3.序列八位の銃剣魔法
建国の八家とは、このヴァルト王国の建国時、国を支えた八つの家門のことだ。
八家は王家より公爵の爵位を授けられ、それぞれの家に二十の古代魔法武具が与えられた。
盾・鎧・剣・槍・銃・弓・錫杖魔法・銃剣魔法。
各家は、以降独自のルールをもって、古代魔法武具を後世に残し続けている。
◇◇◇◇◇◇◇
「≪形態変化≫」
刀身に刻まれた魔法刻印を起動させると、オスカーが抜き放ったガンソード・マギアは、淡い光を放ち、その形を剣から銃へと変えた。
腕の長さほどの黒い銃身には、複数の魔法刻印が刻み込まれている。
序列八位のガンソード・マギア<影>──オスカーの、「今の」ガンソード・マギアだ。
「≪水の弾丸≫」
唱えると同時に、銃身に刻まれた魔法刻印の一つが光を放ち、水の弾丸が放たれた。
ディルクが左へ逃げると、そのすぐ脇を弾丸がかすめる。
「≪水の弾丸≫」
「うわああ」
ディルクは叫び声をあげると、今度は、目をつぶって与えられた木剣を無様に振りまわした。
修練用の弾丸はディルクの剣に当たり、バシャッと水になってディルクの顔を濡らす。
その水は、ディルクの顔が泣き顔に見えるよう、一役買ってくれている。
ディルクは、オスカーに裏庭にある練武場に連れていかれ、稽古という名の罰を受けている。
先ほどから、泣きわめきながら木剣を振り回し、必死に逃げ回るという情けない姿をさらしている。
練武場には、宴会に参加するファルケハインの騎士たちが、時間を持て余して見学に来ていた。
オスカーは、現当主の長男だ。
若干十歳の時に、試しの儀で序列八位のガンソード・マギア<影>を得たオスカーは天才として皆に期待されていた。
次世代の当主を一目見ようと皆が集まっているのだ。
ディルクは、怯えた表情の裏で、冷めた思考を巡らす。
(そろそろ、派手に負けてやらないとな。お前の望む形で終わらせてやるよ、オスカー)
ディルクがこの回帰で望んだことは、ラウラと母の命を救うことと、オスカーへの復讐だ。
そのためにすべきことの道筋は、未だ立っていない。
今は、母と妹はこの家以外に行くところはないし、ディルクの魔力も全くない状態だ。
オスカーの言っていた呪いのためだろう。回帰してから呪いを解く手段を見つけるため書庫に忍び込んだりしてはいるが、全く手掛かりはない。
オスカーの言った通りだとすれば、ディルクの母は呪いを解くために正妻であるオスカーの母と何らかの取引をしているはずなのだ──それこそ命を縮めるような取引を。
(母の死まであと一年)
まずは、呪いを解き、母の命を守らなくてはならない。
それまでは、けして周囲にディルクの望みを悟らせてはならない。
この家で息をひそめ、復讐の思いを隠して、その牙だけを研ぎ澄まさなければならない。
たとえドブネズミのような扱いを受けたとしても。
「坊ちゃん、そんなの早くやっつけちまってくださいよ」
「ああ、待ってろ! ≪形態変化≫」
周りの兵士たちの無責任なはやし声に応えるように、オスカーは、構えたガンソード・マギアを剣へと形態変化させる。
オスカーが剣で踏み込むのに対し、ディルクが木剣でかろうじて防いだ──かのように見せる。
(こんなものなのか、オスカーの力は。この程度の力しかないのに、俺はオスカーにただの一度も勝てなかったのか)
いや、それこそが魔力持ちとそうでない者との差なのだろう。
銃剣魔法使いの成長は、魔力と剣術、銃術の掛け算だ。回帰前の魔力を封じられたディルクでは、オスカーと同じ土俵にすら上がれなかったのは当然だった。
(だけど、今のオスカーはまだ成長する前だ)
そして、今のディルクは、この年の子どもに比べて段違いの強さを持っている。回帰前に培った剣術、体術が自分の中で生きているのがわかる。
序列八位のガンソード・マギアを持っているとはいえ、実戦経験のないオスカーなど相手にならない。
(そろそろ終わりにする)
あとくされなく終わらせるため、オスカーから余計な目を付けられないためには、オスカーを満足させる方法で「負けてやる」必要がある。
オスカーが袈裟懸けに切りつけようと、ディルクの元へ走りこみながら剣を振り上げる。
「無様すぎるだろ! 反撃して見せろよ。赤犬」
(馬鹿か? あんな大きなモーションで)
でもパフォーマンスにはちょうど良いのも確かだ。
ここで、ディルクが、頭を切られればいい。
頭は、傷が浅い割に血が多く出る部位だ。
そこそこ切られて、けがをして寝込んだことにしておけばこの夏に始まる地獄のようなオスカーの「遊び相手」にも任命されないかもしれない。
オスカーの剣がディルクの眼前に迫る。
ディルクは、目をしっかりと開けて、切られる「深さ」を調節しようとした。
キイイインン。
が、オスカーの剣がディルクに届くことはなかった。
「そこまで」
ディルクの目の前で、オスカーの黒剣が、さざ波のような輝きを放つ青銀の剣に受け止められていた。
(序列二位のガンソード・マギア<漣>)
ディルクの前に立っていたのは、肩までの鮮やかな金髪が印象的な、整った美貌の青年だった。この男が見かけ通りの人物でないことは、その地位からも明らかだ。
カール・ファルケハイン。オスカーとディルクの叔父。二十代前半のこの男は、ファルケハイン騎士団のナンバー2だ。
(この男がいるということは……)
ディルクが視線を巡らせた先には、ファルケハイン家当主であるテオドール・ファルケハインの姿があった。
金の短髪のこの男は、カールよりも一回り体格が大きい。がっちりとした筋肉の鎧で固められた重装歩兵のような体つきのテオドールは、腕組みをしたまま、鋭い眼光で場を見下ろしていた。
「すごいなあ、さすがオスカーだ。このパワー、十三歳とはとても思えないよ。ただ、兄弟げんかはほどほどにね」
「……叔父上」
オスカーは、止められたのが面白くなかったのか、あるいはディルクと兄弟と言われたのが不満だったのか、不愉快そうに眉を顰めるが、すぐに顔をあげた。
「父上、おかえりなさいませ」
そして、顔を輝かせると、当主である父の元へと駆け出していく。
「やれやれ、オスカーはちょっと大人げないね。兄弟でもっと仲良くすればいいのに」
「オスカー様は、俺を弟とは認めていませんから」
「寛容さも当主の資質としては重要なのに。困ったなあ」
ちっとも困っていそうではない。それどころか面白がっている。
回帰前は気づくのに時間がかかったが、この男は快楽主義の刹那主義者だ。
今の発言も、ディルクやオスカーのことを慮っての発言ではない。
「それよりも、ディルク。君もすごいね。剣で切られる瞬間まで目を閉じないなんて」
「……怖くて、目を閉じられなかっただけです」
「ふうん。そうだったんだ」
(何か気づかれたか?)
ディルクは、叔父とこんな風に話すのは回帰後では初めてだったと気づいた。
油断ができるような相手ではないのに、気安すぎたと反省する。
「じゃあ、またね、ディルク」
カールはそう言うと手を振りながら立ち去っていった。
「兄さま!」
「ラウラ」
「ごめんなさい、ごめんなさい、ラウラのせいで」
「こんなの全然大したことない。お前のために、俺が何かしてやりたかっただけなんだから」
ディルクは泣きじゃくるラウラの頭を恐る恐るなでながら、今日一番のピンチだと焦るのだった。
練武場での騒ぎの後、数日がたった。
深夜になっても寝付けず、ディルクは、自分の部屋のベッドの上で考えを巡らせていた。
ディルクは、自由時間に、皆に隠れて回帰前に培った剣術や体術の訓練をしたり、本邸の書庫に忍び込んで呪いに関することを調べたりしている。しかし、訓練はいいが、呪いの調査に関して進展はない。そもそもファルケハインは、建国の八家のうち、魔法系の家系ではあるが、秀でているのは門外不出となっている刻印魔法だけで、魔法力もそもそも大したことはない。
(ファルケハインの一族が扱うような魔法ではないのかもしれない。だとすれば、母さんに聞いた方がいいのか)
できるなら自分の力で、と思っていたが、回帰前も含めてディルクには魔法に関する知識は全くなかった。
ディルクの母は、建国の八家の一つ、ロッド・マギアのアルトナー家傍系の出身だ。アルトナーで教育を受けた母は、きっとディルクよりはるかに多くの魔法に関する知識を持っているはずだ。
母に聞くのは、ディルクの回帰のことも説明する必要があるかもしれないとためらっていたのだ。
でも、手詰まりの今、そんなことも言っていられない。
ガタン。
その時だった。
不意に聞こえた出入口からの不審な物音に、ディルクは体を起こす。
カーテンの隙間から外を見ると、黒いマントをまとった人影が、家から出ていくのが見えた。
「母さん?」
◇◇◇◇◇◇◇
その日の深夜、ディルクの母マヌエラはすっぽりと体を覆うローブをまとって、家を出た。
本邸の裏口から中に入る。
暗い地下への階段を降り、その部屋の前で待つ。
これから始まることを思い、マヌエラはぎゅっと洋服の上から心臓を押さえた。
かつん、かつん、と廊下の奥に響く足音に、マヌエラは頭を下げて静かに待つ。
足音は、マヌエラの前で止まった。
「入りなさい」
「はい」
顔を上げた先にいたのは、オスカー、そしてオスカーの母であるファルケハイン公爵夫人クリームヒルトだった。




