃぎまわってはいるが、ちょっぴり女子のことを意識してしまっている男の子たち。
そんな大桜には、『魔王が封印されている』
ということらしい。
どうしてそうなってしまったかは分らないが、確かに何かが憑いててもおかしくないほどの立派な大樹ではある。
でもだからといって、怪談くらいで魔王様がしゃしゃり出て来てもいい理由にはならない。
そんなイワクの付いた大桜の満開を信弥がこうして見上げるのは、今年で三度目になる。
この桜はいつからここに在るのだろうか。
幾星霜の時を刻む年輪は決して途切れることなく続いてきた。
無数の傷とガサツな表皮を纏った姿は、一見すると綺麗なものではないかもしれない。
しかし、その光景は相反する世界を切り取ってきたかのように排他的で、悠久を経た風采は狂信的に美しい。
春夏秋冬を経て新たな世界を積み重ねている間、大樹からすると極僅かな時間なのかもしれないが、同じ場所で同じ時間を過ごさせてくれた事に、信弥は改めて感謝した。
そうやってまたひとつの歴史を見守って、その輪に刻んでいくのだろう。
「のぉ信弥、わらわは小腹が空いたぞ。いつまで桜と戯れておるのだ」
封印されていた小さな魔王様が駄々をこねる子供のように、信弥の制服の袖をぐいぐい引っぱりながら訴えている。
「そうだな、帰って美弥が作ってくれる晩飯を食べようか。今日は咲耶が好きな鳥のから揚げらしいぞ?」
「本当か! もぅ~、美弥めぇ~。わらわのご機嫌取りとは、愛い奴めっ」
長い銀の髪を元気よく跳ねまわらせて、すこぶる嬉しそうだ。
信弥と咲耶はしっかりと手を繋いで、歩き出した。
現世は変わらない。
些細なことでもかまいませんので、感想をいただけると嬉しいです。
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