咎?
王立医療院。白レンガの床に白樺の天井。壁にかけられたランタンはどこか暖かみを感じる。
――また、ここに来ることになるとは。
俺はカサンドラと共に、病室のベッドで静かに寝息を立てるアグリアスを見下ろしていた。
「お姉様……」
カサンドラは虚ろな目でそれだけこぼす。
「ほんとだよ。せめて相談してくれれば……」
「そんなこと、できるわけないですわ……」
自分が逆の立場ならどうしていただろう。
いや、無意味な仮定だ。選択と行動の結果が今をつくる。逆の立場なんて再現できない。
寝入るアグリアスがおもむろにカサンドラの手を握る。
「寝ぼけてるのか?」
カサンドラはその手を握り返し、握られた手に涙が落ちる。
俺もその上にそっと手を重ねる。
かける言葉は見当たらなかった。
――今はこの温もりを伝えるだけ。
それが、カサンドラにとってなによりも重く伝わる気がした。
✡
翌朝、重たい空気を引きずったまま、
カサンドラと共に――俺の部屋に巣食う女神の元へ向かった。
アリスは昼寝中で部屋の隅のソファーで寝息を立てていた。
そして、女神様はベッドの上に座っている。
「タチアナ……」
白絹のドレス。ドレスの左袖は肩口からしぼんでおり、そこにあるはずの左腕は無くなっていた。
「女神様。この度はご厚意に感謝致します。我が人生を持って償います」
カサンドラはゆっくりと土下座して、深く頭を下げる。
「よいのです。私が好きでやったこと。因果に背いたのです。これぐらいで済んでよかったのです」
「本当に申し訳ございません」
カサンドラはなおも床に額を当て続ける。
「もし、貴方が少しでも悪いと思っているのなら、今後、私の食事の用意をリョウカと共になさい。なにぶん彼の懐事情では心許ないのです」
「おいおい、散々寄生しておいて、俺を甲斐性なしみたいに言うなよ!」
「あら? 違いますの?」
カサンドラも何故か女神の意見に乗っかる。
「おい。カサンドラ、俺にもなにか言うことはないのか?」
彼女はミント色の瞳を俺に向ける。
「私は貴方を殺そうとしたことを後悔はしていません。お姉様のためでしたらなんだってしますわ」
そうだ。カサンドラはこういう奴だ。
それでも俺にとっては大事な仲間だ。
「でも…相談せずに勝手な行動をしてすみませんでした」
カサンドラは俺に対しても、床に伏せ土下座をする。
「…ん? 俺には何かお詫びはないのか?」
このまま、水に流すのは今後の関係を考えた上でもよくない。一度、精算してからこそ、新たな関係を築けると俺は思う。
「…はい。貴方の言うことを一日だけ何でも聞きます。なんなりとご命令下さい!」
「ほう。何でもとは言葉通りに受け取ってよいのかな?」
俺は期待の眼差しをカサンドラへ向ける。
「はい。私の食べかけのパンが欲しいならあげます。衆人環視の前でリョウカさんの顔を踏んでほしいと言われれば…踏みます。お姉様の前で私を罵り、蔑み、プライドをへし折りたいのであれば…くっ、そのように取り計らいます…」
「くっ…じゃねえよ。お前は俺にどんな変態像を抱いているんだよ!」
「えっ、違うのですか?」
何故かタチアナも驚いたような顔をしている。
……あれ? 俺ってそこまで変態に見えていたのか。いや、確かにラッキースケベのチートスキルを選択したから、並の変態ではないことは自負している。
それでも、そこまで変態に見えていたとは……。
今後の立ち振る舞いを少しは意識していこう。
「まあいい。とりあえずお詫びは保留にしておくか」
禍根は残った。必ずしも元通りの関係には戻れないかも知れない。それでも、仲間は仲間だ。
✡
血冠の徒。彼らの殺戮は次第に激化していく。
その後の一ヶ月で既にバルフォネア王都近郊から三分の一の村が地図から消えていた。
第六章、ここまでお読みいただきありがとうございました。
六章としてはここで一区切りとなります。
二部では、これまで積み重ねてきた選択の「結果」と向き合う展開が続きます。
重い話が多くなりましたが、ここまで読んでくださったことに感謝します。
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引き続き、よろしくお願いします。




