西の英雄?
試合会場に降りると、すでに西の英雄デュナンは剣を抜いてこちらを睨んでいた。
観客の歓声を背に、彼は完全に戦闘モードだ。
どう見ても、肩慣らしの域を超えている。
やる気が溢れすぎて、もう勝手に第二ラウンド突入みたいな顔をしている。
「なに? きみ、丸腰なの?」
デュナンが眉をひそめる。
「変態野郎って、あなたのことだったのね…」
メアリーまで睨んでくる……なんでだ。
どうやら、酒場でのラッキースケベと、さっきの紹介が致命的だったらしい。
第一印象って大事だな。
「俺、武器使わないんで……」
「ふざけた態度だ!
僕など、武器を使うまでもないと言うことか!」
なんで怒ってんのコイツ。
英雄のプライドに、思い切り火をつけてしまったらしい。
弁解する隙もない。
メアリーがぱんっと手を叩く。
「はーい、観客席は私の結界で守ってますから思う存分に戦って下さい! ……では、始め!」
逃げ道は、完全に塞がれた。
「斬空・かまいたち」
剣がうなり、大気がミキサーみたいに掻き回された。
次の瞬間、斬撃はなぜか互いに反射し合い、
結界を叩き、服だけを吹き飛ばした。
俺は、本当に何もしていない。
「きゃっ!」「うわっ!」
メアリーとデュナンの服が一瞬で吹き飛ぶ。
観客席から黄色い声援と、むさ苦しい歓声が同時に巻き起こった。
「ちょ、デュナンさん!?」
メアリーがドン引きした声を上げる。
「ち、違うんだメアリーさん!
こ、こいつが魔法で跳ね返したんだ!
見てくれ、僕も裸同然じゃないか!」
メアリーの視線が俺に刺さる。
「いやいや、俺はやってない!」
完全に“やった側”の扱いだ。
前科があると、こうも信用されないのか。
「中距離が効かないなら——直接、斬り伏せる!」
デュナンが風を纏い、一瞬で距離を詰めてくる。
冷静な判断だ。
……相手が俺じゃなければ。
「やばっ!」
仰け反った拍子に足がもつれ、デュナンの剣が空を切る。
体勢が崩れ、気づけば床ドン。
視線が合った瞬間、デュナンは真っ赤になる。
緑色の瞳がこちらを見つめ、顔同士の距離が異常に近い。
「な、なんだ…そんな目で僕を見るな……」
頬を赤らめるな。どういう反応だよ。
「…や、やめてくれ…見ないでくれ……」
俺は、何もしていない。
だが、事態はもう説明を聞いてくれる段階をとうに超えている。
デュナンの顔が更に真っ赤になり――気絶した。
……俺、本当に何もしていないよな?
「……こ、これは変態野郎の勝利です!」
メアリーの判定と共に、ブーイングと歓声が混じり合う。
✡
試合終了後——会場の熱気が一気に引いていく。
次の戦いへと空気が切り替わった。
観客席に戻ると、アグリアスが苦笑して迎えた。
「相変わらずだが、勝ちは勝ちだ」
「続いての戦いは、バルフォネア王国騎士団、副団長!
聖剣クラリウスの使い手――
アグリアス・ライオット・ホーン!」
アグリアスって副団長だったのか。
「次は私の番だな!」
アグリアスは自信満々に立つ。
「頑張れ!」
「任せておけ」
輝くような笑顔を返して会場へ向かう。
さっきまでの重たい表情が嘘みたいだ。
「対するは…南の湿原に棲む熱波の魔女、ミザリア・ダークアイ!
彼女は湿原に迫る魔王軍を追い払った英雄です」
赤黒い髪をカールさせ、赤いラバー素材の服に黒のショートパンツ。
真紅の杖を携え、妖艶に浮遊する女魔術師。
一目で分かる。
近接戦向きの相手じゃない。
「まさか……あなたと戦えるなんて」
アグリアスの声に緊張が混じる。
「こちらこそ。
副団長に敗北を刻むのは心苦しいけれど……よろしくね」
言葉は丁寧だが、視線は獲物を見るそれだ。
なんかこの二人、会話が普通に聞こえる。
「メアリーさん。観客席の結界、上は開いてるのよね?」
ミザリアが軽い調子で尋ねる。
「え、ええ。空気がこもるのと臨場感を伝えたいので、音は拡張して周囲に響くようにしてます」
「ありがとう」
ミザリアの笑みに悪寒が走る。
準備が整った笑顔だ。
「そ、それでは二回戦始め!」
「はぁぁぁ! 覇光斬!」
初手、いきなりアグリアスの光の斬撃が結界内に乱反射する。
まるで光の迷宮だ。
容赦がない。
騎士としての全力だ。
「相変わらず桁違いの威力ね」
ミザリアは余裕の笑みでふわりと浮かび回避する。
その笑みには、勝利を疑っていない余裕があった。
「熱魔法・熱保管」
結界内の空気が歪む——熱そのものが、攻撃だ。
「きゃあ、熱い!」
メアリーが結界外へ飛び出す。
アグリアスは汗を滝のように流しながら攻撃を続けるが、ミザリアには一向に当たらない。
剣を振るたび、呼吸が乱れ、足取りが確実に鈍っていく。
「早くギブアップした方がいいわよ。
このまま温度は上がり続ける。
あなたのような、美人を焼くのは心苦しいわ」
ミザリアが煽るように言う。
「まだだ! 騎士として退けぬ!」
その姿勢が、痛いほど伝わってくる。
しかし、ついにアグリアスは熱に耐え切れず、崩れ落ちた。
「ひゃっ…あつっ!」
メアリーがすぐさま飛び込み、アグリアスの脈を確認する。
「大丈夫、生きてますね〜!
二回戦はミザリアの勝利です!」
くそっ……!
胸の奥が、嫌な音を立てた。
気づけば俺は人ごみを掻き分け、会場へ走り出していた。
石畳から伝わる熱が凄まじい。
アグリアスを抱え、焼けた鎧を急いで外す。
大きな火傷はないが、体は石のように熱い。
胸が締め付けられる。
――嫌だ。
理由は分からない。
だが、この感覚だけは無視できなかった。
ミザリアを睨んだ。
「おお〜怖っ」
手を広げて茶化すものの、怯む様子はまったくない。
「お姉様!」
カサンドラが駆け寄り、アグリアスを抱えようとするが――よろけた。
「危ない、俺も持つよ」
二人でアグリアスを支える。
「……羨ましいわねぇ」
その声は、嫉妬か、哀愁か。
はっきりとは分からない。
背後から、ミザリアの声がぼそりと落ちた気がした。




