夜の来訪者?
月の無い夜――
地下の部屋に、弱々しくランタンの灯りが明滅していた。
方針は決まったが、禍根は残った。
今さらだが、俺たちのパーティーって舵取り役がいないんだよな。
強いて言うならアグリアスだが、暴れ馬が多い。
あいつが手綱を握るのは、正直かなり大変そうだ。
舵取りをするにも才能、性格、経験、
全てが揃っていないといけない。
俺には無理だ…。
ひた、ひた、と素足が石段を下りてくる。
「え、エアリー王女っ!?
どうしたんです、こんな夜更けに……」
「リョウカさん……少し、お話できますか?」
レースのパジャマ姿のエアリー王女が、鉄格子の扉の前に立っていた。
「ええっ……まあ、大丈夫ですよ」
落ち着け、俺。ここは冷静になるんだ。
余裕のない男は女性に嫌われると誰かが言っていた。
弱々しく微笑むと、彼女は俺の隣にそっと腰を下ろす。
「すみません……皆さまにご迷惑をお掛けして……」
レースの裾をぎゅっと握りしめ、エアリー王女は目を潤ませている。
「大丈夫だよ。俺は可愛い子が増えて、むしろ嬉しいくらいだ」
冗談で誤魔化さないと、彼女の不安も、自分の迷いも、全部まともに受け止めてしまいそうだった。
「ふふっ……リョウカさんは、やっぱり面白いですね。リョウカさんの周りには、いつも人が集まって来ます」
少し間を置き、言いにくそうに続ける。
「ただ、魔族まで仲間にしていたのには……さすがに驚きましたけど」
確かに、今思えば、魔王軍の幹部を引き入れるなんてどうかしている。
でも、ネコショウとリザリーにも安心できる居場所を作ってやりたい。
そういえば最近、ラッキースケベの暴発、少なくなった気がする。多少、コントロールできるようになった?
いや、そんなわけないか……。
「お~い、お~い……」
耳元で声を掛けられ、我に返る。
「あっ……ごめん、なんだっけ?」
「ふ~ん。女の子が話しているのに、上の空とは何事ですか」
エアリー王女は、可愛らしく鼻を曲げる。
「ごめんごめん。少し考え事をしていたよ」
そう笑うとエアリー王女の表情がふっと陰った。
「やっぱり……私だけ、わがままを言う訳にはいきませんよね」
ぽつり、と続ける。
「――私、ホントは王女なんてしたくなかった。
政略だの、責務だの……もう、うんざり……」
溜め込んでいたものを吐き出すように、言葉が溢れる。
「普通に好きな人と結婚して……
普通に暮らしたい……」
彼女は生まれながらにして居場所が与えられていた。しかし、その居場所がエアリー王女を苦しめている。
「くちゅんっ!」
エアリー王女が、可愛らしくくしゃみをする。
「ここ、寒いんだよな。ほら、これ羽織ってな」
俺は毛皮の掛布を取り、彼女と自分に掛けた。
――彼女はそっと、俺の肩に頭を寄せる。
「あったかいです……リョウカさん……」
少し間を置き、囁くように続けた。
「……このまま私と、遠くの地で暮らしませんか?
私の事を誰も知らない土地まで……二人で逃げましょう」
……俺は、言葉を失った。
選べば、何かを失う。
逃げれば、誰かを裏切る。
迷っていると、一瞬だけ――
アグリアスの悲しむ顔が脳裏を過った。
「……今、他の女の事を考えてたでしょ?」
「ギクッ!? す、鋭すぎる……」
「ふふっ……あまり、リョウカさんを困らせてはいけませんよね……」
その言葉を最後に――
張り詰めていた糸が切れたように、
エアリー王女はすやすやと寝息を立て始めた。
その瞬間――
ランタンの灯りが、大きく揺れた。
バキッ! ガシャアアン!
激しい物音で、俺は跳ね起きる。
「きゃああああ!」
な、なんだっ!?
天井の穴から、毛むくじゃらの長い腕が伸びていた。
次の瞬間――
エアリー王女の腕が掴まれ、宙へ引き上げられる。
「エアリー王女っ!?」
必死に掴みかかるが――
俺の手に残ったのは、引きちぎれたレースの袖。
エアリー王女は、そのまま天井の闇へ吸い込まれていく。
くそっ……!
守れなかった、という実感だけが残った。
俺は慌てて階段を駆け上がった。
「リョウカさん、大丈夫ですか!?」
「何事だ!」
エントランスに飛び出ると、
リザリーとネコショウがいち早く駆け寄ってくる。
「エアリー王女が連れ去られた!リザリー、俺と来い!ネコショウ、みんなを起こしてくれっ!」
玄関の扉は、無残に破壊されていた。
状況は分からない。でも、なんとしても取り戻す!
「……魔の気配がするな。北だ」
俺とリザリーは頷き合い、北へ走り出す。
そして、視界の先に現れたのは――
気高くそびえ立つ、ガルザス剣山だった。




