6 悪女になりましょう。
王様の耳はロバの耳~って童話あったよね?
そんなくだらない事を考えて、私は現実逃避をした。
隣にいる将吾の顔が、怖くてみれない。
新プロジェクトと同時に新卒社員の採用活動も始まった。
今年の就職戦線もかなり厳しいと朝のニュースでちょろっとやっていたけど、採用する方も、この時期大変だったりするのです。
「と言うわけで、採用数の調整をするために営業部の希望人数を人事課に提出するんだが、事前にメールで返答を貰っていた数値で問題ないか?」
部長がiPadを指で叩きながらメンバーを見渡す。
今日は主任以上が集まったミーティングだった。
「OK。まぁ、毎年のことだけど大きなプロジェクトとかち合っているから、スケジュールの調整だけはしっかりとな。で、だ。これも毎年のことだが、採用活動に参加するメンバーをうちの部署から2名決めたい。
誰か立候補はいるか?」
シーンと会議室が静まる。
仕事を奪うように手が上がるいつもとエライ違いだ。
この時期、みんな案件をいっぱいいっぱい抱えている。
特に自分の評価になることがなく、しかも時間を大きく奪われる採用活動はだれもが避けたいのだ。
会社説明会なるものが開かれると、午前と午後の30分づつが奪われてしまうし、大きな就活イベントはだいたい日曜日だから、休日出勤も依頼される。
最悪なことに、休日出勤なので代休を取らなくてはいけないから、丸一日潰されてしまうのだ。
そして、面接。
人事部で行うグループワークと、一時面接を突破したものを主任クラスの私たちが面接する。
その後、課長が面接し、最後に部長が内定を決める。
地方の学生のために出張も増える。
いい学生が入ってくればいいが、最悪、あいつを面接したのは誰だとまでいわれかねない。
・・・事実、高木はちょっといわれた口だ。
採用活動に関わった私が責任もって引き受けましたとも。
最終判断は各部門の部長になるが、うちの部長は割と緩いので、よっぽどの事がない限り通してしまう。
学生さんも大変だろうけど、受け入れる側も結構大変だったりするのだ。
「松森、佐伯、君たちでやってくれないか?」
誰も手を挙げないのをみて、部長が私たちを名指しにする。よりにもよって将吾と一緒に。
「わかりました。」
そういう意外ないじゃないですか。
上高地でのプロジェクトを抱えた今、そちらにかかわっている主任以上の営業は回せないだろう。
そして、事務職を束ねているのは将吾だから必然的に選ばれると思っていたけど。
けど、やっぱりため息がでてしまう。
ミーティングのあと、私と将吾は打ち合わせをかねてランチをする事になった。
部長と人事に採用し指針と求人サイトにのせる写真などの打ち合わせをしないといけないからだ。
どちらともなく、自然とそういう風になった。
別れたといえ、長年付き合っているとそういう空気の流れが手に取るようにわかるようになってくるのだ。
会社から少し歩いたところにある、喫茶店に入る。
将吾とのミーティングと言うデートによく使っていたのだ。久々に来たそこは、コーヒーのいい香りで満たされていた。
私と将吾は外からは見えない観葉植物の裏の席でそれぞれパスタとハヤシライス、コーヒーを頼んだ。
いざ、打ち合わせをしようとしたとき、きゃぴきゃぴとした集団が入ってきた。
ちょっとうるさいなーと思いながらも要望数などを確認しようとすると、割と大きな声で知っている人物を呼ぶ声がする。
「ねぇねぇ、この前の合コンどうだったの?」
「えー大戸ちゃん、佐伯主任と付き合っているっていってなかった?」
大戸と言うワードに反応し、将吾がむせる。
「んー。付き合ってるけど、出会いは大切でしょ?」
可愛いらしい大戸の声に将吾は口に当てたお手拭きを握りしめる。
「あー悪い女だー!」
キャハハっと盛り上がっている。
「だって、だって、ねぇ、大戸ちゃん悪女だよー。佐伯主任とのエッチがツマんないからセフレ探すとかいってさー」
まっぴらの公衆面前でなんて会話をしているのだろう。
「えー、なにそれー!もしかして、アレ?小さかったとか、早かったとか!」
おいおいおいおい。
私は将吾の顔をまともにみれない。
「んーまぁ、その辺はふつうだったんだけど。
なーんか、淡泊っていうかさぁ。あれ、草食系動物になめられてる感じ」
笑いながら大戸が答える。
私はグラスの下にどんどんと水滴がたまっていくのを観察した。
現実逃避をしたかったのだ。
「でも、別れないんでしょ?」
甲高い笑い声の中でさらに質問が飛ぶ。
「あたりまえー。エッチの相性と、結婚相手は別物だよ。
私は佐伯主任と結婚したいの!条件そろってるんだもん。」
悪魔だよーと言う笑い声が響いたが、やがてメニューが届いたのか、おいしそうと言う話題に移っていったようだった。
私は、なんて慰めたらいいのか。
ヒールの高い靴で彼の臑を蹴る。
将吾が顔を上げる。
「この場所教えたんだ?」
私はすっかり氷が溶けてしまったアイスコーヒーに口を付ける。
将吾が気まずそうに目をそらす。
私はそれが悔しくって、悔しくって。
ヒールの高い、なめらかなスエードの靴で彼の臑をなで上げる。
彼は驚いた顔でこちらを見る。
「打ち合わせの続き、しよ?」
私はあえて彼を慰めず、ふつうに振る舞った。
悪女って、どうすればなれるのだろうか。