僕の非日常は、誰かの日常。
僕は今、未だかつて感じたことのないGを感じている。
思い出すのは小さなころに家族といった遊園地のジェットコースター。しかしそんなものとは比にならない浮遊感。内側から縮こまるような脳の中、思い浮かぶ言葉は「死」「恐怖」。なぜこんなことになったのか。どうして。なぜ。どうして。
『そのような質問に対する返答を私は持ちえません。』
僕の神経を逆なでする言葉が脳に直接響くように聞こえる。
『アーマーのシステムをオート・バトル・モードへと移行しますか?』
「わかった!はいだよ!はい!なんでもいいから何とかしてくれ!!」
『了。システムオーディン。オート・バトル・モード移行。戦闘を開始します。』
僕はこれからどうなるのだろうか。高速で落下するこの風圧でさえ僕の迷いはまだ振り払えない。
僕のような機械好きにとって、新しいガジェットを開封することはこの上なく幸福な瞬間だ。
まるでクリスマスの朝に枕元にあるプレゼントのラッピングを剝がすがごとく、梱包を破壊する。
その作業は雑で荒いしぐさに見えつつも化粧箱は傷つけないように気を付けられていた。
そして箱の中からお目当ての品が出てくる。
「これこれ!このために数か月欲しいものも我慢してバイトを頑張ったんだ!」
そこにあるのは一組の靴。
しかしそれは靴というには付属物が多かった。まるで甲冑のような風貌をしていた。
「テクノパワードブーツ!!やっぱりかっこいいなぁ」
それは軍の手を離れ、官営オークションに出品されていた物だった。
動力源を外付けのバッテリーに変換することで民間人でも扱えるようにカスタムされたテクノブーツ。
これを競り落とすのに苦労した。次回の官営オークションにテクノブーツが出品される。
その噂は僕の入っている機械系のSNSコミュニティの間を亜音速で駆け巡った。
皆競り落とすための資金繰りをはじめ、それに習うように僕も資金をかき集めた。
それでもようやく買えたのは五足出品されたうちの、一番年代の古い型式のものだった。
「でもやっぱりちょっとボロいなぁ、いやいやでもでも!買えなかった人の心よりはボロボロじゃないや」
競り落とせただけ幸運だと自身に言い聞かせ、充電を始めた。
小一時間後、充電中のマークが消える。この一時間はまるで一週間のように感じた。
さっそく装着する、しかしそれは青年の足に対してはるかに大きく感じる。
しかし青年は迷いなくブーツに脚を入れる。
そうすると内部の人工筋肉が収縮をはじめまるでその人に誂えたかのようにフィットした。
「おお!すごいなぁ!まさかテクノブーツを履ける日が来るなんて!感動だよ!」
すぐに家をでる。
こんなものを履いて家の中をうろうろするだけだなんてそれこそ罰が当たる。
さっそく親友に連絡をする。電話をかけるようバディAIデバイスに頼む。
「もしもし和弥?今からお前んち行くわ!そう、あれ届いたんだよ!すぐに見せてやるからな!」
まさに浮足立つ気持ちで二階の窓から僕は思い切り飛び降りた。
浮遊感、高層階行のエレベーターに乗ったような感覚そして。
落下。着地。来る衝撃。
本来であれば踵骨や脛骨への大きなダメージが予測されるが、
その予測とは裏腹にストンと極めて小さい衝撃で着地する。
「マジかマジか!コレ超楽しいぞおい!」
テンションが上がりいつもよりも速足で歩いている。
いや、ブーツのアシストにより本当に早くなっているのだ。
そのままアシストされた足で、フェンスを飛び越え、路地裏を駆け、ビル街を疾走した。
なんて気分がいい。今日は吉日だろう。
そんな思考が光と爆風により吹き飛ばされる。
目の前のビルがいきなり爆発した。腕のデバイスからは警告を告げるアラートが鳴っていた。
「は?」
嘘だと、そう思った。しかし目に焼き付いた光、熱風がそして、飛んできて足元に転がった誰のものかもわからない腕がそれは嘘でも何かの撮影でもないことをいやでも理解させた。
「うっ、おえぇ、な、なんで」
反射的に吐瀉物が吐き出された。
逃げる?どこへ?今は誰が何をしている?自分は何をすれば?
完全にパニックだった。
「あ、け、警察!つ、つ通報しなきゃ」
そう考える刹那。遠くの陰から飛び出す者たちがいた。
「あれは警察の公式アーマー!」
良かった。希望が見えた。あとはここを離れるだけ。
光。熱風。轟音。粉塵。
後ろからも聞こえるそれらがここを離れることを拒む。
前門では戦闘、後門では爆発。
腰が抜けた。こうなってしまってはもはやブーツなんかのアシストは意味がない。
這う。死にたくないの一心で這う。
なんとかビルの陰に隠れる。
しかしそこには先客がおり。
「隊長、生存者発見。アシストブーツつけてるけど、警察とか軍の人間じゃ無さそう。」
急な声、そしてアーマー。それらに対して僕は恐怖から言葉すら出てこない。
この人たちが犯人ではないことを祈りながら、言葉を紡ごうとする。
「あ、そ、そのあなたは」
餌を求めるコイのようにパクパクした口からようやく絞り出した言葉に返事はない。
「え?連れてくの?ほんと?分かった。見られちゃったもんね。」
嫌な予感しかしない。こういう時の嫌な予感はたいてい当たるのだ。
「てなわけであんたのこと連れてくから、抵抗は、まぁしないでね。」
逃げなければ、ここを離れねば。しかし思考と体の動きが同期しない。
「ま、待ってください!このことは他言しません!どうか、どうか家に帰してください。お願いしますぅ!」
「はいはい、じゃあ行きましょうねー」
声の質感から恐らく彼女?と思しき人物に無視され掴まれ抱えられる。人ならざる力を感じ、抵抗すら許されなかった。
「ほいじゃ、これ被っててね。」
雑にマスクを付けられ、浮遊感を感じる。ブースターの噴射音とともに地上からどんどん離れていく。
日常とは、つまらなくもだらだらと続くものだと考えていた。少しの楽しい時間と、その他の退屈な時間。不満があってもそれなりに幸せで、明日も生きていこうと思える日々。そしてそれはこんなに簡単にはなくならないと思っていた。
しかしそんな思いと僕の日常は、飛翔し遠ざかるビルとともにガラガラと音を立てて崩れたのだった。




