01 不思議な女中
崖の上から、ある里を見下ろす女がいた。
長い黒髪はひとつに結ばれ、風になびいている。
彼女の名は、さや。
歳は若いが、払い屋である。
さやは眉間にしわを寄せ、錫杖を握る。
「妙な気が流れている……少し調べてみるか」
そして錫杖をひとつ鳴らし、さやは歩きだす。
里に着いたさやは、ある武家屋敷の前にいた。
「ここが一番、邪気が強いな……」
「どうかされましたか?」
さやは、じっと屋敷を見つめていた。
すると、突然声をかけられる。
さやが振り向くと、おさげの女が立っていた。
桜柄の和服を着ており、柔らかな笑みを浮かべている。
それと、買い物帰りであろう、手には袋を持っていた。
女は微笑み、屋敷を指さした。
「私、ここの女中をしているのですが、なにかご用ですか?」
「あぁ、実は……」
女に近づき、さやは小声で話した。
「ここの主人に、ある依頼をされて来たのです」
「あら、そうでしたか」
「そういうあなたは?」
「私は、さくらと申します」
「私の名は、さやです。払い屋をしています」
「払い屋……」
『払い屋』という言葉に、さくらの顔がこわばる。
それを、さやは見逃さなかった。
「おや、顔色がすぐれませんが」
「あっ、すみません……」
「なにか困りごとがあれば、言ってくださいね」
「……ありがとうございます」
さくらは、ゆっくりと頭を下げた。
そして顔を上げると、さやに微笑む。
「どうぞ、中へお入りください」
「おや、いいのですか?」
「えぇ、ご案内致します」
さくらは扉を開け、中へと促した。
少し辺りを警戒しつつ、さやは中へと入っていった。
中に入ると、長い廊下が続いていた。
さくらは、無言で前を歩いていく。
さやも後から続くが、ふと考えを巡らせた。
あの時さやは、一度屋敷の周りを確認していた。
それから、屋敷を見つめていたのである。
さやが確認した時は、人の気配などなかった。
それどころか、屋敷の前は、誰も通っていなかったのだ。
なのに、突然さくらに声をかけられた。
そのことが、さやは引っかかっていた。
「さくら、ちょっとおかしなことを聞くが」
「はい、なんでしょう」
「この屋敷で、妙な事件などなかったか?」
すると、さくらの足が止まった。
「知りませんわ」
前を向いたまま、さくらは答える。
しかし、その声色は冷たかった。
そして、また歩きだした。
さやは、さくらの変化に驚き、立ち止まっていた。
「なんだ、一瞬気配が変わったような……」
警戒を強めたさやは、足早についていく。
すると、突然さくらが振り向いた。
「こちらの部屋を使ってください」
「あぁ、ありがとう」
「では、私はここで失礼します」
さくらは一礼すると、さやの横を通り過ぎる。
「あっ、まだ話は……」
さやが振り向くと、さくらは角を曲がろうとしていた。
急いで追いかけ、さやも角を曲がった。
しかし、さくらの姿は、どこにもなかったのだ。
「あれ、確かこっちに曲がったはずなのに」
そこは長い廊下があり、左右は壁だった。
つまり、人が隠れられるはずがないのだ。
それなのに、さくらは音もなく消えた。
「あの娘……まさか、な」
「あのー……」
さやが考えていると、また声をかけられた。
振り向くと、小柄な少女が立っていた。
その少女もおさげであり、さくらによく似ていた。
しかし、和服の柄は、百合の花が描かれている。
「なにか、ご用でございますか?」
「あぁ、ここの主人に依頼されて来たんだが、主人はどこかな?」
「ご主人様は、ただいま出かけられております」
「おや、そうだったのかい」
「もう戻られると思いますので、こちらでお待ちください」
「わかった、ありがとう」
部屋に促され、さやは中に入った。
「私は、女中のゆりと申します」
「私は、さやだ」
「さや様、なにかご用があれば、なんなりとお申し付けください」
ゆりはさやに一礼すると、立ち上がってどこかへ行ってしまう。
残されたさやは、浅く呼吸をする。
「あっさり、中に入れたな」
そして、部屋を見回した。
「しかも、ここが一番邪気が強いじゃないか」
『お前が払い屋でなければ、ただでは済まなかっただろうな』
突然男の声が響き、さやは笑みを浮かべる。
「青竜、もう出てきていいぞ」
すると、さやの前に、無数の光の球が集まってきた。
やがて、それは人の形になっていく。
姿を現したのは、青い髪に、鹿の角を生やした男。
しかも、着流しで、右目に眼帯をしている。
彼の名は、青竜。
さやの式神である。
青竜は腕を組み、さやを見下ろしている。
その顔は、しかめっ面だった。
だが、さやは気にせず話し始めた。
「すまないが、少し辺りを見てきてくれないか」
「……」
青竜は、じっとさやを睨みつけていた。




