結婚前夜?
婚姻の儀を前日に控えたエアリーは自室にて軟禁されていた。
つい、一ヶ月前までは普通に生活していた場所なのに、前以上に居心地の悪さを感じている。
「…リョウカさん…助けて…」
誘拐され、エアリーは塞ぎ込んでいた。
父親、前王ロメオスの処刑。ライザルド現王との婚姻。逃げ場所に選んだ仲間とも引き離され、彼女の行き場は既にここにしかなかった。
コン、コン、コン。
無機質かつ重いノックが王女の居室に響く。
「どうぞ…」
感情を押し殺し、エアリーは凛とした態度で返事をする。
「エアリー王女、失礼致します」
肩まで伸びる銀髪。鋭い眼光。額の古傷。
そこには騎士団長アーサー・オズワルドが深々と頭を下げていた。
「アーサー……裏切り者が今更なんの用です」
アーサーを睨むエアリー王女の目に侮蔑と忌避が宿っている。
「いえ、ご様子を伺いにきました」
彼の目からはおおよそ感情など窺い知れなかった。
「貴方の目的はなんです? 既に地位も認められ、騎士の鏡と称されたあなたが、どうしてライザルド公国、ひいては魔王軍と手を組んでるのですか?」
アーサーの瞳は暗く、そこに感情の差し込む余地などないように思えた。
「素直に従わなかった、我が国の兵士は全て地下牢に捕らえています。従わなかった数名の騎士も明日の婚姻の儀まではそこで過ごしてもらいます」
「…何が言いたいのです…」
白いスカートの裾を握る手に、力が入る。
「明日の婚姻の儀、貴女が受け入れなければ、彼らの処刑が執行されます。また、貴女を推す諸侯も同様です。逆に言えば、貴女さえ明日の婚姻を受け入れてくだされば、反乱分子も素直に従うでしょう」
「く…下衆め」
エアリー王女は弱みを見せまいと、なおも王女としての姿勢を貫く。彼女が今できる唯一の反抗だろう。
「ふ、強かな御方だ」
——アーサーの背後から、ハスキーな女性の声が響く。
「アーサー騎士団長、そろそろお時間です!」
ボーイッシュな顔立ちに首元まで伸びるストレートの青髪。既に立ち振る舞いから騎士としての威厳を漂わせている。
「ミレディ《《副団長》》…。わかった、騎士団を二手に分け北のガルザス剣山と南のカンパネラ湿原前に配備せよ。明日の婚姻の儀は何者にも邪魔をさせるな」
「はっ! 承知いたしました」
ミレディと呼ばれた女性はエアリーを見ると、一礼だけして、アーサーと共に去っていった。
「う、うぅ…」
二人の気配が去ると、エアリーは声を押し殺し泣き崩れた。
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――翌日、エアリーの中で既に答えは決まっていた。自分の判断で多くの人の命が左右される。
一晩、悩みあぐねた彼女は王女としての責務を優先したのだ。
エアリーの居室がノックもなく明け放たれる。
「やぁ、わが愛しのエアリー」
無作法な足音を立てながらバルメトロ・ライザルド王が窓際に立つエアリーに歩みよる。
小太りで栗色のおかっぱ頭の中年。
そこに貴族として、王としての威厳は微塵も感じられなかった。
「バルメトロ陛下…おはようございます」
エアリーは王女としての姿勢を貫いた。
「ふふ、僕のエアリーちゃん。結婚したらたっぷりと可愛がってあげるね」
ライザルド公はエアリーの肩に手を回した。
「……陛下、お戯れを…」
エアリーは一瞬、ビクッと肩を揺らしながらも、毅然と対応する。
「ふふふ…」
エアリーを見る彼の目に愛など宿っていなかった。いや、正確には、道具としての愛着程度なら存在していた。
「その反抗的な態度がいつまで持つか楽しみだよ…」
彼はそれだけ言うと、下卑た笑みを残し居室を後にした。
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婚姻の儀。王都のバルコニーに身なりを整え純白のドレスを身に纏ったエアリーの姿があった。
隣にはバルメトロ公。婚姻の儀は王が王妃のティアラを差し出し、王妃となる者が頭を差し出し、頭に被せることで婚姻が成立する。
そして、城の前庭には多くの民草が集まり、固唾を呑んで見上げていた。
「それでは、バルメトロ陛下。汝は彼の者を生涯の伴侶として誓いますか―」
神父が決まり文句の宣誓を行う。
「ああ、誓うよ」
バルメトロ王は王妃のティアラを片手で掲げる。
「では、エアリー王女、汝は彼の者を支え生涯の伴侶となることを誓いますか」
エアリー王女は一拍置き、ゆっくりと頭を下げた。
――それは、諦めではなく、覚悟だった。
バルメトロ王の前に膝をつき頭を差し出す。その体は震えていた。
そして、最後の言葉を吐き出そうと生唾を飲み込む。
その時、一瞬風が止んだ。
―――直後、空から英雄が降ってきた。
「俺たちのエアリー王女を返してもらう!」
呆気に取られるバルメトロ王の頬に英雄の拳が突き刺さる。




