水晶の町?
年輪を重ねた巨大な熱帯樹の上方に、水晶を灯りとするツリーハウスの町がひしめき合っていた。
枝々に渡された足場と回廊を縫うように、無数の水晶が街灯代わりに吊るされ、淡い光を放っている。
――水晶の町、クリステラ。
「うわ……綺麗な街ですね……」
最近、どこか塞ぎがちだったエアリー王女の顔に、久しぶりに柔らかな笑みが灯った。
デュナンと因縁ありげな視線を交わす、ステラと呼ばれた少女に案内され、俺たちはレオンハート公の屋敷へと向かう。
「……にしても、まさかお前がレオンハート公家の子息だったとはな……」
リザリーが眉をひそめ、訝しげにデュナンを見る。
「ははは……話す機会がなかったからね」
デュナンは少し気恥ずかしそうに、鼻の頭をかいた。
「それに、こんなに可愛らしい許嫁までいたなんて!」
ミザリアが嬉々として視線を向けると、
即座にステラが食ってかかる。
「元許嫁よ! もと・ね!!」
なかなか気の強そうな子だ。
ふと、ネコショウに目をやる。
一歩踏み出した瞬間、わずかに足取りを乱した。
すぐに何事もなかったかのように体勢を立て直すが、尻尾の動きだけが鈍い。
――その遅れが、無理をしている証のように見えた。
俺の視線に気付いたのか、
「……問題ありません」
そう言い切る声は、いつもより少し掠れていた。
「ネコショウ、長旅で疲れただろ。今度は俺が担いでやるよ」
「え、リョウカ様……ま、待ってください!」
俺はネコショウを抱え上げ、そのままお姫様抱っこする。
「みなさんが見ている前で……恥ずかしいです…」
顔を両手で覆い、頬を赤らめるネコショウ。
三本の尻尾が、ひらひらと宙を舞った。
「くぉらぁ!!
うちのネコショウに気安く触ってんじゃねぇ!!」
背後からリザリーの怒号。
次の瞬間、俺は思い切り蹴飛ばされていた。
「うぉっ! 危ねぇって!」
バランスを崩して倒れる俺を尻目に、ネコショウは風魔法で宙に浮かび、今度はリザリーが抱き留める。
「リザリー様……あ、ありがとうございます」
「最近、構ってやれてなかったからな。
これぐらい、いいんだ」
そう言うリザリーは、ほんの一瞬だけ遠い目をしていた。
「まったく……どこにいても賑やかな方々ですわ。ね、お姉様」
「あ、ああ……」
カサンドラの問いかけに、アグリアスは心ここにあらずといった様子だ。
「いいわね。あなたは楽しそうで……」
ステラが、嫌味ったらしく微笑むデュナンを睨む。
「はは……ステラは、楽しくないのかい?」
キッと睨み返したものの、ステラはそれ以上何も言わなかった。
どこもかしこも、内面に火種を抱えている。
「カサンドラ、荷物持とうか?」
「な、なんですの突然……。
気持ち悪いですわ。何か下心でも?」
ミント色のサイドテールを揺らし、
露骨に距離を取られる。
「いやいや、俺なりに気を遣ってるんだって。
その言い方、さすがにひどくないか?」
「さっきのネコショウへの行動といい…
…女性に触りたいだけでは?」
「確かに前科はあるけどさ……
アグリアス、なんとか言ってくれよ!」
「ああ……リョウカは女好きだぞ!」
……何も考えていないなら、尚更その一言は胸に残った。
気付けば、クリスタルを削り出した建物の前に立っていた。
太い樹木が絡みつき、屋敷そのものが巨大な装飾品のようだ。
「ここが、僕の実家だよ」
案内されるまま、クリスタルの床を進む。
内部にまで伸びた樹木は、すでに屋敷の一部と化していた。
正面の木扉が開かれ、赤い丸絨毯が敷かれた書斎へ通される。
「デュナン・レオンハート……ただいま戻りました」
デュナンは畏まり、膝をついて頭を下げる。
部屋の奥、机の傍に深緑の髪の男が背を向けて立っていた。
「今さら、何故帰ってきた。貴様は勘当したはずだ。天頂トーナメントに参加したいなど、戯言を抜かしおって……
メルフォード公との婚約も無碍にして、失礼だとは思わんのか」
「……申し開きのしようもございません」
「まあよい。貴様とは話す気にもならん」
男が振り向く。
睨まれている――いや、そう見えるだけかもしれない。
それほど鋭い眼光だった。
「エアリー王女。
王都侵略の件は西の地にも届いております。
御父上の件、誠に残念ですが……
誘拐されたとの御触れがあった貴方様が、ご無事で何よりです」
先ほどまでの威圧が嘘のように、深々と頭を下げる。
「いえ……デュナン・レオンハート公のお陰で、
逃げ延びることができました。
どうか、彼をあまり責めないであげてください」
エアリー王女もまた、頭を下げた。
「愚息には、もったいないお言葉です。
私はこの地を治める、アーバス・レオンハート。
皆様、長旅で疲れたでしょう。客間を自由に使ってください。
今後のことは……休まれてから、ゆっくり考えましょう」
そうして俺たちは、束の間の休息を得ることになった。
――水晶の光が、夜を昼のように照らしながら。




