天頂トーナメント?
町民が忙しなく働く往来の中、アグリアスに先導され、俺は王城横の広場へ向かっていた。
朝から王都はやけに騒がしい。
この街に来てまだ日が浅い俺でも、胸がざわつく。
嫌な予感がするときほど、この街はよく動く。
ネコショウも「置いてくよ」と言わんばかりに尻尾を揺らしながら後をついてきている。
「おーい、アグリアスさーん。どこ行くんだ?」
返ってきたのは、
返事の代わりに鳴る鎧の軋む音だけ。
今朝の一件、まだ怒ってるのか…?
やがて彼女が、感情の読めない低めの声で告げる。
「今日は天頂トーナメントが王都で開催される。リョウカ、お前も参加せよとのお達しだ」
「天頂トーナメント?」
「最強を決める模擬戦と言っても差し支えないだろう」
「最強? 模擬戦? なんで俺?」
「何を言う。貴様はバルフォネアの英雄なのだろう」
「最強とか興味ないんだけど…」
目立つのは嫌いだ。
そもそも俺は安心できる居場所があればそれでいいのに。
「ふっ」
アグリアスが、ほんのわずか口元を緩めた。
「どうしたんだ?」
「そういうところが……リョウカの良いところなのだろうな」
……? よく分からんが、機嫌が直ったなら良しとするか。
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王城の影に足を踏み入れた瞬間、空気が切り替わった。ここから先は、王都の表舞台だ。
王城横の広場に、白を基調とした長方形の建物が見えてきた。
中央の石畳をぐるりと囲むように観客席がせり上がっている。
広さはテニスコートほどだろう。
「へぇ〜、こんな場所があったんだ」
「ここはコルデオ。王都の闘技場で、天頂トーナメントや罪人の公開処刑に使われる」
「落差すごいな…」
祭りと処刑が同じ場所で行われる。
この国では、それが特別でも異常でもない。
視線を向けた瞬間、胸の奥がゾワッとした。
観客席の向こう、
歓声の中で、たった一人だけこちらを――見ている。
……目が合った。黄緑の瞳。カサンドラだ。
なんか、えぐいほど睨んでるんだが?
アグリアスとの件は、あくまで事故だ。
それでも、ラッキースケベに憧れていた過去の自分を呪いたくなる。
このスキルは、人間関係を壊す最悪の代物だ。
「なあ、アグリアスとカサンドラって姉妹なのか?」
「どうした、突然?」
「いや。昨日のこともあってさ、気になって」
「……ふぅ」
アグリアスは深くため息をついた。
踏み込むべき話題じゃなかったか、と一瞬だけ思う。
「……いや、無理に話さなくていいよ」
だが彼女は軽く首を振り、ゆっくりと口を開く。
「私たちは戦争孤児だった。血は繋がっていないが、小さな頃からずっと一緒だった。
途中、剣の才があると見出され、騎士養成学校に放り込まれ……そこからは訓練と任務の日々だ」
アグリアスの視線が遠くを見ている。
英雄や騎士になる前に、彼女たちは生き残るために剣を握らされた子供だった。
返す言葉を見つけられなかった。
「うにゃあん」
空気を察したのか、ネコショウがアグリアスの足に頬ずりをする。
アグリアスはネコショウの頭を撫で、柔らかい笑みを浮かべた。
「すまない、暗くなったな。……ほら、そろそろ始まるぞ」
一瞬の笑み。
すぐに、いつもの騎士の顔に戻る。
彼女の視線の先、観客席の最上段には王様と王女様の姿。
王族が直に観戦する試合は珍しい。
この大会が、どれほど重要視されているかが分かる。
石畳の中央には、長いブロンドのウェーブを揺らす――バニーガール。
あれ、酒場のアップルパイの子じゃないか。
「さあさあ皆さん、五年に一度の天頂トーナメントの時期がやってまいりましたー!」
重かった空気が、歓声で一気に塗り替えられる。
声量どうなってるの?ってくらいに響き渡り、歓声が爆発する。
「進行は私、酒場の看板娘にして、結界術のエキスパート──メアリー・リリーが務めさせていただきます!」
結界術? あの子、ただのバニーじゃないのか。
「ルールは簡単。相手を降伏させるか気絶させれば勝ち。殺しは厳禁、それ以外はなんでもありです!」
観客が沸く中、メアリーが声を張る。
「それでは最初の対戦カード!
千年間誰も倒せなかった魔王軍七幹部の一人。鉄血のバルバトスを仕留めた、今回の優勝候補──西の英雄、デュナン・レオンハート!」
「きゃあああああ!!」
歓声の質が違う。
期待と憧れが、遠慮なくぶつけられている。
黄色い声援が揺れる。
深緑の髪、アマイマスク、左目の泣きぼくろ。生意気なくらい整った顔立ちだ。
並び立つ資格がないと、はっきり思った。
「そしてもう一人は……先日、魔王軍七幹部の一人、災禍のリザリーを撃退したバルフォネアの英雄……えー……変態野郎です」
英雄って、
もっとマシな呼ばれ方をする生き物じゃなかったのか。
会場がざわつく。
笑いと困惑が入り混じった、居心地の悪いざわめき。
あっ、そうか。王女様のスカートめくり騒動で名前名乗ってなかったわ。
とはいえ悪意ありすぎるだろ王様。
「ぷっ……貴様にピッタリの名前だな」
隣のアグリアスが吹き出した。
「ほら、前に出ろ」
ため息をつきつつ、重い足を引きずり試合会場へと向かう。
逃げ場はない。
観客の視線が、背中に突き刺さる。
――どうやってこの場を切り抜けよう…。




