喘息
豊玉、バスケットボール部入らないか?
ある日、男の知らない先輩が話しかけてきた。
私は、喘息とメニエール持ち、日光アレルギーだった。体育も出来る競技と出来ない競技があった。
昭仁に相談したら、やってみたら?ダメだったら、断ればいいと。
その日、ユニフォームを借りて、バスケットボール部を体験した。
ボールが取れない。パスをされて、キョロキョロしてるうちに、叩き落とされた。
「のんびりするな!行け!」
と、隣のコートから、昭仁のヤジが飛んだ。
必死に走り回る。息が苦しい。肺が痛い。喉がヒューヒューとなっている。
私は、しゃがみ込んだ。喘息だ。
大丈夫?と、女子生徒が囲む時、私は息ができなかった。
しばらくすると、母が来て
「何で、激しい運動したの!」と病院に連れて行かれ、ステロイドの入ったマスクをし、点滴をした。
「バスケットボール、してみたかったの」
母は、うんうん、と涙目で聞いていた。しばらくすると、スーツ姿のスラリとした人、父親が病室に入って来て、大丈夫か!と、涙ぐんでいた。
私は、何度もの流産の末に生まれた一人っ子。
無茶をしてはいけないと、わかっていた。しかし、バスケットボールをしてみたかったのだ。




