招待状?
早朝――王城の中庭で拳が交わる音が鳥の囀りをかき消す。
「リョウカさん、脇が甘いです! ……うっ」
「はい! 師匠!」
吐き気を抑えながらも、ジェーンから格闘技を師事していた。
相変わらず俺に対して生理的嫌悪感があるようで、
修行時間は三十分までとされている。
この世界はなにも魔法一強ではない。
体を鍛えることによって、マナとの親和性を高め、肉体の強度、膂力を得ることができる。
アーサーやジェーンがその最たる例だ。
一通り組手を終え、ジェーンが額の汗を拭う。
黒髪のお団子頭だったジェーンは、この一年で
髪を下ろしてボブヘアーになっていた。
幼かった顔立ちもやや大人びてきた。
「ふぅー、リョウカさん。だいぶ上達しましたね」
「おっ!そうか? 今ならゴブリンくらい倒せるかな?」
「いえ、無理でしょう。でも、この調子でいけばあと三十年後には倒せるようになるかと思います!」
「三十年……」
ジェーンの目は本気だ。達人クラスの彼女が言うんだ。間違いないのだろう。
それ故に、つらい。
「それよりも、本当に血徒の腕輪がついてるとは……それ、一度付けたら外れないらしいですね……」
「ああ……」
右手に付いた鈍色に輝く赤い腕輪を眺める。
ラッキースケベの加護を上回り、腕輪の裏から血管のようなものが、手首に深く根ざしていた。
「そういえば、ガーザックのブラッドスキルって使えないんですか?」
「それが、カサンドラに聞いて試してみたんだけど、うんともすんとも言わないんだ」
「あの……リョウカ様」
ふと、背後の声に振り向くと赤毛で垂れ目のメイドがモジモジしながら立っていた。
この子、確かサンドイッチをくれた子だ。
「どうした?」
「これを……」
メイドは厚手のクリーム色の紙を手渡してきた。
金の縁取り。封蝋には菱形の紋章が押されている。
「なんだこれ……?」
ジェーンにも同様に手渡される。
その場で封を切り、中身を確認する。
「え〜、なになに……
このたび
私ども
デュナン・レオンハート
ステラ・メルフォード
は来たる良き日に
結婚の儀を執り行う運びとなりました
つきましては
日頃よりご厚情を賜っております皆様に
ぜひご臨席いただきたく
ここにご案内申し上げます……だと!?」
「へぇ~、デュナンさんとステラさん、ご結婚されるんですね!」
「くそっ! あいつら俺たちが大変な時にちちくり合ってるとは……けしからん」
「ちょっと、リョウカさん。せっかくの祝い事なんですよ。素直に喜びましょうよ」
「式は一ヶ月後か……」
「……あのリョウカ様。私もお供させていただいてもよろしいでしょうか?」
赤毛のメイドが突然、おかしな提案をする。
「えっ……俺は構わないけど、お城のメイドだし、許可がいるんじゃ……」
「許可が下りたら連れて行って下さるのですね!」
なんだ、この子、えらく強引だな。
「ま、サンドイッチも美味かったし、旅の最中も美味い飯にありつけるならありがたい」
メイドの表情がパァっと明るくなる。
「ありがとうございます!
私、ハルカっていいます。よろしくお願い致します!」
そのまま、軽快に走り去っていった。
「なんなんだ……あれ?」
「まったく、リョウカさんは罪な男ですね」
「お前も何言ってんの?」
「ふっ、これだからリョウカ《童貞》さんは……」
「おい、今お前、リョウカと書いてなんと読んだ?」
「いえ、気の所為ですよ!」
ジェーンの純粋な笑みがこちらへ向けられる。
「なるほど、どうやら俺に勝てないこと体に教え込まないといけないようだな」
俺はジリジリとジェーンに詰め寄る。
「リョウカさん、冗談じゃないですか! や、やめてください! それ以上は……うっ、おっぷ……」
ジェーンは俺への生理的嫌悪感からその場に嘔吐した。相変わらず不思議な体質だ。
そう、俺はジェーンの唯一の天敵なのである。
✡
デュナンとステラの結婚式の約一週間前。
招待状を受け取った仲間たちと、王都西門前に集まる。
今回は、俺、ネコショウ、ミザリア、ジェーン……そして赤毛のメイドの五人で行くこととなった。
アグリアスは病み上がりということと、
さすがに王都を手薄に出来ないからとエアリー陛下の傍に残った。
出発しようと、化け猫モードのネコショウに荷物を括り付けていると、
「お姉様、やめてくださいまし!」
「団長、離してください!」
アグリアスが、聞き覚えのある声を両手で引きずりながら西門まで歩いてきた。
「みんな、突然ですまないが私の代わりにこの二人を連れてってくれないか?」
一人はカサンドラに、もう一人は……オルトロス騎士団副団長のセピア。
「えっ、カサンドラは当然としても、セピアまで?」
「わたくしは皆さんといる資格などありません」
裏切りの後だ。カサンドラの言い分もわかる。
「私だって、知らない人も多いのに……」
アグリアスは嫌がる二人の頭を鷲掴みにする。
「カサンドラ。すまないと思うならなおのこと、結婚式に行くんだ。旅を通して、もう一度、仲間の何たるかを学ぶといい」
「そして、セピア。これは団長命令だ。拒否すればわかるよな?」
二人は何か言いたげだったがアグリアスのあまりの圧に渋々、頷く。
二人を追加でネコショウに乗せるのと、アグリアスが耳打ちする。
「リョウカ、二人を頼む」
それだけ言うと、甘い金木犀の香りを残して去っていった。




