救世主?
カサンドラの麻痺も抜け、黒髪でお団子頭の少女も動けるようになった。
俺たちは仲間と合流すべくテウザ山を移動する。
「毒を吸い出すなんて…あなた…一体何者なんですか?」
お団子頭の少女は興味津々に俺を見る。
その視線は好奇心だけでなく、どこか品定めするような鋭さを帯びていた。
復帰したカサンドラの回復魔法もあり、毒に蝕まれた体は、ほぼ寛解していた。
「ははは…」
何者かなんて、むしろ俺が知りたいぐらいだよ。
「きゃああああ!」
静まり返る山中に、静寂を切り裂くように悲鳴がこだまする。
この透き通るような声は…ネコショウ! 反射的に声のする方へ走り出す。
「待ってください! リョウカさん!」
カサンドラからの声を振りほどき、全速力で駆ける。
ネコショウ! お前の身に何かあったら…俺は…。
目の前に白い霧が立ち込める。
しかし、不自然に溶け出した木々は、明らかな異常を示していた。
迷わす霧の中へ飛び込む。
これはラッキースケベへの過信じゃない。
ネコショウが危ないってのに、立ち止まれるかよ。
幸いにも、というか、ある程度予想通りであったが、不可思議な白い霧は、影響の無い俺の体とは裏腹に、服のみを少しずつ侵食していった。
布地が溶け落ち、地面に落ちた瞬間、微かな音を立てて煙を上げる。
いた!
ネコショウの目の前に、不気味な魔物が迫っていた。毛の無い腐敗した剥き出しの肌。
ネコショウとの間に飛び込み、噛みつこうとする獣の顎を片腕で掴んだ。
「俺の愛猫になにしてやがる!」
初めてかも知れない…初めて腹の底から、どす黒い感情が込み上げてくる。
渾身の一撃を毛の無い狼の頰に見舞う。
「キャンッ!」
獣は子犬みたいな悲鳴をあげ、仰け反る。
しかし、反応とは裏腹に、さしてダメージは与えられていないようだ。
拳に返ってきた感触が、生身とは思えないほど硬い。
「リョウカ…様…来てくださったのですね…」
彼女の手が俺の服を掴み、
背後で、か細い声が消えた。
「ネコショウ…っつ…」
酷い…。振り向くとネコショウの剥き出しの肌が焼け爛れ、意識を失っている。
焼けた肌の匂いが鼻をつく。三本の尻尾が、力なく地面に垂れていた。
…胸が締め付けられる。仲間を失いそうになる、この嫌な感覚。
…だめだ、落ち着け。
ネコショウの命は、俺の選択にかかっている。
ネコショウを早くカサンドラの元に連れて行かないと。
…しかし、周囲には酸の霧…。
仮にネコショウを抱えて突っ切ったとして、
俺は無事でも、ネコショウがどうなるかは分からない。
ラッキースケベの加護がネコショウまで及べば、無事に抜けられるかも知れないが、彼女が瀕死なこの状況で、そんな危ない橋は渡れない。
「グルルルル…」
そして、目の前に対峙する毛の無い狼。
明らかに俺を警戒している。
ふと、獣の背後で、異様な気配を発している光る紋様が視界に映る。
あれは…退魔の剣…?
そうか、ネコショウが背負ってた剣は、退魔の剣だったのか。
そういえばデュナンが、誰に渡そうか悩んでたっけ。
あれを使えば、酸の霧を退けられる。
ただ、これで、確実にネコショウを連れて逃げられるだろうが、問題が一つある。
この剣は、俺のラッキースケベまで打ち消してしまうことだ。
あれを手に取れば、確実にやつの攻撃を凌げなくなる。
それでも――今は、それしかない。
「グァァァァ!」
毛の無い狼が突っ込んできた。
ネコショウを抱きかかえたまま、すり抜けるように躱す。
即座にネコショウが身につけていたソードホルスターを外し、自身に付け替え、退魔の剣を背に差す。
さて、ここからが正念場だ。
既に獣は態勢を立て直し、こちらを警戒している。
退魔の剣を背負っている限り、酸の霧や麻痺毒など、マナ由来の攻撃は気にする必要は無い。
問題は爪と牙。
物理攻撃に関しては、正直、分からない。
………っ!
一瞬、イエティに退魔の剣で斬られた瞬間がフラッシュバックする。
駄目だ。怖気付くな。ネコショウを助けないと。
ネコショウを抱きかかえている手に、力が入る。
「グァァァァ!」 毛の無い狼が飛びかかる。
…その瞬間、姿勢を低くし、斜めに走り獣の爪を躱す。
退魔の剣により、ラッキースケベの加護がどうなっているかは分からない。
それでも、紙一重で回避して、俺は白い霧に飛び込む。
退魔の剣で白い霧は霧散していくが、
背後から、再び唸り声が迫っている。
カサンドラの元へ、早く!
「ぐぁっ……!」
直後、背中に衝撃が走る。
そのまま、ネコショウごと地面に倒れ込む。
「グルルルル」
獣の唸り声が背中に覆いかぶさり、生温い吐息が首筋を撫でる。
くそっ…ここまでか…。
俺はネコショウを、強く抱きしめる。
フワッ…。
突如、目の前の霧が晴れた。
朦朧とする意識を前方に向けると…お団子頭の少女が、拳を構え立っていた。
その構えは、無駄がなく、異様なほど洗練されて見えた。
「まったく…一人で突っ走って…」
次の瞬間、少女が消えた。
同時に、背中にのしかかる重みと気配が消える。
「ギャォォォォオン…!!」
毛の無い狼が、断末魔と共にぶっ飛ぶ。
薄れゆく意識の中で、拳を突き出す凛々しい少女の姿が、目に焼き付いた。




