夜を照らして
一週間ほどネコショウ(化け猫モード)の背中に揺られ、俺たちは昼のうちにクリステラへ到着した。
水晶の塔の輝きが熱帯雨林を照らしている。
「やあやあ、皆さんようこそお越しくださいました」
一年ぶりに見るデュナンの甘いマスクは、水晶に負けないほど輝いていた。
一年前の戦争でアーバス公が戦死し、デュナンが正式にクリステラの領主となったそうだ。
「よう、デュナン!」
「リョウカくん! 随分と頼もしくなったね」
俺たちは軽く抱擁を交わす。
「まったく、男共って暑苦しいわね」
デュナンの背後から、少し大人びたステラが歩いてきた。
頭頂から丁寧に編み込まれた髪が、乱れ一つなく後頭部へと流れている。
実用本位のまとめ方だが、どこか育ちの良さを感じさせた。
デュナンとステラ、それぞれの片耳で翡翠色の耳飾りが揺れていた。
ミザリアはステラを下から上まで眺め、言葉を吐く。
「へぇ~馬子にも衣装ね!」
「ミザリアさん。それどういう意味ですか!」
俺の背後でミザリアが皆の気持ちを代弁して話す。
「おや、そちらのレディーは?」
デュナンの視線がハルカとセピアに注がれる。
「あの…私はハルカと申します。リョウカ様の付き人をしております」
ハルカは恥ずかしそうに俺の背後に隠れる。
「へぇ~、付き人ね。僕はデュナンだよ。よろしくね」
「…は、はい……」
「私はオルトロス騎士団副団長のセピアです。西の英雄と名高いデュナン様。お会いできて光栄です!」
「うん。よろしくね」
デュナンは爽やかに手を差し出す。
「あ、ありがとうございます。デュナン様と握手できるなんて……」
セピアはデュナンの手をしっかりと握る。
アイドルの握手会かよ。
「猫かぶりやがって……いでっ」
セピアがノールックで俺の足を踏みつける。
このじゃじゃ馬娘め。
「ふふ、リョウカくんの周りにまた女性が増えてるね。全員妻に迎え入れる気かい?」
「さすがに全員と結婚なんてできないだろ」
……あれ、皆の反応が鈍いぞ。
「ああ、そういうことね。リョウカさん。この世界では何人と結婚しても問題ないわよ。男女共にね。だから、アグリアスもエアリー陛下もネコショウちゃんも。もちろんハルカちゃんだって全員、あなたのものにできるわよ」
ミザリアがこの世界において最も重要な情報を話す。
しかも、何故その四人を名指ししてくる。
まさか、全員と結婚できるだと。そんなハーレムがまかり通っていいのか?
異世界万歳!
「それじゃあ、さっそく。ハルカ…今夜は二人で寝るか?」
「え、え、リョウカ様…そんな、私、まだ心の準備が……」
「リョウカ様。おイタはそれくらいにしましょうね……」
ネコショウが俺の横腹をつねる。
「いだだだだ」
ネコショウ、お前、そんな暴力的なキャラだったか?
法的にオッケーでも、個人の感情は別問題ってことか――難しい。
「少しは成長したかと思ったのに……」
カサンドラが溜息をつく。
「それよりデュナン、ステラ……そして、みんなも。少し話がある」
俺は空気を切り替え、皆を集める。
レオンハート邸で、俺は捕食者から得た情報を伝えた。
「すまない。お祝いごとの前に不穏な話をして……」
「いや、情報の真偽はともかく、可能性としては考えられる。先日も、嗅ぎ回ってた血徒を仕留めたから」
デュナンは淡々と答える。加えて、俺とカサンドラの腕輪についても掻い摘んで話した。
「僕がいない間に大変なことになってたんだね」
「デュナンはわたくしを責めないのですか?」
「そうだね。リョウカくんを殺そうとしたことには怒ってるよ。でも、僕がリョウカくんを大切にしているように、カサンドラさんもアグリアスさんを大切にしていることは知ってる。だから許しはしないけど、責めもしないよ」
デュナンらしい返事だ。
「ともかく、対策は練る必要があるわね。私たちの結婚式を邪魔したことを後悔させてあげましょう」
ステラから今だかつてないほどの圧が出ている。
「でも、相手の数も出方もまるっきりわからないわね」
セピアの言う通りだ。現状、あまりにも情報が少なすぎる。
✡
クリステラに散りばめられた水晶の輝きが星々のように夜の町を照らしていた。
……あれ? カサンドラ。こんな時間にどうしたんだろ。
俺はカサンドラの後を静かにつける。
彼女は木の欄干から水晶の塔を眺めていた。
「女性の跡をつけるなんて紳士としてどうかと思いますわよ」
カサンドラは振り向きもせずに背後に声をかける。
「バレてたか」
彼女の隣に立つと石鹸の香りが鼻を満たす。
「まだ、わたくしを疑ってますわよね……くっ」
カサンドラは震える右手を押さえている。
「いや、信用はしてるよ。だから、その腕の震えのことを話してくれ」
「はぁ……まったく貴方は目敏いですわね。わたくしのブラッドスキルは欠損した部位の修復ができるのですが、代わりに寿命を削ります」
「まさか……」
「お姉様の心臓を修復した時にかなり寿命を持っていかれたみたいですわ」
彼女は淡々と話す。別に死など恐れていないといった様子だ。
「カサンドラ!」
俺はカサンドラに抱きついた。
「ちょ、ちょっとなにをなさいますの!」
「頼む。死なないでくれ! お前まで死なれたら俺は……俺は……」
ダイダスとネリルが戦死した時でさえ、あれほど辛かったのに。
もしも、彼女が死んだら俺は……耐えられない。
「ちょっと、泣き落としで口説こうなど、どうかしてますわよ!」
カサンドラは嫌そうに身悶えする。
「カサンドラ、一日なんでも言うことを聞いてくれるんだよな?」
「なっ……貴方まさか……」
「あぁ、すまないがもう少しこのままでいさせてくれ……」
カサンドラは大きく溜息をつく。
「まったく、ズルい人ですわね……」
俺は今にも消えてしまいそうな彼女を離すことはできなかった。




