11.試しの儀
その日の朝、ディルクは、母が準備してくれた礼服に袖を通した。
なるべく目立たないようにはしたが、昨日オスカーに痛めつけられた傷痕は隠せない。
ラウラは、ディルクが白蛇から自分をかばったせいでこんなことになってしまったのだと落ち込んでいる。騎士団を呼びに行った後、状況が気になって現場に戻ってしまったのだ。
「心配してくれたんだろ。お前のせいじゃない。あれは仕方なかった」
「うん……。兄さま、今日は、どうするの?」
「安心しろ。うまくやる」
ディルクは、ラウラの頭をがしがしと撫でた。
玄関まで見送る母の顔も不安げだ。
「母さん、大丈夫だよ。予定通りやるだけだから」
「ええ、後から見に行くわね」
ディルクの母とラウラも儀式の見学をすることは許されているので、回帰前と同じく、会場の隅でディルクの姿を見ることになる。
入念に練った計画の第一歩が今日だ。
ディルクがは離れから本邸に向かう道へと足を踏み出した。
◇◇◇◇◇◇◇
試しの儀の控室には、既に三十人ほどが集まっていた。
(参加者は回帰前と同じだな)
試しの儀は、五年に一度。
ファルケハイン家に伝わる試しの石で魔力の量を測り、その総量から序列を決める。
そして、その序列に応じたガンソード・マギアを当主から受け取り、契約を行うのだ。
序列は五年に一度変わるため、ガンソード・マギアは一度、全て返還することになる。
参加者は既存の二十人の序列者と、十代の子供たちが中心の十人ほどだ。
魔力は大人になってから増えることはないので、子ども時代に試しの儀に落ちたものが改めて受けることは、基本ない。
(オスカー、ワルサー、グンター。それから分家のルペルト)
回帰前に序列を得た十代の若者は、この四人だ。
オスカーが十五歳で二度目の参加。
ワルサーとグンターは、十四歳で今年初めての参加。
ルペルトとディルクは、十歳で今年初めての参加となる。
ディルクが魔法力を持たないことは、皆が知っている。そして、ディルクの母が不貞を疑われているため、一族の大人はディルクを基本無視する。
回帰前は、この時すでにディルクの母は亡くなっていた。ディルクが魔法力を示せなかったことで、家から追い出そうと言う動きもあったが、ラウラが魔力持ちだったため、お情けで使用人扱いとして家に留め置かれることになったのだ。
状況は回帰前と同じだったので、一族の者は誰もディルクに目を向けようとしない……はずだったが、一人、叔父のカールがディルクに近づいてきた。
「やあ、久しぶりだね、ディルク」
序列二位のガンソード・マギア<漣>を預かるカールは、本邸襲撃事件の後、ディルクに興味を示しかけたこともあったのだが、その後はすっかり干渉されることがなくなっていた。
いったんごまかせたと思っていたのに、今日はいったい何なのか。
「お久しぶりです、カール様」
「白蛇がこの近くに出没するのを許してしまった。邸を騒がせたようだね。申し訳なかった」
「いいえ。とんでもありません。俺は、特に何もできませんでしたので」
「おや、そうだったんだ」
肩まである鮮やかな金髪を揺らすこの青年は、何を考えているのかいつも今一つ読めない。
ディルクの頭をなでると、カールは、ディルクの耳元まで顔を近づけた。
「じゃあ、お姫様はいったい何を見たんだろう?」
「……っ」
整った美貌に笑みをのせると、カールはディルクの肩をぽんぽんと叩き、顔を上げた。
「がんばりたまえ。緊張しないようにね」
その後ろ姿は、叔父が甥を激励しているようにしか見えなかった。
「おい、赤犬、お前、あのガキをたぶらかそうとしたらしいな」
カールが去った後、ディルクの前に立ちふさがったのは、オスカーとグンター、ワルサーだった。
ガキというのがフィーネのことだというのはすぐにわかった。
赤犬という蔑称が、彼女自身のこともけなしているのだと、オスカー自身は気づいているのか。
回帰前に、アルトナー公爵家の娘がオスカーと婚約したという事実はない。
(どっちにしろ、あいつはお前のものにはならねえよ)
ディルクの介入など、些事でしかないのだ。
ディルクは沈黙を保つ。
「おい、アルトナーの女は俺に尽くすためにいるんだ。お前、手を出すなよ」
カッと頬に熱が上る。
握りしめた指が手の平に食い込む。
ぎりっとかみしめた奥歯から血の味がする。
下を向き、殴り飛ばし、這いつくばらせ、母とラウラに許しを乞わせたいという衝動を押し殺し続けるしかなかった。
(こいつから母さんとラウラを守るために、俺は、当主になる──ならなければならない)
ディルクの沈黙を諾ととらえたのか、オスカーは、蔑むような視線を残し、グンターとワルサーを従えて去っていった。
試しの儀が始まる。
ファルケハイン公爵家の式典会場では、ひな壇の壇上に試しの石が設置されていた。
建国の八家に、古代魔法武具と同時に配られたこの石は、魔力の総量を測っているらしい。
明確に序列化するため、何世代か前に、光り方を数値化する仕組みが組み込まれた。当主とその後継者のみにその仕組みは公開されているらしい。
ちなみに、今現在、当主はディルクの父、テオドール・ファルケハイン。
後継者は、本家の長男となるのが通例だが、オスカーがまだ成人していないため、叔父のカールが一時的にその座についている。
試しの儀は、まず、ガンソード・マギアの返還から始まる。五年前の試しの儀で序列を受けた二十名が壇上に立ち、ガンソード・マギアを返還していく。五年前の契約を解除するのだ。
序列一位テオドールの<絶>、序列二位のカールの<漣>……。序列八位のオスカーも<影>を返還した。
ガンソード・マギアは、銃と剣の形態を刻印魔法で変化させることができる。基本形の剣の形態で次々に壇上のガラスケースに収められていく。
しかし、最後に一つだけ、銃の形態で返還されるガンソード・マギアがあった。
「今回も扱いきれなかったみたいだな」
「最下位のくせに面倒なガンソード・マギアだな」
すぐ隣にすわる、グンターとワルサーがそんなうわさ話をしている。
理由が気になったが、ディルクがこの二人にそんなことを聞けるはずもない。考えても仕方ないため、ディルクはすぐに壇上に意識を戻した。
ひな壇上の並んだ椅子に座った参加者は、試しの石に触れ、順番に魔力を測定していく。
父のテオドールから始まり、ガンソード・マギアの現在の序列者が順番に石に触れていく。
父のテオドールが触れると、鮮やかな白光が会場中、目も明けていられないほどに広がった。
白光の強さと魔力の量は、比例する。
その光の強さに会場の人々から感嘆の声があがる。
テオドールはさも当然というように、席に戻る。
叔父のカールも、テオドールに次ぐ魔力量だ。
そして、第八位のオスカーの際は……強い白光が会場にあふれた。
明らかに、前の数名よりも強い白光に、会場が湧いた。
(カール様の次だな。序列三位ってとこか)
回帰前も、オスカーはこの試しの儀で序列三位の位置にいた。
回帰前より魔法の感知能力が格段に上がったディルクには、オスカーの魔力を子細に感じ取ることができた。
序列二十位までの試しが終わると、その後は、十代の子どもたちの番だ。
次代の有望株が誰なのか、見極めようと皆必死だった。
試しの石に触れ、子どもたちは次々に自らの力を示す。
(ワルサー、十五位、グンター、十六位だな。ルペルト、……十八位)
そして、参加者の一番最後。
──ディルクが壇上へと、立つ。




