10 偽りと涙
ディルクは、オスカーに練武場に連れてこられた。
ここにはいやな思い出しかない。
「明日は試しの儀だからな。せっかくだから、少しでも、ガンソード・マギアを手に入れる可能性が上がるよう、稽古をつけてやろう」
練武場に現れたオスカーの姿に、いつかのように人が集まってくる。
試しの儀の前に目立ちたくなかったのに、とディルクは奥歯をかみしめる。
全ての元凶となったフィーネは楽しみで仕方がないというようにきらきらとした瞳でこちらを見つめてくる。
「あの女余計なことしやがって。助けなけりゃよかった」
『そんなこと、お前にはできなかったであろうに』
「黙ってろアデリア」
オスカーは、自分が赤犬と蔑んでいるディルクに間違えられたことがよほど気に食わなかったんだろう。
完膚なきまでに叩きのめすつもりだ、という気持ちが、表情ににじみ出ている。
「構えろ」
ディルクは昨年から与えられた銃を構える。弾倉に込めたのは、訓練用の塗料弾だ。
オスカーはガンソード・マギア<影>の銃床を肩に押し当てると、魔法刻印を起動する。
「≪貫通の弾丸≫」
ディルクはそれを聞いた途端に横っ飛びにそれを躱した。
背後の石垣が木っ端みじんに吹き飛ぶ。
(殺すつもりかよ!)
「ああ、間違えてしまった。すまないな。訓練用の弾丸に変更しよう」
明らかに、間違いではない。訓練中の事故として殺してしまってもいいとすら思っていたのだろう。
悪びれないオスカーの態度に、怒りを通り越して、憎しみが増す。
回帰前と同じく、オスカーはディルクの母から魔力拡張の施術を受けている。回帰前は母の死で二年前に終わったはずの施術は、母が生きていることで今も続いている。
オスカーの力は回帰前よりも明らかに上だ。
そして、その強大な力を、この男は年下の兄弟を殺すことに何のためらいもなく使うのだ。
(ありがとうよ。オスカー。俺は、お前を殺すことに罪悪感を抱かなくて済みそうだよ)
ディルクは、四年後に起こるモンスターウェイブの裏で、オスカーを暗殺する予定だ。
ディルクは、この男への憎しみと殺意をより強く心に刻んだ。
遮蔽物を盾にしながら、走り込み移動していくディルクの脇を、オスカーの訓練用の水の弾丸が、かすめていく。
ディルクが走りながら打ち込む塗料弾も、オスカーの左腕に朱の痕跡を残す。
さらに数発の銃弾をお互いに躱し、二人の距離が近くなる。
「≪形態変化≫」
オスカーは<影>の形態を銃から剣へと形態変化させる。
ディルクは、銃を投げ捨て、剣を抜き放つ。ガンソード・マギアを持てないディルクは、銃と剣、両方を装備して戦いに臨むのだ。
(≪身体強化≫)
オスカーに気づかれないように魔法をかけて<影>の剣を受ける。
(この剣に魔力を込めて戦えば)
きっと、オスカーといい勝負になる。もしかしたら、今のオスカーになら勝てるかもしれない。
けれど。
(今、ここで勝って、そのあとどうする?)
視界の端で不安げに見つめるラウラの姿が、回帰前の彼女の死の姿と重なる。ライラをもう二度と失うつもりはない。
ディルクが勝ったら、オスカーとその母で正妻のクリームヒルトは、ディルクをオスカーを脅かす危険人物と判定するだろう。
ディルクは殺され、そのまま、母とラウラも使いつぶされる未来しか見えない。
今は、ただ、ディルクが魔力を取り戻したことがばれていないから見ぬふりをされているだけだ。
(母さんとラウラの安全が確保できるまでは、俺は、まだ負け犬でいなくてはならない)
「≪炎の剣≫」
オスカーのガンソード・マギア<影>から炎をあがり、ディルクの持つ木刀を焼き切った。
そのままその剣は、ディルクに振り上げられる。
ディルクは、左肩に身体強化をかけて、オスカーの剣を受けた。
ディルクの体は吹き飛び、地面に叩きつけられる。
都合よく頭を切ったらしく、地面に血が広がる。
「これで終わりか、魔法も満足に使えないのか、興醒めだな」
フィーネは、倒れたディルクに駆け寄ってくる。
オスカーが、その様子に憎しみに満ちた目を向ける。ディルクは舌打ちしたい気分になる。
「ねえ、なんで? なんで反撃しないの? あの程度、あなたなら」
「黙れ」
低い、押し殺した小さな声で、少女に告げる。
(ふざけるな、これ以上俺に構うなよ!)
「俺はお前を知らない」
「そんなわけないよ。だってあのとき、よくやったって」
「あの白蛇を倒したのはお前だ。これ以上余計なことをしやがったらただじゃおかない」
「……でも、けがの手当てくらい、させて?」
「出ていけ。俺の視界から消えろ」
言葉に魔力を載せて、少女に明確な悪意をぶつける。
魔力の感受性の高い少女には伝わったのだろう。
その瞳から、大粒の涙があふれ出す。
少女はぐっと唇をかみしめると立ち上がった。
フィーネは、そのままオスカーに慰められながら、練武場を去っていった。
(くそっ)
幼い少女を傷つけた今、最悪な気分だ。
しかし、今のディルクには、母とラウラ以外の誰かを自分の懐に入れて守るだけの余裕など全くない。
◇◇◇◇◇◇◇
その日の深夜、ファルケハイン公爵邸に向かう一本道を、豪奢な馬車が滑るように進んでいた。
馬車灯だけを頼りに進むその馬車の前に、不意に、わき道から人影が現れる。
馬車は慌てることもなく、その人影の前に静かに停車した。
止まった馬車からは、一人の女性が降りてくる。
「あなたね手紙をくださったのは」
「はい。マヌエラ・エディンガーと申します。公爵夫人にお助けいただきたく、お手紙を差し上げました」
人影は、ディルクの母マヌエラだった。
決意を込めてマヌエラが相対する彼女は、──鮮やかな赤い髪をしていた。




