英雄?
魔王軍の幹部を撃退し、
訳の分からない勝利の余韻のまま、
俺は戸惑いだけを置き去りにして、兵士たちのざわめきに包まれ王都へ帰還した。
戦いは終わったが、まだ現実感がなかった。
この世界で初めて人の温もりってやつを感じた気がする。
「おっ、お前も来たのか」
足元を見ると、三叉の子猫──ネコショウが当然のように着いてきていた。
なんだよ、その顔。
ついて来るのはいいけど、勝手に俺の相棒みたいな顔をするな。
でもまあ……邪魔ではない。
正直、それだけで心強かった。
一人じゃなくなった、という感覚だけは確かだった。
そこへ、カサンドラがツカツカと歩み寄る。
「王様がお呼びですわ。すぐに謁見の間へ向かいなさい。
……さっきは、その……ありがとう、ですわ」
言い終えると、顔をそむけて去っていった。
──なんなんだ、あいつ。
不器用すぎるだろ。
敵意ではないと分かって、少しだけ肩の力が抜けた。
考えながら、俺は謁見の間へ向かった。
兵士が整列する中、国王が厳かに座し、
その隣には小柄な王女様が緊張したようにちょこんと座っていた。
薄いブロンドを左右に分け、純白のドレスには可憐な花飾り。
わかる。
庇いたくなるタイプの王女様だ。
場の空気が、一気に格式張る。
「此度、我が王国を救った功、大儀であった。
そなたに王都“バルフォネアの英雄”の称号を授けよう」
「ありがたき幸せ!」
分からんが……こういうのは勢いだろう。
ネコショウもぺこり。
「加えて、四千万Gの褒美を与える」
「よっしゃーッ!」
脳内で骨付き肉とパンと寿司と果物たちが踊り狂う。
人生が一気に好転した気がした。
……この時点では。
「王女エアリーよ、英雄の証を授けてやれ」
王女様が立ち、俺の前まで来て──
震える手で勲章を胸につけようとした、その瞬間。
「きゃっ!?」
王女様のスカートが、軽く跳ね上がり、細い足が見える。
犯人は──
俺の足元で猫アッパーを決めているネコショウ。
えっ?
状況を飲み込む前に国王と怒声が謁見の間を揺らす。
「無礼者ぁああッ!
剣を抜け! 打ち首じゃああ!」
兵士たちの手が、一斉に剣へかかった。
空気が一瞬で凍りついた。
冗談や誇張ではない。
この場の空気は、本気で命を奪いに来ていた。
王族の前での無礼はどんな功績よりも重いらしい。
兵士たちが走り回り、王女様は泣きそうになり、
俺は必死に土下座——ネコショウは反省ゼロ。
その後なんとか収まったが──
「褒美の四千万Gは取り消しだ」
国王の一言で、俺の夢(骨付き肉)が消えた。
英雄の称号は残った。
だが、腹は膨れず、屋根も増えなかった。
✡
「おい、起きんか!」
寒空の下——下町の路上で寝ていた俺の顔面に、何か硬いものが直撃した。
「キャッ!?」「いてっ!」
目を開けると、アグリアスが俺の上に倒れ込んでいた。
鎧の胸当てが俺の顔にめり込んでる。
「朝っぱらからなんなんだよ!」
アグリアスは飛び退き、乱れた金髪を整える。
「う、うるさいっ!
こ、こちらのセリフだ!
何故こんなところで寝ている!」
「俺だって好きで野宿してねえよ。家も金も無いんだ」
「フニャオン」
ネコショウも同意の声を上げる。
英雄の肩書きと、現実の落差がひどい。
アグリアスは咳払いして、ほんのり赤い顔で言った。
「そ、そんなことなら……わ、我が家へ来い!」
「えっ!? プロポーズ?」
「ばっ、違うわッ! 王様からの命令だ!
お前は要注意人物に認定された。功績を考慮し捕らえはしないが、私が監視せよとのことだ!」
英雄で要注意人物って……。
まあでも雨風しのげるならありがたい。
選択肢は実質ひとつしかなかった。
歩きながらアグリアスはぎこちなく尋ねた。
「そ、そういえば……名前をまだ聞いていなかったな」
「俺はコフク・リョウカだ」
「リョウカ……ふむ、いい響きだな」
名前を呼ばれるのなんて、この世界で初めてだ。
転生してから、まともに人と接することなんかなかったからな。
胸の奥が、
火種みたいに、ほんのり温かくなった。
それだけで、救われた気がした。
そうして到着した彼女の家は──
白いレンガに赤い屋根の、普通の可愛い一軒家。
「おじゃましま──うっ……!?」
扉をくぐった瞬間、鼻を突く腐卵のような刺激臭。
「ふ……ふにゃお……」
あの王都を恐怖に陥れたネコショウですら撃沈している。
室内を見ると──服は散乱、食べかけのパンは乾燥し、謎の瓶と皿がカオスを生み、部屋全体が“魔物の巣窟”レベルで荒れていた。
戦場より危険で、
しかも撤退できない空間だった。
「……汚いところだが、く、くつろいでくれ」
アグリアスさん、それは本来、謙遜の時に使うやつだ。本当に汚いパターンを初めて見たぞ。
普段は金木犀の甘い香りをまとってるのに……
どうしてこうなった。
新たな問題が始まった気しかしない。
だが、この騎士となら――何かが変わる気もしていた。




