終わりと、始まり②?
……ん?
黒いシルエットを視界に捕らえた時にはもう遅かった。
――っつ。
次の瞬間、視界の端を何かが舞った。
不意に体の重心が左に傾く。
そこにあるのは俺の右腕だった。
「ぐっああああ!」
そんな、俺の腕が…腕が…。
痛みで意識が定まらない。
「きゃぁぁぁあ! リョウカさん!」
エアリー王女の声が聞こえる。
「やはり…太刀筋が逸れるな」
目の前に血の滴る刀が突きつけられる。
「なるほど…貴様、事象をねじ曲げてるのか?」
長い黒髪。長い刀。
鋭く切れ込んだ細い目。
黒衣に包まれた華奢な体躯。
クリステラで見た男…魔王か。
駄目だ、痛みで意識が朦朧としてきた。
地面に這いつくばり必死に痛みをこらえる。
「少しは期待したが、やはりつまらんな」
「やめなさい!」
メアリーの結界が俺を囲う。
魔王が刀を振り下ろすと結界は豆腐のように切断された。
最後に感じたのは首筋に残る熱だった。
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どうやら俺は、死んだらしい。
――ただし、人生が終わったとは限らない。
もう俺はそのことを理解している。
「よう、女神様…」
「あら、死んだのにえらく冷静ね…」
エメラルドの髪を波打たせる、美しい女神が微笑み、半透明の白い帯が揺らめいている。
これは三度目の邂逅。
「ダメだった。俺の居場所を守ることはできなかった…みんなも守れなかった」
抑えきれなくなり、涙が溢れ出す。
「そうですね…」
女神様は淡々としていた。
彼女は俺が泣き止むまでしばらく待ってくれていた。
「以前、光る種を渡したのを覚えていますか?」
「光る…種?」
二度目の邂逅の時、難易度の高い世界に飛ばしたお詫びだかで、渡してくれたやつか?
「目覚めたら手元には無かったけど…」
「あれは…貴方の中に眠っています」
「それで、結局、何が言いたいんだよ」
「本来、転生できるのは一回限りです。異世界で死んだ時点であなたは無に帰す予定でした」
「…だから?」
女神様の要領を得ない話にだんだんイライラしてきた。
「光る種は貴方に転生のチャンスを与えてくれます。しかし、これっきりです。今度は平和な世界に転生して、スローライフでもスケベライフでも送ってください」
なんか、投げやりだな。
「そこにアグリアスや仲間たちはいるのか?」
「いるわけないじゃないですか」
「なら、俺をメルフィナだっけ? 元の異世界に戻してくれ」
女神様の目元が少しだけ揺らぐ。
「可能ですがおすすめしません。今、転生してもあなたが殺された場所で蘇ります。魔王がまだいますので、せめて、時間を空けてからの方が――」
「それじゃあ、遅いんだよ! アグリアスやみんながいなきゃ、同じ世界だって意味はない。俺の居場所はみんながいて初めて意味を持つ。今すぐ戻せ!」
ふぅーっと女神様は溜息をこぼす。
「今、戻っても殺されるだけですよ? それに今度死んだらそれっきりですよ?」
「いいから戻してくれ!」
女神様の肩を勢いよく掴む。
「わ、わかりましたから…」
女神様が手をかざすと虹色に輝く穴が出現する。
「ありがとう…」
それだけ言い残し踵を返す。
「えっ…! ちょ、ちょっと!」
女神様が突然慌て出す。
「あっ!?」
転生の穴へ足を踏み出した際、《《偶然》》足に、女神様が纏う半透明の帯が絡まり、盛大に転ぶ。
「きゃぁぁぁあ!」
転んだせいか女神様の叫び声を背に受け、
勢いのままに転生の穴へと飛び込む。
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眩い光から覚めると、背後でメアリーが魔王に首根っこを掴まれ宙吊り状態になっていた。
「おい、離せよ!」
俺は魔王の肩を掴む。
「りょ、リョウカさん!」
泣き腫らしたエアリー王女が涙を拭う。
「なんで、生きてる?」
魔王は振り向きざまに刀を振った。
刀が俺の首を捉える――
――その刹那、エメラルド色のウェーブがかった髪が視界いっぱいに広がる。
ガキン!
見覚えのある女性が魔王の刀を素手で受け止める。
「め、女神様!? なんで、ここに!」
「まったく、貴方のラッキースケベのせいで、私まで引っ張れたのよ! 本当に因果なスキルね!」
女神様は少しご立腹のようだ。
「女神?」
魔王はメアリーの首元から手を離す。
「ごほっ、ごほっ、ごほっ…」
「メアリーさん、大丈夫ですか?」
えづくメアリーの背中をエアリー王女が擦る。
「久しぶりですね。タカミヤさん…」
――タカミヤ?
「久しいな、女神よ」
「貴方には失望しました」
直後、光の帯が魔王を絡め取ろうとする。
魔王は瞬時に飛び退き帯をかわす。
「まさか、あんたと戦える日がくるとはな…」
「ええ、魔王に成り下がった貴方にはここで死んでもらいます!」
女神様が手をかざす。
「…と、少し興が冷めたな」
魔王はそれだけ言い残し、黄昏に紛れ姿を消した。
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用水路の外では、爆発音と剣撃の音、戦士たちの怒号が鳴り響いている。
戦争はまだ終わってはいない。




