それでも……?
カサンドラの死から、一ヶ月が過ぎた。
どれだけ立ち止まっていても、世界は進み続ける。
俺はセピア副団長の元へと訪ねた。
アグリアスの提案で彼女はカサンドラの自宅に住むことにしたそうだ。
カサンドラの家は、王都の外れにある小さな平屋だった。
白い壁の周りを低い木々と草花が囲み、家そのものが柔らかな緑に包まれている。
派手さはなく、静かで、目立たない。
けれど手入れは行き届いていて、ここで誰かが丁寧に暮らしていたことが分かる。
家は、癒やすための場所であって、
住む者自身が安らぐための場所ではなかった――
そんな印象を残していた。
木の扉を軽くノックする。
「どうぞー!」
明るい返事が返ってきた。
「お邪魔します」
「げっ……」
セピアは露骨に顔をしかめる。
姫カットの黒髪を揺らしながら、足音を強く鳴らす。
「リョウカさん、女性の家に一人で来るなんて配慮がなっていない。
周りに女性が多いことを、モテてるとか思ってる勘違い野郎なの?」
「いやいや、そんなことないって……」
少し歯切れが悪くなる。
「今のうちに可愛い私に唾でもつけとこうって魂胆が見え見えだし」
セピアはまくし立てるように、暴言を吐く。
「お前、言いたい放題だな。それに女性は内面が伴ってないと、可愛くは見えないぞ……
お前みたいに――ぐはっ!」
みぞおちに拳が入る。
今はこれのせいでラッキースケベの加護が切れているんだった。
モロにダメージが……。
俺は背中に背負う退魔の剣を両手で持ち、
セピアに見せる。
「カサンドラの形見を託しに来たのに、
そんな態度なら帰ろうかな……」
「えっ!? 姉さんの……ほら、リョウカさん、そんなところに突っ立ってないで早く入ってよ!」
「まったくこいつは……調子のいい奴だな」
セピアに促されるままリビングの椅子に腰掛ける。
微かに懐かしい石鹸の香りが鼻をくすぐる。
「それで、その剣……退魔の剣よね?」
セピアがハーブティーを淹れて丸机の上に雑に置く。
「ああ……元々はネコショウが所有してたんだが、俺を殺しかけた剣は使いたくないらしくて、手放したんだ」
「セピアなら受け取ってくれると思ってな……」
セピアは軽くハーブティーを啜り、口を開く。
「リョウカさんは使わないの?」
「ああ、たぶんそいつを持ってると俺の加護が切れて、腕輪に精神を蝕まれて、攻撃的になるんだよ」
右腕にまとわりつく赤い腕輪を見やる。
血の王冠が描かれた装飾からは命の鼓動を感じる。
「ふーん。姉さんも血徒の腕輪をつけてたんですよね?」
「ああ、カサンドラは覚悟が決まってたからな。俺みたいに弱い人間じゃないよ」
「姉さんらしいね」
「……ああ」
軽く視線を落とす。
「剣、受け取ってくれるか?」
「はい! 喜んで! これで、万が一リョウカさんが暴走した時は私が止めるね!」
「おい、それって殺しにかかってないか?」
「いえいえ、そんなことは……。
リョウカさんは殺そうと思っても、殺せるような相手ではないから……」
「セピアさん……なんか、ちょっと怖いんですけど。冗談ですよね?」
「ふふ……どう思う?」
彼女はいたずらっぽく笑ってみせる。
「それと、これを……」
俺は一通の手紙を差し出す。
「これは?」
「クリステラに置いたままになっていた、
カサンドラの荷物の中から出てきたんだ。
たぶん、デュナンの結婚式の前の日にでも書いたんじゃないか?
……と、中身は見てないからゆっくり読むといい」
セピアは唇を噛み締める。
「じゃあ、そろそろ帰るよ」
俺は軽く手を振り玄関に向かう。
「リョウカさん。今日はありがとう」
セピアは丁寧にお辞儀をする。
俺は後ろ手に軽く手を振りこの家を出る。
出る時に微かにすすり泣く声が聞こえた気がした。
……カサンドラ、お前の周りには仲間がたくさんいただろうに。もう少し、頼ってくれてもよかっただろ。
……俺もその一人なんだから。
届くはずのない言葉を胸に残し、帰路につく。




