人柱?
ミザリアに押され、漆喰中に飛び込んだ。
不思議と視界が黒く染まる以外は何ともなかった。
まるで――
“恐怖が、俺に辿り着けなかった”みたいだった。
周りがやけに静かだ。
「おい、これ…どういう状況だ?」
「リョウカ…なんとも…ないのか?」
アグリアスの声しか聞こえない。
「質問に質問で返すなよ。何が起こってるんだ。詳しく教えてくれよ」
「予想通りね」
ミザリアの自信満々な声が耳に届く。
「影に俺を差し出したこと一生恨むからな」
「ほ、本当になんともないのか…
漆喰に取り憑かれたものは、
恐怖に怯え、心臓が止まるのに…」
晦い影の恐ろしさを知るジェーンも驚いてるようだ。
「よし!みんな、今がチャンスだ! 全力で打ち込め!」
アグリアスの掛け声で皆、雄叫びを上げる。
「ちょ…いったいどういう状況だよ説明しろよ!」
「斬空・黄昏」
「覇光斬・絶光覇王天翔公明剣」
「弾けろブレイブ燃え上がれ魂よ! 熱魔法・発熱」
「引導を渡す死神の鎌よ、首を刈り取り魂を導け! 死風鎌!」
「尻尾攻撃!」
「迷える魂よ、真なる光を以てその御心を示さん! 祓魔回帰!」
「みんな…そこまでする…」
ジェーンの言うとおりだ。
お前ら、やりたい放題かよ。
俺よりもラッキースケベを過信してんじゃねぇか。
もし、万が一にでも食らったら致命傷だろうが。
激しい轟音がするばかりで視界は一切見えない。
デュナン…何だそのかっこいい技名は…今度、見せてくれ。
アグリアス…そんなダサい技名が本当に存在するのか?
ミザリア…お前は本当に後で覚えてろよ。
ステラ…まだ出会って一週間足らずなのに、よくもまあそんな殺意マシマシの魔法を俺に撃てるな。
ネコショウ…可愛いから許す。
ステラ…お前がそんな強そうな魔法を唱えれたなんて…俺は嬉しいよ。
直後、状況が分からないまま、甲高い断末魔と共に視界が晴れる。
周囲を見渡すと…抉れた大地。丸坊主にされた木々。地形が変わった渓谷。焦げ臭い地面。可愛いネコショウ。
漆喰は影も形も遺さずに消滅したようだ。
…こいつらどんだけ全力で攻撃したんだよ。
それと何より、満足そうな…達成感に満たされた皆の顔が腹が立つ。俺はなんにも見えないまま終わったんだが?
「おいミザリア…こっちに来なさい」
「ちょっと…リョウカさん…顔が怖いわよ…倒せたんだからいいじゃない」
「こっちに…来い」
「リョウカさん…素敵…あなたのお陰で倒せたのよ! 私の英雄様!」
「来い」
ミザリアは諦めたように恐る恐るこちらへ近寄る。
「きゃああああ!」
ミザリアの叫び声が渓谷にこだまする。
「ひっ!」
ジェーンの怯えた声もミザリアの絶叫にかき消されたのだった。
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ミザリアは岩陰に座り込み、項垂れていた。
「私……もうお嫁に行けない……」
ぽつりと零したその声に、
ジェーンは視線を逸らしたまま呟く。
「私だったら……死にたくなりますね」
誰も否定しなかった。
「リョウカ…わ、私にしてくれてもいいんだぞ?」
「私も…頑張って耐えてみせます!」
アグリアスとネコショウが何故かお仕置きを求めてくる。そんなに大したことはしていないのに。
「リョウカくん、僕にも頼むよ!」
「もう、勝手にすればいいですわ」
一連のノリを見てカサンドラは吐き捨てるように言葉をこぼす。
「さ、馬鹿なことやってないで次に行くわよ!」
ステラの掛け声で、皆、次の目的地へと足を進める。
――渓谷の上流。緊張感の欠片もなく歩き出す一行を無数の赤い目が見張っていた。




