表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/9

5 ヒールの高い靴を履きましょう。

パソコンを開けると、上高地にある発電施設に関するプロジェクトと、今年の採用活動に関する依頼がきていた。


採用活動。

今年ももうそんな季節なのかとこっそりため息を付いた。

もうすぐ誕生日がきてしまう。



「あー、そのスカーフ可愛いですね!」

大戸が大きな声で、大判のスカーフをほめてくれる。

私は、ちょっと照れながら、ありがとうと返事をした。


あの日、居酒屋で自分をましに見せた方がいいとアドバイスを貰ってからはじめて実行したのが、

洋服を買いに行くことだった。

残念ながら、体重は減るどころか、増えた。

9月はご飯がおいしく感じてしまうので困る。


でも、野菜を意識してとるようにしたり、カップラーメンをやめてからは肌荒れと髪のぱさつきがなくなった。

食べ物がいかに自分にとって大切なのを感じたとともに、若いときのように食べてしまうと、

どんどん太るという事をようやく学んだ。


そして、毎日体重計に乗ることと、鏡を見ることは日課になった。

そうする内に、体重は変わらないけど、やせて見える着こなしや、メイクの方法が気になるようになった。

実際やせたねといわれることも増えてきたので、効果は敵面のようだ。


なによりも、服を買いに行ったときに衝撃を受けた。

いつもは格安スーツが売っている全国展開のチェーン店で適当につるしものを買ってきていた。

今回はデパートに入っているおしゃれなスーツショップに足を運んでみたのだ。


なんということだろう。

17号がないだろうとは想像していたが、13号すらもほとんどおいていなかったのだ。

ほとんどが9号か7号。

7号のスーツをみて、どんな人がこの中に入れるのだろうと、真剣に考えてしまった。

かつてはこのサイズに身を包んでいたこともあったのに。


店員さんは親切にオーダーメードがあることを教えてくれたが、私はそれがとんでもない屈辱に感じた。

三浦や店長はましに見せれば12キロやせる必要がないといっていたが明日からダイエットを始めようと、

何度目かの固い決心をした。


そんな私の様子を見て、お店のコンシェルジュをやっているというお姉さんが声をかけてくれた。

制服の店員さんとは違い、スーツをぴしっと着こなしている。

今は、店員さんもおしゃれな呼び名になっているのだなぁと、差し出された名刺をみて妙な考えにふけってしまった。



「スーツは何着お持ちですか?5着。十分ですね。

それではそのスーツを活かす小物や、インナーをお買い求めになってはいかがでしょう。」

そういって取り出してきたのは、胸元にきり返しがある、個性的なデザインのカットソーだった。

形は個性的だが、色が落ち着いているので嫌みにならない。

「後ろはシンプルになっているので、上にスーツをきても響きません。

それに、ウエストをあえて絞っているし、個性的な切り替えしになっているので、かなりやせて見えますよ。」

実際店員の説明の通りだった。

フリルの付いたキャミソールも即決で購入した。

ボリュームがちょうどいい感じで、野暮ったくない。

そのほかにも、薄手の明るい色のニット、大判のスカーフや、細身のチェーンベルト。

全部購入したらスーツと同じお値段になってしまったが、いい買い物ができたと思う。


包んで貰っている間、ふと素敵な靴を見つけた。

いつもは足が付かれるので3センチヒールで、なおかつ歩きやすいという基準で安いものを選んでいる。

結構なスピードで履きつぶしてしまうからだ。


コンシェルジュが履いてみますか?と聞いてくる。

「いえ、営業で歩くのでこんな高いヒールだと。」

コンシェルジュは笑いながら棚からいくつかの靴を取り出してくる。

近くで見ると、シンプルながら洗練されたデザインにほしいという気持ちに勝てなくなってくる。

「この靴は、足を綺麗に長く見せるように設計されているんです。シンプルだけど、エレガントなデザインなので、

洋服を選びませんから、ビジネスでもカジュアルにでもお使いいただけます。」

私は、コンシェルジュの誘惑に負けて普段私が履くより、数センチヒールの高いそれに足を入れた。

驚いたことに、革なのに柔らかい質感のそれは私の足を優しく包んでくれ、なおかつ足首をきゅっと細く見せた。

それは一足で、私が普段はく三足ぶんのお値段だったが、それなりの価値があると感じた。

私は4センチヒールとデザインが少し違う8センチヒールを購入した。






細くしまったように見える脚を見せたくて、パンツスーツを買ってきたときに付いてきた

滅多にはかないスカートを履いてみた。

意外にスカートの方が、自分の体型はスリムに見えるのだと気が付いた。

大きな張り出したお尻を包むマーメードラインのスカートからお尻の割にはそんなに

太くないふくらはぎから足首が見えるので、とても細く感じるのだ。

細身のチェーンでウエストをマークすると三キロのダイエットに成功したようだった。


自分をましに見せるの意味が実感できた瞬間だった。

なにより、8センチヒールは、私をいつもより少し高い視線に持っていってくれた。


容姿をカバーできたという自信が、私のプレゼンにも現れた。八雲課長と直に仕事を組むことが決まったのだ。

私は、加藤と高木に営業の鬼と言われる八雲課長から少しでも多くのものを得るようにミーティングで指示をした。


マネジメントに専念してきた八雲課長が現場にでるのは本当に久々のことだった。

逆に言うと、急を要する事態だということを主任会議で私は知った。


上高地にある発電施設の大型プロジェクトに部長をはじめ営業部のほとんどの人員が割かれる事になったので、

私が先日とってきた案件は私たち三人だけで処理する事になったのだ。

だが、こちらも中長期的に見れば大きな利益を生み出す案件のため、八雲課長が陣頭指揮を執ることになったのだ。


八雲課長は前のミーティングが長引いているので、私たちは先にプロジェクトの概要をまとめていた。

大戸は不機嫌さを隠そうとしなかった。

「おい、なんだよそのいい加減な議事録!」

高木が見るに見かねて注意をする。

「だってぇ~。どうせなら、私も上高地のプロジェクトに参加したかったです。」

悪びれることなく、大戸はいう。

誰もが、大型プロジェクトに参加したいと思うものだ。

将吾ももちろん上高地のプロジェクトに参加していた。

「こっちだって、大切なプロジェクトだ。だから八雲課長直々にチームを召集しているんだろ。」

加藤が冷静に大戸に話す。

「でもぉ。営業さんは伝説の八雲課長の下でうれしいかもだけど、私は普段とやること変わらないしぃ。」

大戸はそれでも可愛らしく唇をとがらせた。


「それはちがうな。」


いつの間にかパーテーションに八雲課長が顔を出していた。

「お疲れさまです。」

私たちは全員席を立って挨拶をした。

大戸ですら、気まずそうに席を立った。

「お疲れ様。遅れて悪かったね。」

八雲課長はみんなに座ることを勧めてプリントをまわし始めた。

こちらは次世代型タブレット端末に関するプロジェクトであった。

「向こうは政府さんとかも絡んでいるからどうしても大型のプロジェクトになる。

が、こちらもコンペに勝ち、取ってこれれば、かなり大きな利益になる。

松森、よくここまで取ってこれたな。」


私は八雲課長にほめられて気分が高揚した。

この人のオーラのようなものがこの場を支配していた。


「で、大戸には、全面的にサポートしてもらう。

いつもの佐伯に指示を仰いでってスタイルじゃ正直だめだ。

事務は大戸に任すから、自分で考えて行動して。」


砕けた笑顔で八雲課長の緊張が解かれたのがわかった。

本当にこの人はマネジメントがうまい。

上手に大戸からやる気を引き出していた。


一時間ほどコンペの戦略や、仕事を取った後の受発注について話し合い、

その日のミーティングは終わった。


「俺たち、ここ片づけてから戻ります。」

加藤と、高木が片づけを申し出てくれた。

本来なら会議室を使いたいところだが、大プロジェクト優先のため

私たちは業者と打ち合わせをするパーテーションにいた。

鍵を返却したり、お茶を片づけたりしなくてはいけないのだ。

大戸もその辺は心得ていて、自分からお茶を片づけ始めていた。


私はありがとうとお礼をいって、八雲課長の後ろについていった。


八雲課長は不思議そうな顔をした。

「どうされました?」

口紅がはみ出てる?私はじっと見つめてくる八雲課長にドキドキがとまらない。いろんな意味で。


「いや、目線が近いと思ったら、ヒールを履いてるのか。いいね。

いつもよりシャンとして自信があるように見える。」

八雲課長がとろけるような笑顔でほめてくれる。

一歩間違えればセクハラなのだが、この人がほめてくれるとうれしくて仕方がない。

「ありがとございます。」


私はおそらく真っ赤になってしまっているであろう顔をファイルで隠しながらお礼を言った。


ふと、視線を感じる。

振り返ると大会議室から出てきた将吾だった。

お疲れと声をかけようかどうか考えている内に、

向こうからお疲れさまですといわれ、返事をする前にエレベーターに乗り込んでしまった。


これからまた違う会議に出席する八雲課長と別れて次のエレベーターを待つ。

エレベーターホールの鏡が、自信をもって昔より少しだけ綺麗になった私を映し出していた。




評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ