王女誘拐?
――その日、俺は久々に夢を見た。
昔の夢だ。
母さんに抱っこされる夢。
温かい……久しく忘れていた人の温もり。
誰かに受け入れてもらえる、そんな安らぎ――。
ここ最近、寝ても疲れが抜けない。
異世界で気を張り続ける日々が、知らないうちに心まで削っていた。
誰かに受け入れられる感覚を、俺はずっと探している。
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「お~い! リョウカ、いつまで寝ている!」
アグリアスの凛とした声と、
天井の床穴から差し込む朝日で目が覚める。
起きた瞬間――
「……はっ……!?」
血の気が一気に引いた。
寝床の端に、見覚えのある少女が荒い呼吸で横たわっていた。乱れた純白のドレス。無防備な姿に、思わず目を逸らす。
この人は……エアリー王女……様?
――いや、待て、これはまずい。色々と。
もし誤解されれば、ここで築いた関係が一瞬で壊れる。
時、既に遅し。
「リョウカ、起きろ!
……まったく、貴様には私がいないと本当にダメダメだな……っ!?」
部屋に踏み込んだアグリアスが、光景を目にして言葉を失う。
「エアリー王女……様?
どうして、そんな……」
視線が一瞬、俺に向けられる。
そこに宿っていたのは――嫉妬……と、絶望。
――そして、拒絶されたような気がした。
「待て、アグリアス! 誤解だ!」
「この状況の、どこに誤解がある?」
アグリアスは静かに、しかし迷いなく王女を抱き起こす。
「王女様、しっかりして下さい!」
「あれ……? わたくしは……」
寝ぼけた声で、王女がまぶたを揺らす。
「王女様……どうして、ここに……」
「……リョウカ様?」
王女の視線が俺を捉えた途端、頬が赤く染まる。
「私、すみません。リョウカ様を頼って、このお屋敷に来たのですが…
夜分、遅かったもので、ノックしたのですが誰も出られず…。
「それで、扉を開けて入ったと…」
俺の言葉にエアリー王女がこくりと頷く。
「鍵は空いてませんでしたから」
「騎士学校の見習いたちに常に有事に備え、警戒心を維持するため鍵はついてないらしい」
「不用心すぎるだろ」
「エントランスに入った瞬間に下に落ちてしまいまして…たぶん、気を失っていました」
「そういえば、俺が踏み抜いた穴をそのままにしていたな」
「ともかく、こんな酷い部屋にエアリー王女を置いておけません。談話室で詳しい話をお聞きしますので」
俺ならこんな酷い部屋でもいいのかよ。
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すぐに、アグリアスの声掛けにより全員集められた。
「それで、王女様はどうしてここにいらしたの?」
エアリー王女様は魔族のリザリーを見てビクッと怯える。
「大丈夫。噛みつきはしないよ」
デュナンが穏やかな声色で微笑む。
「おいデュナン、殺すぞ!」
リザリーがデュナンに殺気を飛ばす。
「まったく、少しは落ち着きなさいよ。
王女様が話せないじゃない」
ミザリアが溜息をつき、二人を諭す。
「今しがたエアリー王女が何者かに誘拐されたという御触れが出回っていますわ。
それも含めてお教えいただければと存じます」
カサンドラは若干だが、問い正すように凛と声を張る。
エアリー王女は決心したように口を開いた。
「父上が……私の婚約を取り決められたのです。
ライザルド公国のバルメトロ・ライザルド公……」
「それが嫌だと?」
「……はい」
王女は俯き、小さく震える。
「彼……怖いのです。
婚姻前なのに、手を掴まれ、距離が近くて…」
「……最低だな」
思わず拳を握る。
「……貴方も、人のこと言えませんわよ?」
「ぐっ……」
カサンドラの一撃で沈黙。
「お願いです。私をここで匿って下さい!」
エアリー王女は涙ながらに懇願する。
俺にはよくわかる、逃げ場を失う恐怖を。
「匿いたいのは山々なのですが、感情論で済む話じゃないですわ…」
ミザリアが冷静に言葉を継ぐ。
「これは政略婚。
ライザルド公国との関係も絡む。
ここで王女が誘拐されたとなれば……揉めるな」 リザリーは顎に手を当てる。
「誘拐としたのは、
王がそれだけ本気で探しているということだ」
アグリアスが、重く口を開く。
「てか、魔族をパーティーに入れてる時点で俺たち死罪だろ」
「まあ、それはそうなんだが…」
アグリアスはどうにも決めきれないようだ。
「いつものように多数決でいいじゃない」
ミザリアがどうでもよさそうに提案する。
いつものようにって、これでまだニ回目だろ。
「では――多数決だ。エアリー王女をここで匿うことに賛成の者…挙手を」
賛成四名、
内訳は俺、デュナン、ミザリア、ネコショウ。
反対三名、
アグリアス、カサンドラ、リザリー…か。
思ったより割れたな。
居場所を求める者をどうしても拒む事は出来なかった。
「……決まりだ」
重苦しい空気のまま、
エアリー王女を屋敷に匿うことが決まった。




