変態家を買う?
翌日、アグリアス邸。
殺風景な部屋の床には、昨夜の話し合いの後、そのまま仲間たちが雑魚寝で転がり、規則正しい寝息を立てている。
当然のように、リザリーの姿もあった。
――昨夜の決定を、全員が受け入れた証拠のように。
……あれ?
早朝だというのに、アグリアスの姿が見当たらない。普段から、彼女は誰よりも早く目を覚ます。
玄関先の石レンガの塀を抜けた瞬間、
甘い――金木犀の香りが、鼻先をくすぐった。
この匂い……アグリアスだ。
胸の奥が、少しだけ落ち着いた。
古びた木のベンチに腰を下ろした彼女は、
まだ動き出す前の街並みを、静かに眺めていた。
朝の風に揺れる金色の髪が、やけに綺麗だ。
「こんなとこで黄昏て、どうした?」
声をかけると、アグリアスは俺を視界に収め、少しだけ顔を背ける。
「普段はあれほど賑やかな街も、こうして寝静まると静かなものだ。
私は……この朝の静けさが好きなのだ。
そして――」
言いかけて、飲み込んだ。
彼女は俺を見つめ、それ以上は何も言わなかった。
「俺も最近、楽しいんだ。
生きてるって感じがしてさ……」
そう言ってアグリアスの横に腰を掛ける。
「ふふっ。なんだそれは」
アグリアスは肩を竦める。
「お前は単に、美女が増えて嬉しいだけだろう。まったく、単純な男め」
……いや、図星だけども。
やっぱり俺、彼女には変態認定されてるんだろうか。
「アグリアス……」
青い瞳に、俺の情けない顔が映る。
彼女の目を見ていると、
昨日の不安が、少しだけ遠のいた気がした。
――その瞬間。
「コホン、コホン、コホン、コホン」
「エホッ、ゴボッ、グフぁ、ウフン」
上品な咳払いをするカサンドラと、
もはや咳払いかどうかすら怪しい、
美少女モードのネコショウが、
俺たちの間に強引に割り込んで座ってきた。
「いってぇ……!
お、おい! せっ、狭いんだよ!」
ベンチの手すりの金具が、横腹に食い込む。
「ちょっ、カサンドラ! 一体どうしたというのだ!」 アグリアスも完全にテンパっている。
「姉様の貞操の危機を感じましたので!」
「リョウカ様の童貞の危機です!」
二人は揃って、よく分からない“危機”を察知している。
……ていうか、ネコショウ。
なんで俺が童貞だって知ってるんだよ。
「ふふ。僕だけ仲間外れだなんて、ズルいじゃないか」
気が付くと正面に、デュナンがニヒルな笑みを浮かべて立っていた。
「我が秘技を見るがいい!」
――“風精霊の戯れ”
「ちょ、馬鹿野郎! やめろぉぉぉ――!」
俺の断末魔と同時に、
風を纏ったデュナンが、水泳の飛び込みよろしく豪快にダイブする。
朝の静けさは完全に粉砕され、
激しい土煙と共に、ベンチは原型を留めず大破した。
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「……まったく。貴様にはモラルというものがないのか?」
腕を組み、呆れた顔で説教を始めたのは――
魔王軍の幹部という、一番“人の道”から遠いはずのリザリーだった。
「近所迷惑も考えろ。ここは王都の外れとはいえ、人は住んでいる。それに、ベンチはどうする?
公共物を壊すとは何事だ」
「まったく、おバカさんなんだから」
ミザリアがそう言って、
俺の頬についた土煙を、優しくタオルで拭ってくれる。
「わ、私がやろう!」
なぜかアグリアスが割り込んできて、
今度は俺の顔を遠慮なく磨き始めた。
「いだっ……!
アグリアス、痛い! 待って、痛いって!」
「ふふっ」
それを見て、ミザリアがイタズラっぽく笑う。
やがてアグリアスは、手を動かしながら思い出したように言った。
「ああ、そうだ。皆に報告がある」
俺たちは改まって、床に座る。
「私の叔父、グリミナ公が、持て余している別荘がいくつかあってな。
その内の一つを、一億Gで買い取った」
「さすが、仕事が早いな!」
口に出していたのは俺だけだったが、
全員が期待に満ちた視線を、アグリアスへ向けていた。
日が高く昇り、
俺たちは早速、その“新拠点”へ向かう。
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王都バルフォネアから北に四里。
ガルザス剣山の麓――
そこに、我らが城が建っているはず……だった。
……あれ?
アグリアスに案内されて辿り着いた先。
目の前にあったのは、
木造二階建ての、長屋風の屋敷だった。
「あの……アグリアスさん。
ここ、ですか?」
恐る恐る尋ねる。
「ああ! ここだ!」
なぜか彼女は、目をキラキラ輝かせている。
率直な感想を言おう。
時代に取り残された、古びた校舎のような外観だ。
良く言えば趣がある。
悪く言えば――ボロい。
……思っていたのと、だいぶ違う。
けれど、不思議と嫌な感じはしなかった。
「どうだ?」
恍惚とした笑みで振り向くアグリアス。
……間違いない。
これ、彼女の好みに直撃している。
他の皆も、アグリアスの手前、
余計な感想は飲み込み、曖昧に頷くだけだった。
「魔界の牢獄に似ているな――!」
その瞬間、俺は反射的にリザリーの口を塞いだ。
――ここで否定されたら、
この居場所そのものが、否定された気がしてしまう。
「ぐっ、貴様、なにをする!」
「お願いだから、余計なこと言わないでください!
アグリアスが、せっかく準備してくれたんですから!」
必死に口を押さえる。
「がはっ……!
わ、分かった、分かったから……それ以上は……!
くっ……口は……弱いんだ……!」
やがて、リザリーは大人しくなった。




