最恐?
俺とエアリー王女、メアリーは酒場地下から繋がる用水路を進んでいた。
薄暗くジメジメした用水路。かび臭さと湿気で息苦しくなる。
「メアリーちゃん、なんで酒場の下にこんな通路があるんだよ!」
「へへっ、私、お尋ね者だから逃走ルートを確保しておいたの…」
メアリーは可愛らしく舌を出してみせる。
「メアリーさんって実は悪い人?」
俺は恐る恐るメアリーを見る。
「ふふ、どうでしょうね?
てか、私のことはいいのよ王女様と変態がなんでこんなところにいるんですか?」
「メアリーちゃん、俺の名前はリョウカだよ。変態ってのは酷くないかい?」
「へぇ〜、両手が塞がっている私の胸を突然揉んでおいて、変態じゃないと?」
酒場での件、しっかり根に持ってらっしゃる。
「いやいや、あれは事故でしょ! てか、メアリーちゃんが突っ込んできたんじゃないか!」
あの頃の俺は一人だったっけ。
今、思うと懐かしい。
「ふーん。リョウカさんってば、やっぱり大きい人が好きなんだ…」
エアリー王女は自分の胸を見て溜息をつく。
「へぇ〜、ふーん、へぇ〜」
メアリーは意味深な視線をこちらに向けてくる。
「というか、今日ってバルメトロ王との婚姻の儀じゃありませんでした? 王女がここにいるということは…」
「連れ去りました!」
俺は即答する。
「えぇ~っ!」
メアリーの悲鳴が用水路に反響する。
「あんたいくら変態でも、やっていいことと悪いことがあるでしょ!」
「その変態を前提に話を進めてくるのやめてくれません?」
「そうですよ!
リョウカさんは気になる子にしか変態なことはしません!」
「エアリー王女、それフォローになってないですって」
「気になる子って、えっ…もしかして私も?」
メアリーは自分を抱きしめるような仕草をして、後ずさる。
「いや、そんな心配しなくていいから」
逃亡中の緊張感が皆無だ。
「てか、メアリーはなんで助けてくれたんだ?」
「う〜ん、今の王都って居心地悪いのよね。ライザルド兵の酒場でのマナーも悪いし、町中もピリピリしてるし…魔物もうろついてるし。
お暇するついでに日頃の鬱憤をライザルド兵に晴らしてやろうかと……」
よくもまあそんな理由で……。
俺は呆れて溜め息が出る。
「でも、メアリーさんのお陰で助かりました!」
エアリー王女はメアリーの手を握り笑顔を向ける。
「…ううっ、尊い…」
メアリーはたまらず顔を背ける。
「たのもー! たのもー!」
…なんだ?
正面から幼い少女の声が聞こえる。
暗闇に目を凝らすと、黒髪ロングに黒のゴスロリ衣装。フリルのスカートを揺らしながら、この場に似つかわしくない異質がこちらへ歩いてくる。
警戒して、後ろ手にエアリー王女を庇う。
「誰だ!」
「えっ、あたし? あたし?」
肌は白い…人間か?
黒衣の少女は何故か目を閉じている。
「あたしはね、魔王軍七幹部が一人、最恐のアリスよ!」
…やはり、悪い予感が的中した。
次の瞬間、アリスが目を開けた。
――吸い込まれるように黒く暗い眼球。
まるで目にブラックパールでも埋め込んでいるかのようだ。
「「きゃぁぁぁあ!」」
突如、背後にいたエアリー王女とメアリーが絶叫を上げる。
振り向くと、二人はガタガタ震えており、地面にしゃがみ込む。
「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい…」
二人は壊れたからくり人形のように、謝り続けている。
「あら、おにいちゃんは、なんともないのかしら?」
気付くと、目の前に少女が迫っていた。
「うわっ!?」
驚き、思わず尻もちをつく。
「ふふ、ようやくあたしの恐怖がつたわったのかしら」
「結界術・破魔方陣!」
メアリーが手をあげると薄紫の壁が目の前に貼られる。
「彼女の目は、恐怖で精神を蝕むみたい!
なんとか結界で遮断したけど…」
そう言うメアリーの顔からは恐れが抜けきっていない。
バンッバンッバンッ。
「ねぇ、あけてよ、あけて、あけて、あけて…」
アリスは結界を何度も何度も叩く。
びくともしていないが、彼女の目的は恐怖そのもの。
「ひっ!?」
エアリー王女は既に脅えて縮こまっている。
俺は、あることに気付いた。
さっきはびっくりしただけで、別にこの子、恐くはない。
「メアリー、結界を解いて俺だけ出してくれ!」
「えっ、でも…」
「大丈夫、英雄を信じな」
俺は慣れないウィンクをメアリーに飛ばす。
「きもっ…」
そう吐き捨てられ、結界を一瞬解き、
俺の背後で張り直される。
「あれ…おにいちゃん、アリスがこわくないの?」
「ああ…」
たぶん、ラッキースケベによって完全に無効化されてるな。
しかし、女の子を殴って倒すのは忍びない。
かと言ってこのまま足止めを食らうわけにもいかない。
「それならとっておきの、ひっさつわざをみせてあげる!」
なんか、一人で盛り上がってんな。
「ひっさつ・じゃがんかいほう!」
アリスの目が異様な輝きを増す。
うん。やっぱり効かない。
恐怖そのものが“事故扱い”されている感覚。
俺はポケットに入っていた布切れをアリスの目に巻く。
「なっ、やめて!
それになんでなんともないの!」
よし、これで彼女の目は塞いだ。
さて、一応、魔王軍の幹部だし倒しとくか。
俺はアリスを抱き抱える。
「やめろ! はなせ! はなせ! やめて! いたい! いたい!」
アリスはとうとう泣き出した。
「ふっ、魔王軍幹部も大したことないな…さ、二人とも先に進も…」
二人は既に恐怖から解放されているようだが、明らかに俺への視線が冷たい。
「あなた……最低ね…」
「なんでだ。メアリーさん。魔王軍幹部を倒しただけじゃないか…」
「私リョウカさんのためなら、あのようなことでも、頑張って耐えてみせますから!」
「ちょっと、エアリー王女、ホントに誤解だから! そんな覚悟いらないから!」
激しいバトルの末、俺たちは魔王軍幹部の一人を倒した。
そのまま、用水路を進むと光が見える――。
光の中に人型の黒いシルエットが浮かび上がる。




