1. 復讐の誓い
「っ、かはっ……‼」
爆風で吹き飛ばされた体は、地面に叩きつけられ大地を転がった。
肺からは空気が奪われ、呼吸も、痛みのうめき声すらも上げることができない。
巻き上げられた土埃が徐々に収まると、地面に這いつくばったディルクの視線の先には、その人影が浮かび上がった。
「オス……カー」
「なあんだ、生きてるのか。しぶといなあ。魔力なしのくせに」
ディルクに侮蔑の言葉を投げたのは、腹違いの兄──オスカー・ファルケハインだ。
ヴァルト王国建国の八家の一つ、「銃剣魔法」を冠するファルケハイン公爵家の当主だ。
その肩では、今しがたディルクを攻撃したガンソード・マギアが、魔法の余韻である白金の輝きを放っている。ファルケハイン家当主にのみ許される序列一位のガンソード・マギア<絶>だ。
オスカーは口の端をゆがめてディルクを見下ろす。
金髪の巻き毛に、ほんの少し垂れた碧眼の甘いマスク。人好きのする優男とでもいうべき容貌だが、この男の本質はその外見とは似ても似つかない。
ディルクは、オスカーに憎しみの目を向ける。
「オスカー、……お前、なぜ……」
「は? なぜかだって?」
正直、この男に人間的な信頼感など全く持っていない。
殺されるかもしれない、そう思ったことは何度かあった。それほどの冷え切った関係だった。
だが解せないのだ。
──なぜ、今なのか?
「アー、ハッハッハア! そんなの少し考えればわかるだろう。それとも爆風で頭までイカれたか?」
貴族としての品性のかけらもないその笑い声は、貴公子としての表向きの姿からは想像もつかないだろう。けれど、これこそがこの男の本質だった。
ディルクは知っている。この男がどんな時にこんなにも楽しげに嗤うのか。
気付くと同時に腹の底がどっと冷えた。
「まさか……」
「あ、気が付いた? きっと正解さ」
「まさか、そんな」
──この男が楽しげに嗤う時。それは、人をどん底に陥れ、その絶望の様を目の当たりにする時……
「そう、お前の妹、死んじまったんだよねえ」
息ができない。
「嘘だ。ラウラは、嫁いで幸せに暮らしていると、手紙で……」
「ハッハッハア! そんなの信じたのかよ。あのじじい、女を痛めつけるのが趣味でさ。逃げ出す女が多くて困ってたんだけど、あいつはずいぶん、がんばったなあ。なんせ、大事なお兄様が人質に取られてたんだから」
「え?」
「まあ、死んじまうまでがんばるこたあなかったのに、馬鹿な女だ」
にっとオスカーの碧の瞳が、醜悪に歪む。
「お前たち兄妹、ほんと馬鹿。お互いに人質になってるのに気づきもしないでさ。こんな馬鹿どもと半分でも血がつながっていると思うと、虫唾が走る」
オスカーは、肩のガンソード・マギアを構え直すと、銃床を肩にあてて固定した。
「ってわけでえ、妹が死んだお前はいつ裏切るかわかんねえし、用済み──死ね」
ガンソード・マギア<絶>の魔法刻印が起動し、銃身が光を発する。
「≪貫通の弾丸≫」
オスカーが弾丸を放つ瞬間、ディルクは体を起こし、横っ飛びに体を投げ出した。
ディルクの脇を魔法によって貫通力の増した弾丸が通過し、背後の大木を真っ二つにした。
「オスカーーッ‼ 貴様ッ! 許さん、絶対に許さんぞっ」
ディルクを突き動かしたのは、怒りだった。
腰から抜き放った銃をオスカーに向け続けざまに三発放つ。
「はっ。魔力なしの弾丸なんざ怖くねえんだよ。≪風壁≫」
ガンソード・マギアの銃身に刻まれた多数の魔法刻印の一つが起動され、ディルクの弾丸をいとも簡単に阻んだ。
「見えるか、この銃身に刻まれた魔法刻印の美しさが。≪爆裂の連鎖≫」
刻まれた魔法刻印の一つがひときわ大きな光を放ち、その力を発動するべく、中空へと大きな魔法陣を描き浮き上がる。
「くっ」
至近距離での広範囲魔法だった。
ディルクは光がガンソード・マギアに再び吸い込まれる前に地を蹴った。
回避するために左に回り込むが、間に合わない。
銃身に光が吸い込まれると同時にガンソード・マギア<絶>から弾丸が放たれ、赤い炎がほとばしる。
オスカーを中心に半円を描くように大音量の爆裂が起こり、連鎖的に空間を埋め尽くす。
ディルクはよけきれずに右腕に爆裂を食らうが、焼け付く痛みを無視して再びオスカーに弾丸をたたきこむ。
「おお、なかなか筋がいいな──だが無駄だ。≪風壁≫」
魔法の風がディルクの銃弾を再び叩き落とした。
その隙にディルクは、剣を抜いてオスカーの懐に入り込む。
けれど、オスカーは余裕の態度を崩さない。
「≪形態変化≫」
魔法刻印を起動すると、彼の持つガンソード・マギア<絶>は銀の長剣へと姿を変える。
懐へと飛び込むディルクの剣を苦も無く受け止めた。
「ファルケハインでありながら、魔力を持たず、ガンソード・マギアに触れることすら許されなかったクズのお前ができる精一杯ってところだな」
「クズはお前だっ」
「負け犬はよく吠える。≪断絶の剣≫」
無機質な白光を放つ剣は、ディルクの剣をいとも簡単に折り、そのまま、返す刀で──ディルクの右腕を切断した。
「ぐあああああっ」
失った腕の付け根を抑えて、ディルクは地面に倒れこんだ。
「情けねえ。情けねえなあ。ああ、でも、そうだな、忘れていた。お前も初めはこうじゃなかったんだ」
「が、ああっ。があ」
「最後に教えてやるよ」
オスカーは、再び、妹の死を告げた時と同じ顔で楽しげに嗤う。
「お前がなぜ魔力なしのクズだったのか。──それは、お前の魔力は呪いで封印されてたからさ」
オスカーの爆弾のような発言にディルクは痛みも忘れて目を見開いた。
「おっ、いいねえ、その顔。その顔が見たかったのさ」
「誰、が……」
「お前、馬鹿か? 俺の母親に決まってるだろう。お前の母親は、魔力目当てで、魔力の高いアルトナーの没落貴族から妾として買われてきたんだ。魔力が高い腹違いの兄弟なんて邪魔なだけだろ?」
「俺の魔力は、お前たちが奪ったのか」
「ああ、そうさ。お前の呪いを解くため、お前の母親は、必死に俺たちに尽くしてくれたさ」
「なっ」
「そのせいで早死にしちまったけどな」
腹の底から再び憎しみと怒りが噴き出してくる。
「殺してやるっ。殺してやるっ」
「はっ。やれるもんならやってみな」
オスカーは、地面に転がったままのディルクの腹を蹴り飛ばした。ディルクの体は、血をまき散らしながら地面を転がる。
射殺さんばかりの怒りを込めてオスカーをにらみ上げるが、ディルクにできたのはそこまでだった。
流しすぎた血は、ディルクの体から、どんどん感覚を奪っていった。
切り落とされた腕から感じているはずの痛みすら、もはや遠い世界にあるようだった。
ただ、怒りと憎しみ、その存在だけがかろうじてディルクの意識をつなぎとめていた。
「……して……やる」
「ああ、うぜえ。めんどくせえ。もう終わりにするか。≪雷撃の銃弾≫」
「……ッがっ」
その背に打ち込まれたガンソード・マギアの弾丸が、ディルクの意識を刈り取っていく。
(殺して……る。オス……カー。お前を……)
大地に突き立てた指が握りしめた土は、指の隙間からぼろぼろとこぼれ落ちていった。
◇◇◇◇◇◇◇
漆黒の闇の中。
ディルクは、ただその「赤」を見つめていた。
揺らぐこともなく、光を放ち、ただそこにあるだけの、純粋なる「赤」。
「赤」は、問いかける。
『そなたは、これで終わりでよいのか?』
それが己の生のことだと気づき、ディルクの混濁しつつあった意識は急速に覚醒する。
「いいわけがないっ。絶対にあいつらを許さない」
「赤」は、にっと楽しげに弧を描くように形を変えた。
それが、赤よりも深い深紅の瞳なのだと、ディルクはやっと気づいた。
椅子に座り片膝だけを抱え上げ、闇に同化した体。
体を覆う長い黒髪の中で、赤い瞳だけがじっとディルクを楽しそうに見つめている。
『ならば、絶望を怒りに変えよ』
「変えてやる」
『怒りで己が望みを果たせ』
「復讐してやる」
『さすれば、朱の女神が、汝にほほ笑むだろう』
その赤い瞳に吸い込まれるように、ディルクの意識は、再び闇に呑まれていった。




