風を凪ぐ?
降り頻る雪の中、イエティは俺を見下ろしていた。
くそっ……!
ここにきて、頼り切っていた力の正体が、
まるで分かっていなかったことを思い知らされる。
「不気味な奴だ……お前の雰囲気、魔王様に少し似ているな」
……ダメだ。
退魔の剣が肩を裂いた瞬間から、痛みすら感じない。
ただ、血だけが雪の上へと滴り落ちていく。
「……とどめだ」
退魔の剣が振り上げられる。
――いやだ、死にたくない。
雪を切り裂き、剣が振り下ろされる。
俺は目を瞑った。
「僕のリョウカくんに手を出さないでくれ!」
ガキンッ!?
爽やかな声とともに、振り下ろされた剣が弾き返される。
「デュナン!?」
その声を聞いた瞬間、胸の奥の張り詰めていたものが、少しだけ緩んだ。
「大丈夫? リョウカくん……って、すごい血だね。早くカサンドラさんに診てもらわなきゃ。
安心してくれ、すぐに終わらせるよ」
「そいつの……剣は、魔法を打ち消す……」
ダメだ、舌が回らない。
声を絞り出すので精一杯だった。
「デュナン……どこかで聞いた名だ」
「魔物風情が、僕の名前を呼ばないでくれ」
――風が止んだ。
次の瞬間、イエティの背後にデュナンがいた。
「くっ!!」
イエティが反応するが、間に合わない。
「ぐおおおぉぉ!」
毛むくじゃらの腕が宙を舞い、雪の中へと消える。
「なんだ。首を刎ねるつもりだったんだけど、存外、強いじゃないか」
デュナンは余裕の立ち振る舞いだ。
「お前……俺様の腕を……よくも……」
さらに間合いを詰め、デュナンは鮮やかに追撃する。
イエティも必死に剣で応戦するが、その剣速は
デュナンの動きにまったく追いついていなかった。
「どれだけ剣が凄くても、使い手がこれじゃ宝の持ち腐れだよ」
やがてイエティの動きは鈍り、
最後にはダラリと膝をつく。
「鉄血のバルバトスを……倒した……
西の英雄、デュナン……
手合わせできて……良かった……」
その言葉を最後に、デュナンの剣が一閃した。
首が落ちる音は、雪に吸い込まれていく。
デュナンは俺を抱きかかえ、風を纏って宙に舞う――俺の意識は、そこで途切れた。
✡
――っつ!?
刺すような右肩の痛みで、目覚めた。
見慣れた暖炉に火が灯されている。
ここは……屋敷の談話室か。
辺りを見渡すと、ソファに寝かされていた。
さすがに怪我人の俺を、地下室に寝かせるほど無慈悲ではなかったらしい。
隣を見ると、アグリアスが俺に寄りかかり、
強く手を握っていた。
「……あ……リョウカ……目覚めたのか」
「すまない、アグリアス。心配をかけたな」
「まったくだ……バカモノ……。
私がどれだけ、どれだけ心配したと思っている……」
次の瞬間、アグリアスは俺に抱きつき――
「うっ……うっ……うわぁぁぁあん!」
「ぐ、いだだだだ!
アグリアス、嬉しいけど、痛い! 痛いって!」
「これぐらい、私の心の傷に比べたら軽いものだ。
我慢しろ……!」
さらに力いっぱい抱きしめられる。
「まったく……今回は見逃してあげますわ」
気づくと、カサンドラが傍に立っていた。
「このままだと本気で痛いので、
むしろ見逃さないでください。
アグリアスを引き剥がしてください……」
「……リョウカは……私のことが嫌いなのか……」
アグリアスは、さらに涙ぐむ。
「いや、そういう意味じゃなくて……」
「そういえば前に、
リョウカがお姉様のがさつなところが苦手と言ってましたわね」
カサンドラは悪い笑みを浮かべ、わざと耳元で囁く。
「いや、待て……っつ!」
弁明しようとしたが、痛みで声が詰まる。
「……そんな……そんな……」
アグリアスは、そのまま泣きながら寝室へと走り去ってしまった。
「ふふふ。
貴方なんかに、お姉様は渡しませんわよ」
カサンドラさん……助かったけど、悪巧みが過ぎませんか。
「まったく、目覚めたそうそう元気ね」
二階から、ミザリアがピンク色のセクシーなパジャマ姿で降りてくる。
「リョウカが先走ったせいで、行方がわからず、
後を追えなかったのよ」
「いだだだだ……ミザリアさん、痛いです。
傷口をツンツンするのはやめてください!」
「本当ですわ。
デュナンはデュナンで、リョウカの名前を叫びながら勝手に飛び立って行きますし。
統率も指揮もあったものではありませんわ」
「すまない……。
……それより、エアリー王女は?」
「低体温症に陥っていましたが、何とか一命は取り留めましたわ」
「あなたの無謀な選択が、彼女を助けたのよ。
まあ、本来は全員揃って行くのが安牌だったでしょうけど……」
「うにゃあん!」
二階から、猫姿のネコショウが俺めがけてジャンプする。
――まずい。
次の瞬間、俺の直感が全力で警鐘を鳴らした。
ネコショウは、着地するまでの間に美少女へとメタモルフォーゼし――そのまま、俺の上に落下した。
走馬灯が過る。
ネコショウ、気持ちは嬉しい。
だが、できれば猫姿のままで飛び込んでほしかった。
さすがに、少女姿のお前を受け止められるほど、
俺の傷は軽くなかった。
「うぎゃゃゃゃゃゃあ!」
最後に聞こえたのは、
自分自身の断末魔だった。




