親子?
レオンハート邸にて、
現当主――アーバス・レオンハート公のもとに、皆が集められていた。
「先ほどデュナンから報告は受けたが……
まさか、魔王がクリステラに侵入し、エアリー王女を攫ったなど……にわかには信じ難い話だ」
アーバス公は目を見開き、わずかに肩を震わせる。
「加えて、ライザルド公と魔王が何らかの利害関係で手を組んでいる可能性があります」
一歩前に出て、アグリアスが静かに告げた。
「……そうか。
彼らの目的が見えぬ以上、軽率な行動は取れぬ」
アーバス公は深く息を吐く。
「もしエアリー王女とライザルド公の婚姻が成立すれば、我々のようにライザルド公国へ反発する貴族は、表立って動けなくなるだろう」
長年の経験を刻んだ皺が、さらに深くなったように見えた。
「……それでも、黙ってはいられません」
アグリアスが、強い意志を宿した瞳で前へ出る。
「故郷を奪われ、民が蹂躙されるのを看過できるはずがない。
我らは騎士です。エアリー王女のため、侵略された民のため――必ず、王女を取り戻します!」
その背に、迷いは一切なかった。
「ふっ……青いな」
アーバス公は鼻で笑った。
「敵兵力は我らの十倍以上。加えて魔王軍までいる」
声が低く、重くなる。
「百年前、五カ国連合で魔王軍討伐を目指したが、
幹部の一人すら討ち取れなかった……
その意味が分からぬほど、愚かではあるまい」
その言葉は、アグリアスの覚悟を一蹴するに十分だった。
そのやり取りを見つめながら、
デュナンの握り締められた拳が、小刻みに震えているのが見えた。
俺は、迷わずその背中を叩いた。
「いっ!」
突然の衝撃に、デュナンは背筋を伸ばす。
「デュナン。言いたいこと、あるんだろ?
行ってこいよ」
「……リョウカくん」
彼は一度だけ息を整え、覚悟を決めたように微笑んだ。
「父上……失礼ながら、お言葉を返します。
百年前と今とでは、決定的に違うものがあります」
「違うもの、だと?」
アーバス公は溜息混じりに問い返す。
デュナンは一拍置き、静かに言い切った。
「――その時、僕らがいなかったということです」
「……ふ、ふふ……ははははは」
突如、アーバス公は笑い出した。
だが、その笑みはすぐに冷たい侮蔑へと変わる。
「そこまで言うなら、好きにするがいい。
どのみち……お前との縁は、とうに切れている」
俺たちは深く頭を下げ、書斎を後にした。
「デュナン。お前だけ、少し残りなさい。
渡すものがある」
アーバス公は、何故か彼だけを呼び止めた。
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リョウカたちが去った後。
書斎に残されたのは、かつて親子だった二人だけ。
「デュナン……これを」
アーバス公は、翡翠色の羽飾りを差し出す。
「これは……?」
「母さんの形見だ。
わしは、お前の傍にはおれぬ。せめて、これだけでも持っていけ」
「……父上」
デュナンは静かに言葉を選ぶ。
「私は、父上を恨んでいないと言えば嘘になります。ですが……貴方の立場と、選択も理解はしています」
「そうか」
アーバス公は目を伏せた。
「わしは、クリステラの輝きを守るために、お前を生贄に選んだ。それを後悔したことは、一度もない」
一拍。
「……そして今でも思う。お前の代わりに自ら犠牲となった、兄――カルナンが、ここにいてくれたなら、と」
「……わかっています。僕もそう思います」
デュナンの表情から、感情は読み取れなかった。
それだけ告げ、彼は踵を返す。
その背中に、最後の言葉が投げかけられる。
「デュナン……
先ほどの少年は、どことなくカルナンに似ているな」
「……そうですね。それに関しても同意見です」
振り返ることなく、デュナンは書斎を後にした。
――アーバス公は、何も言わず、
ただ書斎の扉を見つめ続けていた。
書斎を出たデュナンの片耳で、
翡翠色の羽飾りが、静かに揺れていた。




