同居?
「散らかっててすまない」
正直、散らかってるとかいうレベルじゃない。
牢獄の方が、衛生面ではまだマシだ。
女性の部屋なんて母親と祖母ちゃんの部屋以外を除けば生まれて初めて入るんだぞ。
俺の期待を返せ……。
何故かはわからないが、何か大事なものを失った気分だ。
──いや、居候の身だ。文句は言えない。
ここは、俺の居場所じゃない。
間借りしているだけだ。
だからこそ、言葉を飲み込んだ。
「もしよかったら、掃除しても?」
「いや、異性に掃除してもらうのは少し恥ずかしいのだが…」
アグリアスはサラリと髪を耳にかけ、頬を赤らめた。
……その羞恥心、もっと別のところで使ってくれ。
✡
夕方。
王都の城壁が夕焼けに染まる頃。
「ふぅ〜……
朝から晩までやって、丸一日かかったな」
ネコショウがゴミをモリモリ食べてくれた。
雑食万歳。
「うむ! 見違えたな!」
ぱぁっと顔が明るくなる。
アグリアスの笑顔が眩しい。
誰かの役に立った、という実感が残った。
しかし、ここで終わるほどラッキースケベは甘くはなかった。気付くと、思った以上にアグリアスとの距離が近かった。
ドンッ!
足を取られた感触。
次の瞬間、アグリアスに押し倒されていた。
俺とアグリアスの蒼い瞳が重なり合う。
「姉様!? 今の音は何ですか? 入りますよ!」
バァンッ!
扉が開き、カサンドラと目が合った。
一瞬の静寂。
そして──
「ねっ、姉様……
わたくしというものがありながら……
そのような、下賤な男と……!」
涙がぽろぽろ落ちていく。
どう見ても、最悪のタイミングだった。
「ま、待てカサンドラ! 違うんだ!
こいつが誘ってきたんだ!」
「いやいやいや! 誤解しか生まれない言い方やめて!」
カサンドラは状況を一瞥し、何も言わずに扉を閉めた。
重たい沈黙だけが残った。
「カサンドラー!!」
アグリアスは追いかけるのは諦め、なぜか最後に俺を睨む。
「いや、俺のせいじゃないって」
「……まあよい。
それより、ありがとう。食材を買ってきたから、一緒に食べようか」
この人なりに、空気を切り替えようとしているのが分かった。
「やった! 久々のまともな飯だ!」
アグリアスは鎧を外し、黒い服の袖をまくる。
そしてピンクの可愛いエプロンを装着。
……そのギャップは反則だ。
「いくぞ、クラリウス!」
シュッ、と抜刀の音。
「えっ!? いやいや、料理に剣を使うの!?」
「当たり前だろう」
この世界では、それが“普通”なのか?
ネコショウの寝顔(口にゴミつけて満足げ)を眺めながら、料理を待つ。
いい匂いが漂ってくる。
……が、時々、
ガキィン! ギャリィッ!
明らかに剣が何か硬いものを切ってる音も混じる。
「待たせたな」
料理が並ぶ。
ローストビーフのサラダ、パン、スープ。
見た目だけは完璧。
先ほどの不穏な音と反して期待してしまう自分がいた。
「いただきます!」
恐る恐る頬張る。
……アグリアスは期待に満ちた瞳で、こちらを見つめている。
「ど、どうだろうか?」
──味が、ない。
驚くほど、何も味がしない。
白湯を、必死に噛んでいる気分だった。
香りはいい。食感もいい。
……なのに味だけどこかへ旅立っている。
正直に言えば、困った。
「口に合わなかった……のか?」
不安で今にも泣きそうな顔。
「大丈夫。美味しいよ」
笑顔で返す。
牢屋飯より美味しい。それは確実だ。
ここで本音を言う選択肢は、最初からなかった。
アグリアスの表情がほころぶ。
……悪くない、居場所かもしれない。
少なくとも、今までよりは。
だが、俺はまだ“居候”だ。
それを忘れちゃいけない。
少なくとも、今夜はここにいていい。
その後は二人で取り留めもない話をしながら食事をし、王都の夜はゆっくりと更けていった。




