7.アルトナーの娘
ディルクは十歳を迎え、身長が伸び、体つきもしっかりしてきた。
相変わらず周囲には魔力なしと蔑まれ理不尽な暴力を受けているが、その内実は違う。
母に師事して魔法を学び、体内に宿る魔力の扱いにも慣れ、前世と異なり、簡単な強化魔法と元素魔法なら使えるようになった。
銃剣魔法使いは、銃術、剣術、魔法の三つをバランスよく学ぶことが重要だ。その三つが相乗効果を生みだし、大きく成長に貢献する。回帰前に、銃術と剣術は嫌というほど学んできたディルクは、今、魔法を学ぶことに一番時間をかけていた。
ちなみに銃剣魔法使いにのみ伝授される刻印魔法は、元素魔法とはまた違った知識が必要で、それはガンソード・マギアの契約者にしか伝授されない。
「兄さまー、お昼だよー」
妹のライラの声を聞いて、ディルクは、木の上で風を感じ取っていたのをいったん遮断する。
ここは、本邸の裏山である。
練武場とも離れた位置にあるし、獲物も少ないことから狩人が訪れることもない。
魔法を暴発させてしまうことも多いディルクにとっては格好の実践場所であった。
「ありがと、ライラ」
ディルクは木から飛び降りると、妹と昼食をとるために、近くの開けた斜面に敷布を広げた。
「──ね、兄さま、どんなことできるようになった?」
「うーん、火、水、風、土の単体は自由に出せるようになったところかな。でも、それをすばやく状態変化させるのが難しくて」
「変化?」
「ああ、火なら、温度を上げて青くするし、水なら凍らせたり……」
「あ、これ?」
言うとラウラは、すぐに空気中に水を出しそれをパキン、と一瞬で凍らせて見せる。
「うっ、負けたー。すごいな、ラウラ」
「へへえ。兄さまより魔法歴は長いもん。水だけは負けないよ」
(こういう感覚的なところが、魔力と一緒に育ってこなかった俺の弱点だ)
ディルクは、理論で突き詰めて理解しないと、魔法を再現できそうにない。
八歳まで魔力が封じられていたことが、魔法学習においてこれほど不利になるとは思っていなかった。
「でも、兄さまは、元素魔法が全部使えるし、魔力量がすごいもんね! 母様もびっくりしてた! 父さまよりも多いかもって! 試しの儀で大切なのは魔力量だから、きっとすごいガンソード・マギアを契約できるよね」
ディルクは、妹の期待に満ちたまなざしに何と言おうか迷う。
「いや、ラウラ、その、だな」
ドオオオンッ!
最後のサンドイッチを口に押し込んで、ラウラに意を決して話しかけた時、その音が響き渡った。
続いて、バリバリバリッと空気を割るような衝撃音が森中に響き、鳥たちが一斉に飛び立つ。
「何⁉ 雷みたいっ」
「いや、晴れてる。きっと誰かが雷の魔法を使ったんだ」
鳥たちが一斉に飛び立った方角だろう。
「ラウラ、このまま家に戻って、誰か人を呼ぶんだ。兄さんは、様子を見てくる。けが人がいたら大変だ」
「うんっ」
ディルクは、音のする方へ走りながら、すっかり相棒と化したアデリアを呼び出した。
「おい、アデリア、いるんだろ! こんな面白いこと、お前が見逃すはずないもんな」
『ふん、我をなんだと思っておるのじゃ、我が契約者は。まあ、その通りなんじゃがな』
「で、何が起きてる?」
『我を遠眼鏡に使おうなどあつかましい……ほう、ほほう』
「顔がにやけてるぞ、しゃべりたくて仕方ないんだろう。さっさと吐け!」
『ふむ、これは。どう料理したら面白いかのう』
「面白くなくていいだろ! というかそんな悠長なこと言ってられる話なのか、これ」
ディルクの向かう先からは、鹿、イノシシ、ウサギ、多くの動物たちが逃げてくる。
向かう先には、何があるのか、あるいは「いる」のか?
走り続けるディルクの眼前で、不意に森が途切れ、辺りが開けた。
(なんだ、あれはっ)
シャーッ!
開けた草原の先。
その音を発しているのは、巨大な白蛇だった。
そして、ディルクに背を向けてその白蛇に対峙しているのは──。
≪雷の鉄槌≫
身の丈よりも長い、中心に大きな緋色の宝玉を埋め込んだ錫杖を構えたのは、艶やかな緋色の髪をなびかせた少女だった。
十歳くらいだろうか。ディルクと同じくらいの年齢だ。
(アルトナーの錫杖魔法か)
母よりも鮮やかな赤の髪を、ディルクは初めて見た。
少女は、構えたロッド・マギアを優雅に動かし、中空に描き出した魔法陣から、雷の魔法を呼び出した。
ドゴオオオオオン!
雷の魔法が蛇を直撃する。
しかし、蛇が動きを止めたのは一瞬だった。
少女は、蛇の足止めをあきらめたのか、こちらに向き直ると走り出す。
≪身体強化≫も使っているのだろう。その速度は、普通の十歳の少女のものではない。
「逃げて!」
ディルクに気づいた少女は叫ぶ。
『助けてではなく、逃げろとは、なかなか気丈じゃな』
「ああ、悪くない。≪身体強化≫」
ディルクは、背中から銃を下ろして構えながら、蛇の脇に回り込むように走る。
ダン、ダンッ!
今年からディルクも銃を扱う許可が下りたのだ。もちろん、魔法は使用できない。──表向きには。
「こっちだ‼ きやがれ、ウスノロ!」
シャーーーッ‼
更に弾丸を打ち込むと蛇のヘイトは完全にディルクの方を向いた。
残念なことに、全くダメージにはなっていないようだが。
ディルクは銃をしまうと剣を取り出す。
牙を向いて突っ込んでくる白蛇をサイドステップでかわすと剣を突き出した。
ガガガガッ。
剣で蛇の脇腹をなでたが鱗の表面を削っただけだ。
「ちっ、全然ダメだな。おい、これ、どうにかなるのか?」
『ふふん、白蛇には、弱点があるんじゃよ』
「早く言えよ」
『ほう、教えてほしいか、ならば我を……』
「崇めも奉りもしねえよ! てめえ、俺が死んだら困るんだろ!」
ブンッ!
「ちっ! ≪身体強化≫」
白蛇の尾が振られ、重ねがけした身体強化のガードの上からディルクを吹き飛ばした。
飛ばされたディルクの体がバキバキと数本の木をなぎ倒す。
「おい、早く吐け!」
『はああ、こういうのは、戦いの中で気づいて成長しなければ意味があるまいに』
「その前に死ぬ!」
アデイラは仕方ない、と言いながら片眼をつぶる。
『目じゃよ。目に、雷撃を載せて打ち込め』
「雷⁉ 水と風の上位魔法じゃねえか! 無理だろ」
ディルクは下位魔法しか使えない。
『無理? 誰が決めたのじゃ?』
朱の瞳が、楽しげに細められる。
『雷はな、氷の粒や水滴が、風で激しく衝突し、分裂することで起きる』
アデリアの言いたいことを、ディルクは理解するが、理解したがゆえに、理性が無理だと告げてくる。
けれど、「理性は」だ。
幸い、吹っ飛ばされたことで、先ほどの少女とは、だいぶ遠い位置にきた。
騎士団も来るかもしれないが、まだ時間があるだろう。
要するに、今ならば、──「誰も見ていない」
「いいだろう、やってやる!」
『それでこそ、我の契約者だ』
「──水」
『そうだ、水滴よりも、霧よりも微細に』
「──風」
『激しく、渦巻く嵐のように』
水と風が、ディルクの中で形をとり、イメージの世界から、現実へと具現化する。
何かをつかみかけた、と思った瞬間、頭の上から大量の水が降ってくる。
そしてその後、吹き付ける突風で吹っ飛ばされた。
完全なる自爆である。
『まあ……鍛錬あるのみじゃな』
「っくしょうっ!」
しかし、鎌首をもたげた白蛇は、ディルクの失敗を待ってくれない。
威嚇の音を発し、ディルクの方へ向かってこようとしている。
その時、ふと、蛇の視線が、ディルクから外れた。
蛇の視線の先にあるものに気づき、ディルクは愕然とする。
「なっ、ラウラ、なんでここにっ」
先ほど別れたはずのラウラが、蛇の視線の先にいた。
白蛇は、ゆっくりと、幼い少女の方に近づいていく。
少女は、魅入られたように動くことができない。
そして、白蛇は、二つに割れた赤い舌と、鋭い牙の生えた口を大きく広げた──。




