ラッキースケベ②?
先ほどの喧騒が嘘のように、山は静けさを取り戻していた。虫の声も、鳥の鳴き声もない。
木々のざわめきすら聞こえず、まるで――山そのものが死んでいる。
洞窟内でカサンドラを横に寝かせ、怪我の具合を確かめる。
ビキニアーマーの隙間から、肌が裂けているのが見えた。細かい傷が多いな。
――特に左腕が深い。
衛生的に最悪なのは分かっているが、今は贅沢を言っていられない。
デュナンから借りた服を引き裂き、即席の布を押し当てて止血する。
幸か不幸か、麻痺毒のおかげで痛みは薄いらしい。
「カサンドラ……」
軽く肩を揺すると、ぼんやりと瞼が開いた。
「……なんですの……」
舌がもつれている。
「回復魔法、自分には使えないのか?」
「ええ……攻撃魔法が術者に効かないのと同じで……回復魔法も……ですわ……」
そう言うと、カサンドラは再び力を失っていく。
……そうだよな。
使えるなら、とっくに使ってる。
呼吸は浅いが、眠っている。
静かな寝息に混じって、荒い呼吸音が洞窟内に反響する。
――待て俺じゃない。
誰もいないのに、頭の中で言い訳が走る。
これ、完全に癖だな。
……音の方向、洞窟の奥だ。
カサンドラを抱え、もう少しだけ奥へ移動させる。
通りすがりの魔物に見つからないためだ。
薄暗い洞窟の奥へ、慎重に歩を進める。
「……っ」
声が出そうになり、思わず口を塞いだ。
目の前に横たわっていたのは、二メートルはある巨大な大蛇。
だが――動かない。
頭部は原型を留めておらず、生命の気配は完全に消えている。
そのすぐそば、洞窟の壁に寄りかかるようにして、一人の少女がいた。
黒髪のお団子。ホットパンツ。
首筋に穿たれた穴から、黒い亀裂が全身へと走っている。
「誰です」
鋭い声。
衰弱しているはずなのに、威圧感だけは本物だった。
「驚かせるつもりはなかった。俺たちは旅の者だ。この山に人探しで来た」
「人探し……ここで?」
息は荒い。
だが、目だけがやけに冷静だ。
「……ここには、私しかいませんよ」
なるほど。この状況で、この態度。
只者じゃない。
「その首の傷……」
「麻痺毒にやられたところを、そこのヘビに噛まれました。仕留めはしましたが……猛毒です。長くは持ちません」
淡々とした口調だった。
ん?……どこかで見た顔だ。
「すみません。仲間も毒にやられていて……隣で寝かせても?」
「構いません」
即答だった。カサンドラを彼女の隣へ寝かせる。
呼吸が、少しだけ落ち着いた。
問題は――この子だ。
「私は長くは持ちません…あなたに伝言を託しても…クリステラの友に……」
「友……もしかして、ステラさんのことか?」
少女の目が、わずかに揺れた。
「……知っているのですね。では、あなたたちが探していたのは……私ですか。
なら…ステラは?」
「……黒狼に襲われて、逸れた」
「……そうですか」
一瞬だけ、目を伏せる。
「無事だと……いいのですが……」
この状況で、他人を気遣うのか。
「……泣いて、いるのですか?」
指が、俺の頬に触れ、涙を拭う。
「見ず知らずの私のために……」
「……」
「……ステラを、お願いしますね」
そう言って、何か言いかけた唇が止まった。
言葉にならなかった思いだけが、喉の奥に残ったまま――
「……くそ」
拳を地面に叩きつける。
――役立たずだ。
助けられない。
何もできない。
血を止めることも、毒を消すこともできない。
俺にあるのは――
偶然と、下劣と、笑い話だけだ。
こんな時に。
こんな場所で。
誰かが死にかけている、この状況で。
ラッキースケベなんて――
……いや。
ラッキースケベ。
ここで、ある仮説が浮かぶ。
何度も偶然に救われてきたから、分かる。
ラッキースケベが原因で、死や致命傷は起こらない。
対象がいること。“巻き込む”こと。
可能性があるなら……やるしかない。
一瞬だけ躊躇する。
俺は、少女の首筋の傷に口を当てた。
毒を、吸い出す。
「……っ」
微かな声。
黒い亀裂が、ゆっくりと引いていく。
「ちょ、ちょっと……なにを……!」
「毒を抜いてる! 動くな!」
必死だった。
必死で、唇を離さなかった。
「待って……これ以上は……」
そのまま、少女の体から力が抜けた。
恐る恐る、彼女の口元に手を当てる。
――呼吸はある。
黒い亀裂も、完全に消えていた。
「……助かった、か……」
女神様を、甘く見ていた。
ラッキースケベは、紛れもないチートだ。
――最低で、最強の。




