メイドの一日?
メイドの朝は早い。
私は毎朝、五時に起床して、身だしなみを整え、
お城中のお掃除に取り掛かります。
「ふぁ~」
ついつい欠伸がこぼれる。
「ハルカちゃん。眠そうね?」
メイド仲間のナタリーが茶髪をなびかせている。
私の隣に立ち、一緒に掃き掃除を始めた。
「あっ、ナタリーおはよう!
いろいろあって寝不足でして……」
「この前、強引にリョウカ様のお供として、
クリステラに付き添ったことと関係あるのかしら?」
「えっ……どうしてわかったの」
「なんか、元騎士団の人が亡くなったんでしょ? 噂で聞いてしまって……」
「もう、そういう噂ってどこから広まるんでしょ……」
あの時は本当に大変だった。祝いの場が戦火に包まれるなんて……。
道中も基本的に野営だったし、
やっぱり、英雄様って華やかさの裏に、
かなり苦労をしているんだと身に沁みて分かった。
「ハルカちゃん。怒りたいのは私の方よ?
抜け駆けしてリョウカ様に同行するし、貴方がいなかった分、私たちの担当周りの仕事が増えたのよ?」
ナタリーは穏やかな口調で愚痴をこぼす。
顔は笑っているが、目は笑っていない。
「それは本当にすみませんでした……」
実はメイドの間でのリョウカ様の評価は分かれていた。
現在、三つの勢力により三つ巴の派閥争いが勃発している。
1つ目は――変態は許すな派閥。
リョウカ様の悪い噂を鵜呑みにしている派閥で、エアリー陛下やその他の女性がリョウカ様の毒牙に掛からないように、目を光らせている。
不思議なことにリョウカ様は悪い噂が多いです。
部屋に嫌がる少女を無理やり連れ込んだとか、
部屋に魔獣を飼っていて、夜な夜な若い女性を餌にしているとか挙げればきりがありません。
2つ目は――リョウカ様、神格派閥。
リョウカ様を神と崇め奉り、信奉する者たち。
基本的にはリョウカ様との接触は禁じており、
私たちの派閥とは水と油だ。
3つ目は――リョウカ様ファンクラブ。
私とナタリーが所属する派閥で、ワンチャンあればリョウカ様の正妻の座を狙っている。
直接的な接触も問題は無く、積極的にリョウカ様にアプローチをする勢力だ。
「そういえばナタリーはリョウカ様のどこがいいんですか?」
彼女は顎に人差し指を当て考え始めた。
「うーん、そうねぇ。やっぱり飾らないとこかしら。リョウカ様って功績が多いんだけど、それを鼻に掛けないし、ひけらかさない。なにより、私たちメイドとも同じ目線で話してくれるのがいいのよね」
「さすが、ナタリー! わかっていますね!」
私も同意見だ。
でも、私が恋に落ちた理由はもっと単純だ。
一年前、エアリー陛下とバルメトロ公との婚姻の儀の際。バルフォネア王都は、お祭りムードとはほど遠かった。
ライザルド公国に征服されたバルフォネア王国。
エアリー陛下の望まぬ婚姻。
町の周囲を闊歩する魔王軍。
この国は終わったと思った。
そんな時に空から英雄のリョウカ様が、
バルメトロ公を殴り飛ばし、エアリー陛下を連れ去った。
あの時の映像が目に焼き付いて離れない。
その後、瞬く間にバルフォネア王国から
ライザルド兵と魔王軍を追い出した。
私にとってはリョウカ様は解放の象徴でもある。
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十九時に、長いメイドの仕事は終わりを告げる。
私は急いで料理長に許可をいただき、厨房をお借りした。
リョウカ様……レオンハート公の結婚式以来、あまり部屋から出なくなった。
リョウカ様とカサンドラ様の関係は分からない。
でも、大切な人を失う気持ちは分かる。
私は余った食材でサンドイッチを作り、慌ててリョウカ様の居室がある離れの塔へ向かう。
時刻は既に二十一時を回っていた。
「リョウカ様、起きてらっしゃるでしょうか……」
離れへと続く連絡路は雨風でビシャビシャだ。
私はサンドイッチが濡れないように、
バスケットを体で覆い、必死に守った。
雨風に紛れて魔物のような唸り声が聞こえてくる。
「グキャャャャオ! グウォォォォオ!」
「ヒッ……まさか、本当に魔法を部屋に?」
いえ、リョウカ様に限ってそんなことはありません。私が信じなくて誰が信じるのですか……。
部屋の前までたどり着くと頑丈そうな木の扉を叩く。
「すみません。ハルカです。夜分遅くに失礼します!」
少しして、扉がゆっくりと軋みながら開いた。
目の前に黒い髪の少女がいた。その目は目隠しされている。
「ヒッ!?」
私は見てはいけないものを見てしまったと、即座に理解した。
部屋の中からは魔物の声が一層強まる。
まさか、本当に少女を餌に……。
そんな……リョウカ様。信じていたのに……。
「おい!」
次の瞬間、肩に手が触れる。
「きゃあっ!」
私の心臓は跳ね上がり、そのまま視界が遠のいた。
パチパチパチ。
――どれほどの時間が経っただろう。
暖炉の暖かい光と音で目が覚めた。
「――ここは?」
あたりを見渡すと見覚えのないベッドの上に寝かされていた。
「目が覚めたか?」
「え、リョウカ様……」
彼は変わらぬ様子で暖炉前のソファーに腰掛けていた。
「あれ……魔物は? 女の子は?」
「はは、なるほどな。少しずつ状況が分かってきた」
リョウカ様が指を差した方向にエメラルドの髪の綺麗な女性が寝ていた。片腕が……無い?
そして、その口を先ほどの目隠しをしている女の子が小さな手で塞いでいた。
「ごめん。服が濡れてたから着替えさせたよ」
「えっ…!?」
慌てて身なりを確認すると、白いバスローブに身を包まれていた。
「えっ…リョウカ様が!?」
そんな…恥ずかしい。どうせならもう少しダイエットしたし、今日は地味な下着だったし。
羞恥心と悔しさが入り混じったよく分からない感情でいっぱいになり、自分の目を覆い隠す。
「あっ……勘違いしないでくれ、服はあそこにいるアリスが着替えさせてくれたから。メイド服と下着も彼女が干してくれたんだよ」
「アリス……あのちっちゃな女の子?」
「そうそう。……それで何か用でもあったの?」
「あっ!?」
私は慌ててバスケットの中身を確認する。
中のサンドイッチは酷いありさまだった。
雨に濡れ、気絶した拍子に中身も少し崩れていた。
「すみません。お夜食を作ってきたんですけど……とても食べられるような状態ではないです」
何故かわからないが涙が溢れてきた。
自分の不甲斐なさに対してなのか、
リョウカ様に恥ずかしいところを見せてしまったからかは分からない。
ふっ、と頭に大きな手が乗せられる。
顔を上げるとリョウカ様が私の頭を撫でていた。
何も言わずにバスケットからビチョビチョのサンドイッチを取り出す。
「リョウカ様……そんなもの食べないでください……」
「ええっ、せっかく作ってきてくれたんだろ?」
彼は躊躇うことなくサンドイッチを頬張りだした。
「うん! これはこれで美味しいよ!」
リョウカ様はその後もバスケットに手を伸ばし、全てのサンドイッチをたいらげた。
「心配して来てくれたんだろ? ありがとう。
クリステラではハルカにも助けられたよ。
不甲斐ない近衛兵で申し訳ないけど、これからもよろしくな」
私は涙と共に頷いた。
私はリョウカ様が好きだ。飾らなくて、優しい彼が好きだ。
他人を思いやり、それでいてどこか儚げな……。
――これは、叶わぬ恋だと分かっている。
それでも今はこの時間を大切にしたい。




